第十一章 怪しい二人組 1
コーネリアスからの返事は翌日の午後に届いた。
察しが良いのだが悪いのだか未だによく分からない長兄は、世間話を装った妹からの急な連絡に、全く普通の世間話の体で応えを返してくれた。
――親愛なるエレン。愛する妹よ。ハドソン提督はお元気だよ。先日旗艦に赴いたときにはいつものように婚約者にお手紙を書いていた……
そこまで読んだところでエレンは違和感を覚えた。
提督はいつもセアラに手紙を書いているのか?
すると、その手紙はなぜセアラのもとに届いていないのだ?
--もしかしたら、犯人たちがセアラに忘れさせようとしているのは、ハドソン提督から手紙が届いていること?
〈合わせ鏡〉では音声は届かないし、よほど純度の高い燦水晶で補強しないとそう長いこと空間も繋げられない。
顔を見るだけで情報のやり取りは難しいはず。そうなると、提督がセアラに手紙で訊ねるかもしれないこととは……?
書き物机に肘をつき、組んだ手の甲の上に顎を預けて考え込んでいたとき、寝室の入り口の扉が外から控えめに叩かれた。
「ミス・ディグビー、階下にお客様です」
「どうぞ。お通しして」
「いえ、それが――」
沈着冷静な秘書兼家政婦のマディソンが珍しく口籠っている。
エレンは慌ててドアを開けた。
「どうしたの?」
「実は、とても怪しい男の二人組なのです」
「怪しい? どんな風に?」
「ボクサーみたいな若い大男と薄汚い小男です」
マディソンが声を潜めて言う。エレンは眉をあげた。
「――もしかして、ミスター・アーガスとミスター・フィンチと名乗っていなかった?」
訊ねるなりマディソンが瞠目する。
「お知り合いなんですか?」
「警視庁の巡査部長よ。すぐにお通しして。それからお茶とジンジャーブレッドをお願い」
ほどいていた髪を大急ぎで結ってから続き部屋の衝立の向こうに出るとすぐ、予想通りの二人組がマディソンに導かれて入ってきた。
「すいませんねえミス・ディグビー。若え女の一人部屋に男二人で押しかけちまって」と、今日も今日とて身なりのよくない小男のフィンチが汚れた赤レンガ色の古帽子をちょっと持ち上げて挨拶をする。大男のアーガスは相変わらず無言のままだ。
「お気になさらず。事務所を兼ねていますから。お座りになって。今日はどうなさいました?」
「実は、俺たちからあんたのお耳に入れておきたいことがありまして」
「あなたがたから? ストライヴァー警部からの伝言ではなく?」
「警部にはできればご内密に」と、フィンチが声を潜めて言う。「あの忌々しいレイノルズの野郎―-いや失礼、われらのアレン・レイノルズ警視がね、今日の夕方、どこだか知らんどこかへこっそりお出ましになるっていうんで、俺に馬車の手配と秘密の護衛を命じてきたのですよ。乞食相手みたいに銀貨を投げ渡してね!」
フィンチが心底忌々しそうに言い、膝のすり切れたズボンのポケットに手を突っ込んで硬貨をチャラチャラ鳴らした。
エレンは眉をひそめた。
「秘密とは、ストライヴァー警部にも秘密に?」
「そういうこってす」と、フィンチが頷く。「俺はてっきり警視どのは人に言えねえ恋人と密会でもなさるのかと思って引き受けたんですが、このアーガスが言うには、警視を秘密で呼び出したのは王立劇場の誰かなんじゃねえかっっていうんです」
フィンチが水を向けると、若い大男のアーガスはうっそりと頷き、
「あ――」
と、前置きをしてから、なぜか一度大きく頷き、心持顔を赤らめて口を開いた。
「俺の縄張りはあの辺りなんですが、劇場の御針子から手紙を預かりました。誰にも秘密でレイノルズ警視に渡してくれって」
「ね。怪しいでしょう?」
フィンチがちょっと得意そうに訊ねてくる。
エレンは頷いた。
「ものすごく怪しいわね。――ミスター・フィンチ、その密会、わたくしも同行しましょう」
「え、いや、それはさすがにちょっと」
小男が狼狽える。
エレンはにやっと笑った。「ご安心なさって。一見してわたくしとは分からない姿で行きますから」