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第八章 鏡の光 2

「……ニーナのこと?」

 立ったまま問い返すセアラの声は思ったより落ち着いていた。

 エレンが頷くと無造作に顎をしゃくる。

「坐って。椅子がないからそこのベッドにでも」

「いえお気遣いなく」

「坐りなさいってば。あなた大きいから見下ろされていると怖いのよ。アンソニー!」

「なんだいお姫さま」

「その呼び方はやめて! 椅子。椅子をこっちむきにしてよ。その女と話すんだから」

「どうかお任せあれ」

 コットンが従僕みたいな甲斐甲斐しさで大型の椅子をベッドの向きへと直す。

 セアラは女王陛下の無造作さでどさりと椅子に座るなり、まだ立っているエレンを見上げて不機嫌な猫みたいに唸った。


「坐りなさいよ。で、話って何?」

「実は――」

 とりあえず口を切りつつも、エレンは内心困っていた。



 ――今日エレンが無理を通してこの大女優の住まいを訪れた理由は、彼女の部屋に何らかの魔具が仕込まれていないかを密かに確かめるためである。


 先だってのジョセフィーンの推理通り、ニーナ・ラングレーがヒュノプシス入りの砂糖菓子をジュディスに託することでエレンと――巷で話題らしい気鋭の諮問魔術師と密かに繋ぎを取りたかったのだとしたら、ニーナが殺された理由は「そのことが露見したから」ということになる。



 ――もしも殺されていなかった場合、ニーナはきっとわたくしにこの部屋を訪ねてもらいたかったはず。



 それを正面から堂々と頼めなかったということは、近しい人間を信じられなかったということになる。この住居に住み込む使用人が他にいなかったのなら、ニーナが信じられなかった人間はセアラ本人かアンソニー・コットンのどちらかということになる。


 誰が犯人で誰が被害者なのが、誰が誰に何を忘れさせようとしていたのか――今のところ情報が少なすぎて、何もかもが分からなすぎる。


 しかし、ニーナは殺された。

 その事実は動かしがたい。


 魔術師が絡んで、人を殺してまで秘めておきたい何かがこの部屋で生じていたとしたら……?




 そう考えたとき思い浮かんだのが、セアラの婚約者である海軍の英雄、ボローニアス・ネルソン提督に対する何らかの陰謀ではなかろうかという推理だった。



 提督はこの部屋に入ったことはない――と、コットンはわざわざ断言したが、エレンは正直この男の言うことは信じられなかった。そのあたりの事実は今頃ニーダムが階下で通いの使用人たちから聞き出してくれているだろう。


 魔術はさまざまな道具を介して行使されるが、誰かが魔力(グラマー)をこめている以上、そこに他者の魔力を重ねると阻害反応として個人個人に特有の光か音、あるいは匂いの形で外へと表出する。


 エレンは一番目立たない匂いの形で自らの魔力を室内に充たし、どこかから阻害反応が生じないかを確かめるつもりだったのだが――この強烈なラヴェンダー精油の匂いは想定外だった。



 ――この匂いじゃ、匂いの形でわたくしの魔力を注いでも、阻害反応が生じているのかいないのか全く分からなそうね……



 エレンが内心困っていると、


「なぁに、何の用なの? 早く言いなさいよ。私は疲れているの」

 セアラが言葉通り、草臥れ切った猫みたいに椅子の上で伸びをし、心底うんざりしたような目つきでエレンを睨み上げてきた。

 エレンは慌てて言葉を捜した。

「その、王立劇場付属の菓子工房で作られたラズベリー味の砂糖菓子(ボンボン)は、今も召し上がっていらっしゃいます?」

「ああ、その話」と、セアラはつまらなそうに応じた。「もう何回も話したでしょ。あれは今は食べていない。あのお菓子に何か変な薬が混じっていたのでしょう?」

「ええ」と、エレンは頷いた。「名忘れ草、あるいはヒュノプシス。ルテチア語でサン・スーシー、憂いを無くす花と呼ばれる魔術性の植物の成分が含まれていたお菓子が、今のところひと箱だけあったようです」

「ひと箱だけ?」

 セアラが意外そうに問い返し、鮮やかなブルーの眸に激しい怒りを湛えてコットンを睨み上げた。「アンソニー、どういうことよ? あのお菓子がみんな駄目ってわけじゃなかったの? それだったらさっさと――」

「ミス・オズボーン、落ち着いて」と、エレンは慌てて宥めた。「念のための用心は重要ですわ。では、今はあのお菓子の代わりに、何か他のキャンディを?」

 ベッドサイドの白い小さな円テーブルの上に、重たげな銀の猫脚つきの、とろりとした白磁の卵型のボンボニエールが置いてある。

 そちらに目を向けて訊ねると、セアラはまた無造作に頷いた。怒りをエレンに向ける様子はない。感情の起伏は相当に激しいようだが、決して話の通じない相手ではないようだ。



 エレンは一瞬ためらってから頼んだ。

「では、その他のキャンディも確かめさせていただけます?」

「どうぞ。好きにしなさいよ」

 セアラの隣に護衛の騎士みたいに立ったコットンが苦笑いを浮かべている。捜査官気取りの素人女が全くもって見当違いの捜査をしている――と、内心で呆れているのだろう。

 エレンは構わず、掌を広げておなじみの契約魔を呼んだ。

「サラ、出てきて頂戴」

 途端、掌の上から淡い金色の微光の柱が立ち昇り、赤く小さく輝かしい火蜥蜴(サラマンダー)が現れた。


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