第七章 大女優の来歴 2
じきに着いたセアラ・オズボーンの住まいの玄関前の階段の下には、実に三人もの見知らぬ人物が待ち受けていた。
一人は男で二人は女だ。
みなくすんだ茶色っぽい服装で、女二人は白いエプロンをかけている。
見たところメイドと従僕のようだ。
頭に立ったでっぷり肥った大柄な女が、馬車から降り立ったコットンを目にするなり眉をそばだてて駆け寄ってくる。
「遅うございますよ旦那様! あたしら洗濯女だって日がな一日暇を持て余しているわけじゃないんですからね!」
「ああ、すまないね。すぐに鍵を開けよう」
「早くしてくださいましよ」と、女が腰に手を当てて頷き、背後に立つエレンとニーダムを認めるなり、分かりやすい喜色を浮かべた。
「おやおやおやおや、新しい付添女性がお決まりで? こりゃ随分しっかりしていそうなお人だ。前の小娘とは大違いだねえ。ええとミス?」
「下がりなさい、この方はお客様だ」と、コットンが苛立ちも露わに告げ、犬でも追っ払うように手をうごかしてから、ポケットから鍵を取り出して重たげな黒い玄関扉を開いた。
「お前たち先に入りなさい。――どうぞミス・ディグビー」
一転してにこやかに促す。
三人の使用人たち――おそらく使用人たちなのだろう――が入るのを待ってから、エレンは玄関ホールに足を踏み入れた。
ワインレッドの絨毯を敷いた狭いホールの正面に階段があり、三方が手すりに囲まれている。部屋数は相当ありそうだ。使用人たちが三々五々、あちこちへと散らばってゆく。
「居間でお待ちください。姪の様子を見てきます」
コットンが左手の扉を開くと、その先は小ぢんまりとした居間だった。ブルーを基調にした落ち着いた調度だが、何となく水の饐えたような臭いがする。日々の掃除が行き届いている――とは、お世辞にも言えないようだ。
「――こちらには、住み込みの使用人はおりませんの?」
エレンが慎重に訊ねると、コットンが眉尻をさげて苦笑した。
「ええ。姪はとかく繊細で、神経が高ぶっているときなど、『いつも誰かが私を見ている』と言って泣くのです」
「それは天下のセアラ・オズボーンですもの」と、エレンはつい笑った。「外を歩けば常に見られているはずですわ」
「彼女はそういう生活には向いていないのですよ。実のところはね」と、コットンが肩を竦める。「ですから、この自宅には唯一信頼していたニーナだけを住まわせて、洗濯も料理も暖炉の掃除も、すべて通いの使用人に任せていたのです」
「すると、先ほどの表玄関の鍵を持っていたのは?」と、それまで影のように控えていたニーダムが訊ねる。
コットンはお供の犬が急に口でも聞いたような驚きの表情を浮かべてから、エレンに対するときとは打って変わった愛想のない口調で答えた。
「セアラ自身の他には私だけだ。他の者が立ち入ることを姪は断じて許さなかったのでね。―-失礼ミス・ディグビー、こちらでしばしお待ちを。すぐにお茶を運ばせますから」
言い置いてコットンが狭い居間を出てゆく。
エレンは青鈍色のカヴァーの掛かった肘掛椅子に座り、立ったままのニーダムを見上げて促した。
「あなたもお座りになったら?」
「いや」と、ニーダムが苦笑する。「たぶん僕はお客の勘定には入っていませんよ」
「隣に立っていられるとわたくしが落ち着かないのよ」
手狭な居間に漂う微かな腐臭の源は、マントルピースの上に置かれた白いデイジーを活けた青磁の花瓶のようだった。
花はまだ辛うじて形を保っているが、葉はくたりと萎れかけているし、花びらの縁も微かに縮れている。
花瓶の中で茎がふやけて腐り始めているのだろう。
「……この部屋で出されるお茶は、正直あんまりいただきたくないわね?」
右隣で肩をすぼめるようにして居心地悪そうに坐っているニーダムに囁くと、無言の苦笑いが返ってきた。
そうして待つことしばしして、お茶の前にコットンが戻ってきた。
「ミス・ディグビー、姪があなたとなら話をすると言っています」
「ミスター・ニーダムとは話せないと? 彼は警視庁の警部補ですよ?」
「あの娘は繊細なのです。自室に男は入れません」
「ハドソン提督も?」
「当然です」と、コットンは侮辱された宮廷貴族みたいに美しい顔をしかめた。「女優という職業をどうか侮蔑なさらず。姪は良家の娘なのですよ。ミス・ディグビー、あなたに負けず劣らず」




