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第六章 二人で御茶会を 3

 芝居好きの母子の付添女性(コンパニオン)を務めているだけあって、ジョセフィーンは昨今のタメシスの劇場事情に大層詳しかった。


「わたくしの仕事の殆どは劇作家や俳優のゴシップの真偽を確かめることと席の確保、ミセス・リンジーとミス・ジュディスの観劇の付添ですからね」と、苦笑する。「いつかそのうち『タメシス劇場大全』なんて本が書けそう」

「あら、ぜひ書いてくださいな。昔のわたくしみたいな滅多に町には出られない田舎暮らしの女の子が大喜びして読むわ」

「近い将来の目標ね。だからなんでも聞いて。―-もちろん、セアラやニーナ・ラングレーの生い立ちなんかは、警視庁(ヤード)でとっくに調べているのでしょうけれど」

 それは勿論調査済みで、エレンの書類挟みにも調書が挟まっている。



 午前中、ジョセフィーンを待つ間に目を通した調書に依れば、被害者のニーナ・ラングレーは1783年生まれ、タメシス市域北東のツイスト地区の孤児院育ちで、十四歳のときに王立劇場の御針子として雇われたのだという。

 その一年後、当時すでに人気女優だったセアラ・オズボーンの個人的な付き人に抜擢され、テイラー通りの高級テラスハウスの一画にあるセアラの自宅に住み込むようになる。



「……――セアラ・オズボーンというのは、あまり穏やかな性格ではない、のよね?」

 エレンが慎重に訊ねると、ジョセフィーンはクックッと喉を鳴らして笑った。

「控えめな表現ね! 噂通り、荒れているときは相当凄まじい性格みたいよ。宥められるのは付き人のニーナ・ラングレーだけだったのだとか。その彼女が酷い死に方をしたのだから、今のセアラは相当酷い状態なのでしょうね」

「そうそう、そうなのよ」と、エレンは思わず膝を突き出した。「警視庁(ヤード)のとても穏やかで人柄の良い警部補が、あの地区の巡査部長を連れて王立劇場に聞き込みに行ったのですけれどね、劇場支配人に、今のセアラは到底人と会える状態ではないと言われて、これ以上食い下がるなら、ハドソン提督が海から戻ったら王宮に訴えると言っていると脅されたのですって!」


 とても穏やかで人柄の良い警部補とはもちろんクリストファー・ニーダムだ。


 昨日彼から聞いたばかりの苦労話をついついゴシップのような口調で打ち明けてしまうと、ジョセフィーンはまるで身内の不品行を咎められた姉妹みたいな口調で、

「本当にごめんなさいね」

 と応じた。

「何かにつけてすぐハドソン提督を持ち出すのはセアラ・オズボーンの一番良くないところだわ。でも彼女、舞台に立つと本物の女神みたいなのよ。提督が海から戻って結婚して引退――なんてことになってしまったらわたくしはとても悲しい」

 ジョセフィーンは心底悲しそうに言ってから、ハッとしたように首を横に振った。

「駄目ね、彼女のためを思ったら幸福を喜ばなくちゃ。――結局のところ、彼女ほどの天才であれ、花の盛りを過ぎてまで女優でいることは大層辛いことなのだろうし」

 そう言ってジョセフィーンはため息をつき、ローテーブル越しに腕を伸ばして、エレンの両手をしっかと握りしめてきた。

「ねえエレン、ニーナ・ラングレーを殺した犯人を絶対に捕まえてね? あなたが活躍している話を聞くとわたくしは本当に嬉しいの。手助けが必要ならなんでも言って。何だって手伝うから」

「ありがとうジョシー」と、エレンも手を握り返した。「世の中は本当に人材を無駄にしているわ。あなたが警視庁の捜査チームに加わってくださったらどんなに心強いかしら」


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