第一章 王立劇場のボンボニエール 1
初めに相談を持ち掛けてきたのはジュディス・リンジーだった。
二十六歳のエレンより三つ四つ年下の、丸ぽちゃで薔薇色の頬をした黒い巻き毛の御令嬢だ。
エレンと同じくアルビオン南部の裕福な地主階級の娘で、お父上のミスター・リンジーが下院議員を務めているから、年の半分は間違いなく首府タメシスに出てきて社交と買い物を楽しめる――同年代同階級の娘たちから嫉妬で呪い殺されかねないほど恵まれた立場にある。
コロコロ肥った可愛い見た目はこのごろの流行に即しているし、本よりピアノの好きな性質も殿方受けが良い。
悩みは、よく打ち明けるように痩せたいけど寝る前にクリーム入りのココアも飲みたいことと、現在婚約中のハンサムな海軍士官が対コルレオン戦役に備えて海に出て行ってしまっていること。
幸福なるジュディス・リンジーの世界に他の悩みなど存在しない。
少なくともエレンはそう思っていた。
しかし、そのジュディスが、今まさにエレンの事務所で、淡いピンクのスカートを肘掛椅子一杯に広げ、ぽっちゃりしたマシュマロみたいな白い両手を顔の前で組み合わせて難しい顔をしている。
「ねえミス・ディグビー、お願いよ。これからわたくしが話すこと、決して誰にも言わないでね?」
そのお願いは来てからもう三度目だ。
エレンは内心うんざりしながら、職業的な愛想の良さで笑って頷いてみせた。
「ええもちろんよミス・リンジー。だってあなた、こうしてわざわざ事務所にいらっしゃったってことは、お友達ではなく依頼人として、諮問魔術師としてのわたくしにご相談にいらしたのでしょう?」
それとなく、これは仕事ですからね――と釘をさしておく。
今後はお友達サーヴィスで能力を安売りしてはいけないと、一年八か月前、ここ首府タメシス市域ドロワー通り三三一番地に念願の事務所兼下宿を構えるにあたって、タメシス魔術師組合の長からくれぐれもと言い含められているのだ。
こんな言い方をしたら吝嗇だと嫌われるかしら――と、御令嬢思考で恐る恐る相手の表情をうかがってしまう。
すると、意外にもジュディスは、つぶらな黒い眸を大きく見開き、愕きと歓びの入り混じった目でエレンを見つめていた。
「それじゃ、あなた頼めばお仕事として調べてくださるのね?」
「え、ええ。もちろん。あなたが御依頼なさるなら。ただ仕事となったら、もちろん料金はいただきますよ?」
告げるなりジュディスは不安そうに眸を揺らした。
「おいくら?」
「内容によりますけど、平均して一日五シリング程度かしら?」
「あら、それくらいならお小遣いから払えるわ。案外安いのねえ」
下院議員の御令嬢は無自覚に失礼な感心の仕方をした。
エレンは内心で苦笑した。
「調査が一日で終わるとは限らないし、もちろん経費は別よ? そもそもミス・リンジー、あなた何の相談にいらしたの?」
面倒になってずばりと訊くと、ジュディスは怯えたように狭い事務所のなかを見回してから、肘掛椅子から身を乗り出して小声で囁いた。
「あのね、わたくし、ここのところ、眠るといろいろ忘れている気がするの」