5年前に死んだ祖母のパスワードで祖父がキレ散らかしている
「おれは夫をやめるぞ! ババァーーッ!!」
「姉ちゃん、なんでじいちゃんが石仮面を被ったみたいなキレ方してるんだ?」
年末。帰省して早々、怒鳴りっぱなしの祖父に辟易しつつ俺は尋ねる。実家暮らしの姉は一人、素知らぬ顔でコーヒーを飲んでいた。
「大掃除してたら、5年前に死んだおばあちゃんの手帳から『パスワード:2315』って書いたメモが見つかったんだって。おじいちゃんったら、これは『フミヒコ』の語呂合わせだ、おばあちゃんには自分以外に好きな人がいたんだって言ってそれでずーっとギャーギャー騒いでんのよ」
くだらない理由に俺は、肩を落とす。
2315、桁の大きさからするに誰かの誕生日ではないし住所や電話番号でも該当する数字は見られない。となると語呂合わせしかないが、それにしたって自分より早く亡くなった嫁のことでそんなに怒らなくたって良いだろう。だいたい、パスワードなんて第三者にはわかりにくくするものだろうに……と考えながら俺は祖母に思いを馳せる。
亡くなった祖母は、「なんでこんな頑固者の祖父と結婚してくれたんだろう」と思うほど上品で優しい、人だった。元は資産家の令嬢で、コーヒーには思い入れがあるらしくわざわざお取り寄せしてまで高級なものを嗜んでいたほどだが……そこで俺は、はっと気がつく。
「じいちゃん、ちょっと待って! ばあちゃんの好物って、蜂蜜入りのコーヒーだったよね!?」
「それがどうしたぼくジジえもん!」
「ひょっとしてその『2315』ってパスワード、人に見られてもわからないよう逆向きに書いてあるんじゃないの? ひっくり返せば『5132』、語呂合わせでコーヒー蜜、つまりばあちゃんが好きだった蜂蜜入りコーヒーのことなんじゃないかな!?」
その途端、祖父がいきなり立ち止まってそのまま拍子抜けしたように座り込む。
「そうか……そうだよな。ばあさんは世界一いい女で最高の嫁。他の男に目移りするわけがない……いや、本当に。考えてみれば当然だ。何せばあさんと来たら気立てもいいし家事をやらせても申し分なく何一つ非の打ち所のないパーフェクトウーマンで……」
一転してご機嫌になった祖父はそのまま、祖母の自慢話を始める。延々と惚気る祖父に嫌な顔をしつつ、姉がコーヒーを啜りながら呟く。
「だから黙っとけば良かったのに」