放っておけない
「あなたには治療を受ける権利があります。義理のご家族に恩があるというのなら、慰謝料で報いる選択肢もあるでしょう。日常生活に支障が出るのであれば、今までと同じ生活は続けていけない。それは分かりますよね? 生活用の魔法が使えないのでは、ご家族に多大な負担がかかるはずです」
フィデルは少々早口にまくしたてた。
「そうでしょう?」
「え……ええ」
内容としてはうなずけることばかりである。彼の勢いに圧倒されたのもあいまって、ミーシュはついそう答えていた。
「では、治療の費用は私に賄わせてください。よろしいですね?」
「え……ええと……はい」
「治療が終わるまでの期間、ご家族に迷惑をかけるのもなんですから、魔法が使えない障害をお持ちの人用に作られた、特別な部屋に住んでいただきます。それもよろしいですね?」
「そ、それは……」
「あくまで一時的な措置です。あなたは珍しい体質のようですし、町医者では受けられない特別な治療を施せば、すぐに治るかもしれません。幸いにして私は宮廷魔術師ですから、つてはいくらでもあります。必ずや最先端の医療を受けられるように手配いたします」
ミーシュはそわそわと、落ち着かない気持ちで手を組み直す。内容はどれもミーシュのことを深く考えてくれているのだと思わせる提案ばかりだが、それにしてもどうして彼はこんなに熱心なのだろう。ギラギラとした目つきが少々怖いくらいである。
理由は不明だが、ともあれフィデルがミーシュの処遇をすでに決めてかかっていることだけは分かった。
「……いくらなんでも、そこまでしてもらうわけには」
やっとのことでそう返したミーシュに、フィデルが揺るぎない力強さで「いえ」と即座に否定する。
「私が納得いかないのです。わがまま、だと思っていただいても差し支えありません。私のせいであなたはそういう身体になってしまったのだから、私が責任を取るべきではないですか」
「そうでしょうか……」
それでもやはり腑に落ちない。彼の必死さは、ワガママというのとも少し違う気がする。
ミーシュの複雑な表情を読み取ったのか、フィデルは少し沈黙し、目を伏せてから言った。
「もしこのままあなたと婚約できなければ、私は……」
そわりと、こそばゆいものがミーシュの心をくすぐる。何かは知らないが、フィデルの思い詰めた表情は琴線に触れた。
(……やっぱりこの人、何だか放っておけない)
自分の重みだけでずぶずぶとどこまでも沈んでいきそうな様子である。大丈夫だよ、と言ってやりたくなるような庇護欲、あるいは、そうでなければいけないような義務感をかきたてられる。
「結婚を望まないというのであれば、それで結構ですよ。しかし、このままでは私の評判にもかかわります。ご面倒をおかけしますが、しばらくの間婚約だけも結んでいただけないでしょうか」
話の流れについていけなくて戸惑うばかりのミーシュだったが、この時点ですでに悪い気はしなくなっていた。分からないことだらけではあったが、ミーシュの今後をとても心配してくれていることだけは痛いほど伝わってくるのだ。
「婚約の解消はまたいずれ。とりあえずで構いませんので、専用の施設への移住と、婚約だけはどうかお願いします。治療が終わるまでの辛抱と思って、私のワガママに付き合っていただけませんか」
「少し考えさせていただいても」
「今すぐに」
「えぇ……」
「お願いします」
フィデルは食らいつくように言う。切実に、真剣に、まるでもう後がないかのように。
「私を助けると思って」
ミーシュは断り切れなかった。
「……分かりました」
結局、それで合意させられたのだった。
「しばらく、そちらにご厄介になります」
◇◇◇
フィデルが帰ったあと、メラはまっさきに反対した。
「医者にかかるのは賛成。でも療養ってうちでもできるじゃん?」
がばりとミーシュを抱きしめて、泣き真似をする。
「ミーシュがいなくなったら寂しくて死んじゃうよ」
「別に魔力なしでも全然問題ないって。これまでだってずっとミーシュに助けてもらってきたんだからさ。縫い物とかいつもやってくれるじゃん? メラにやらせたら廃棄処分になるよ」
「ひっどい! でもミーシュがやってくれるとありがたいんだよねぇ」
ケレンもメラに同調してくれたが、魔法が使えないと迷惑がかかることは確かなのだ。
「そいつが迷惑なら断っちゃえばいいのさ」
「……ありがとう、お義母さん」
ミーシュだって離れがたい。
「でも、あの人にも貴族としての面子があるんだって。しばらくは婚約のふりだけでもしてもらわないと困るって言ってたんだ。それに、治療まで受けさせてもらって、婚約は嫌ですっていうのもね」
「ミーシュは面倒見がいいもんなぁ」
ミーシュはつい笑ってしまった。そんなのはこっちの台詞だと思う。
「メラやお義母さんに似たかな?」
冗談めかして言うと、義母はハッとした。言葉にしなくても、彼女の思いはミーシュにも伝わった。
「……いつでも帰っておいでね」
「うん!」
お別れを済ませて、ミーシュは数日後に、フィデルの指定した家へ移動することにしたのだった。
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