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四日後

◇◇◇


 びっくりするミーシュと姉にさんざんお詫びを言ってから、彼は馬車に乗せて、家に送り出してくれた。


 遠ざかる豪邸を振り返りつつ、ミーシュは大きく息をつく。どこもかしこも豪勢で、魔術師は意味の分からないことを言うし、緊張しっぱなしだったのだ。肩の凝らない我が家が恋しかった。


「ねえ、本当に身体は大丈夫?」

「うん。なんともない。でもなんか、すっきりした感じはするかな」


 身体が軽くなったような気がする。これが、魔力がない、ということなのだろうか。


「メラこそ大丈夫? ずいぶん長いこと私の目が覚めるまで待ってくれてたみたいだけど」

「それは全然……お医者さんとかも来てて、休む暇もなかったんだよ」

「ごめんね、メラ」


 メラはいきなりミーシュを抱きしめた。


「ミーシュが無事でよかった! 魔力もすぐに戻るといいんだけど」

「明日にはきっと元通りだよ」


 心から心配してくれる愛情深いメラにミーシュも慰められて、それでなんとなくその話はおしまいになった。


 明るくしようと思ったのか、メラがわざとらしく茶化したように言う。


「ねえ、それにしても、すごいおうちだったね。宮廷魔術師ってそんなにえらいの?」

「うん。平民でも貴族になれるんだってさ」

「へえ、すごいねえ! じゃああの人も貴族だったのかな? いきなり求婚なんて言うから驚いちゃった。いくらミーシュが可愛いからって失礼すぎない? 一目惚れしちゃったにしても、もう少し落ち着いてほしいよねえ」

「うーん……責任を取る、って言ってたから、庶民とは女性観が違うのかも」

「そうそう、それも変だよね。身体に傷が出来たらもう結婚できないって、何年前の価値観なんだか。ミーシュなら魔法学園に行って宮廷魔術師になって、そのうち王子様からも求婚されるに決まってるのに」

「メラの期待が爆高すぎて、私プレッシャーで死にそう」

「ミーシュならできる!」

「大雑把な先生みたいに」


 ひとしきり笑い合ったあと、ミーシュはぽつりと言う。


「……何日かすれば元通りだよ」


 そうなってほしいと思いながら、家まで馬車に揺られていったのだった。


◇◇◇


 ミーシュの予想を裏切って、体調はなかなか戻らなかった。いくら魔力をかき集めようと、すっと抜けていく感覚がある。溶けて消えていく魔力の感覚は滑らかで気持ちよかったが、これでは魔法がろくに使えない。


 一日待っても、二日待っても同じだった。


(魔力が戻ってこない)


 四日経っても、ミーシュはよくならなかった。


 水を出そうとしても出ない。


 かまどに火をつけようともつかない。


 明かりをつけようとしてもつかない。


 おかげでいちいち家族にお願いをしなければならなかった。


 もともと、ミーシュの魔法はとても貧弱だ。魔力が微量で、不安定だったから、こうしたことがなかったわけではない。家族も慣れていたおかげでそれほど困りはしなかったが、不便さは否めなかった。何よりも、数日をまたいでずっと魔法が使えない、などというのは、初めての事態だった。初めは楽観視するミーシュに同調していたメラも、だんだん洒落にならないと思い始めたようだ。


「やっぱり病院に行きなよ」

「……まだ分からないよ」

「でも、もう四日だよ。今日は休んで、どこかのお医者さんに診てもらいにいこう。私も一緒に行くから」


 横で聞いていた義理の兄・ケレンも、心配そうに言う。


「一応見てもらったらいいじゃん。何もなければそれでいいんだから」

「それはそうだけど」

「病気だったら大変だろ? まあ、魔法は残念だけどさ。でもお前、元から下手だし、ちょっと明かりをつけたりするくらい、誰かに頼めばいいんだからさ。そっちは騒ぐことないって」

「でも、それじゃミーシュが不便でしょ。せっかく学園にだって受かったのに――」

「問い合わせしたのかよ? 合格したのだって体質のおかげだろ? だったら魔法が使えなくても行けるかもしんないじゃん」

「ありがとう、ケレン。でも、体調は本当に何ともないんだよ」

「ダメ! 今日は病院! 早く支度して」


 メラにせっつかれ、ミーシュは仕方なく身の回りのものをまとめた。しかし、何だか気が進まない。病院で詳しく調べたら、やはりもう回復は絶望的だと言われるかもしれないのだ。宣告を先延ばしにしたい、という気持ちがあった。


(とはいえ、あんまり心配させるのもね)


 何しろここの家族は本当に親切なのだ。ミーシュの体調のことを、本人以上に心配してくれる。メラやケレンも、ミーシュが病院に行くまではずっと気がかりだろう。ふたりを安心させる意味でも、行ってみる価値はある。


 ミーシュは、メラと一緒に家を出た。


「ちょっと、もう、邪魔ね!」


 メラが大声を張り上げる。背中からのぞき見ると、さほど広くない道路いっぱいに、立派な馬車が止まっていた。


(あれ? この馬車って――)


 すると、ドアがぱかりと開いて、中から人が慌ただしく降りてきた。高価そうな魔術師のローブを雑にさばいて、ミーシュに向かってまっすぐ駆け寄ってくる。


「ミーシュさん! お会いできてよかった!」

「……フィデルさん」


 名前は、住所を交換したときに教えてもらった。宮廷魔術師で、彼自身も男爵位持ちの立派な貴族。住む世界が違うのだとぼんやり思ったが、彼だけが空想の世界から切り取ったように綺麗で、庶民の住宅が並ぶ区画で見るとますます浮いて見える。


 彼は何も目に入っていないようで、勢いよくミーシュに尋ねてくる。


「あれからお加減はいかがですか!? 体調が急変したなどということは」

「どうってことありませんよ」

「魔法は!? もう使えるようになったのでしょうか」

「いえ、そちらはまだちょっと具合が悪いので、またお医者さんにかかろうかなと思っていたところなんです」


 彼は、そうですか、とため息のように言う。


「……医者に診せても、回復は難しい、と思います」

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