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求婚

◇◇◇


「――本当に申し訳ありませんでした!」


 さきほどから平謝りしているのは、魔術師の男性だ。再三の大声に、頭が痛くてぼんやりしていたミーシュも、だんだんと意識が覚醒していった。


(外が真っ暗)


 ミーシュはあれから魔術師の家に担ぎ込まれたらしく、目を覚ましたらベッドに寝かされていた。そばには絶望的な表情をした姉と魔術師がいて、ミーシュが起き上がるなり怒濤の謝罪が始まったのだった。


「こんなことになるなんて、お詫びのしようもありません」


 ミーシュは頭痛に気を取られていたせいで、一瞬、彼が何を謝っているのかが分からなかった。


(そうだ、私、買い物の途中で、この人に能力をみてもらおうとして、それからどうなったんだっけ?)


 魔術師は銀髪が乱れるのにも構わず、何度も謝っては頭を下げていた。その光景がどうにも非現実的に感じるのは、やはり男性がどこか綺麗すぎるからだろうか。


(純粋な人、なのかな)


 そんなに恐縮するほどだろうかと、ミーシュが思ってしまうくらい、彼は思い詰めた表情をしていた。なまじ顔立ちが整っているだけに、どうにも危ういものを感じさせる。一度こうと思い込んだら絶対に意見を変えない頑固な一面と、まっすぐすぎるせいで脆くて壊れやすい一面を併せ持つような、そんな人だ。


 そのときミーシュの中で、ちりっと、痛み未満の不思議な感覚が頭にうずいた。


(何か、どこかで見たような)


 ガラスのような心でまっすぐにミーシュのことを慕ってくれた誰かが、遠い過去にいたような、そんな気がした。


 もっとよく思い出そうとしてみても、それ以上の手応えはなかった。


 そうしているうちに、意識も完全にはっきりしてくる。


 倒れたところまでは覚えているが、その割に怪我らしい怪我はない。手を開閉してもおかしなところはないし、足もきちんと動く。


 ミーシュは謝り通しの彼が可哀想になってきたので、とにかく安心させてやろうと、口を開いた。


「大丈夫ですよ。どこも痛くありませんし。何ともないみたいなので」

「それがね、ミーシュ」


 メラが真っ青な顔で言う。


「あなたはもう、魔法が使えないかもしれないの」


 ミーシュは一瞬何を言われたのか分からず、ぽかんとした。冗談でしょう、と笑い飛ばそうにも、メラの真剣な表情が、ただごとではないのだと伝えてくる。


「そんな、まさか」


 やっとのことでそれだけ言い、ミーシュは、枕元にあったナイトスタンドに手を伸ばし、消灯をしようとした。


 ランプは消えなかった。


「ミーシュが起きるまでに、たくさん治療をしてもらったの。でも……」


 ミーシュは自分の両手をまじまじと見た。たしかにこれは自分の手だと思えるのに、何かが抜けてしまったような喪失感があった。


 もう一度、さらにもう一度、と、何度も何度もカチカチとスイッチを押してみたが、まったく反応しない。


「私の魔法が不安定なのは、今に始まったことじゃないし……」


 ものすごく弱い魔法しか使えないミーシュには、ときどき魔道具が反応しないこともあった。だから、特別なことではないはずだ、と自分に言い聞かせる。


「ミーシュさんから、魔力の流れが感じられないんです」


 ミーシュは不安になって、魔術師を見上げた。彼までもが、まるでお葬式のような、絶望の表情をしている。


(何が起きてるの?)


 呆然とするミーシュに、魔術師が非常に重い口ぶりで言う。


「ミーシュさんが倒れたのは、魔力を使い果たしたからです。……危険な状態だと判断し、集中的に治療に当たったのですが……」


 魔力は人の精神力の源だ、と言われている。枯渇すると、死んでしまうケースもあるらしい。しかし、元から魔力が薄い割に健康体のミーシュは、まったく気にせず暮らしてきた。


 魔術師の話も、何かの悪い冗談としか思えない。


「私のせいです。きっと私の魔力が強すぎて、ミーシュさんに悪影響を与えたのだと思います」

「少し休めばよくなりますよ。よくあることなので」

「それが……」


 魔術師はミーシュに何が起きているのかを、分かりやすく説明していった。


 どうやらミーシュに流れ込んだ大量の魔力は、ミーシュの魔法力を破壊してしまったらしい。魔力の受け皿がもともとすごく小さかったところに、大量の魔力を注いだせいで、砕けてしまったのだろうということだった。


「人は誰でも、ある程度の魔力を身にまとうことができるのですが、ミーシュさんに魔力を流してみても、抜けていくばかりなのです。つまり」


 ミーシュは自分の手をじっと見つめる。魔力の流れはミーシュにも感じ取れる。魔法を使うときは流れを操るのだ。


 試しに小さな炎を出そうとして、ミーシュは失敗した。


(少しも力が出てこない)


「ミーシュさんは今、魔力がまったくのゼロということになります。これではもう、魔法は絶望的かと――」


 深刻そうな顔をしている魔術師に、ミーシュは思わず苦笑を返した。


(そんなに気に病まなくてもいいのに)


 つい、肩でも叩いて励ましてやりたいような気持ちにかられる。そんな馴れ馴れしいことはもちろんしないが、ミーシュはもとからあまり悩まない性格とはいえ、なぜか彼のことは放っておけないと感じてしまう。


「大げさですよ。もともと私は魔力が不安定なんです。きっと今は乱れているだけでしょう。何日かしたらまた元に戻っていますから、大丈夫です」

「しかし、医者と協力して、できる限り詳しく調べた結果でして……っ」

「まだ分かりません。様子を見てみてもいいですか?」


 ミーシュのあっけらかんとした態度には、人を拍子抜けさせる効果があるらしい。たいていの人はミーシュが微笑むと、リラックスしたように力を抜く。


 それなのに、魔術師は少しも笑わなかった。


 今にも泣きそうな表情。大の大人が、そんな情けない姿を晒しているせいだろうか。ミーシュは考えるよりも早く、口を開いていた。


「――思い詰めすぎよ」


 くすりと笑ってから、我に返る。


(なんて馴れ馴れしい)


 子どもに向けて諭すような調子になってしまった。地位も身分もあって、体格も立派な、大人の男性に向かっての口利きではない。


「すみません、私、つい」


 思わず頬が染まるミーシュに、魔術師は呆然としていた。


 失礼すぎて、開いた口が塞がらないようだ。やってしまったと、いたたまれなくなったのを契機に、ミーシュはとにかくここを出ようと思った。


「わ、私はもう何ともないので」


 ベッドを立ち上がろうとしたそのとき、軽い目まいに襲われた。しかし、気力だけで足を踏ん張って、ことさらに健康をアピールしておく。今ここでミーシュが倒れたら、魔術師も心労で共倒れになってしまいそうだ。


「夜も遅いですので、戻りますね。介抱していただいてありがとうございました。行こう、メラ。お義母さん達もきっと心配してる」

「本当に大丈夫なの?」

「どこも痛くないし、いつも通りだよ」


 青い顔をしているメラを安心させるように、ミーシュは再び何でもないふりをしてみせる。体調は万全とはいかなかったが、それ以上にメラと魔術師の方が心配だった。


 まだ何か言いたげにしていた魔術師に、出口はどこか、と尋ねると、彼は引き出しのどこからか、メモ用紙を引っ張り出した。


「とりあえず! とりあえずでいいので、連絡先を交換させてください。また後日、改めてご挨拶に伺います」

「もう大丈夫ですから、お気になさらず」


 ミーシュは断ろうとペンを拒んだが、魔術師はまったく引き下がろうとしない。


「しかし、数日経っても回復しないなら、そのときはやはり賠償をしないとなりませんので」

「そんな、お金なんて……」

「ご家族の方ともぜひご相談をさせてください。これからミーシュさんの生活を支えていくにあたって、何かとご入り用でしょうから」


 義理の家族のことを持ち出されると、ミーシュは弱かった。ただでさえ魔力不足で迷惑をかけがちなのに、まったくのゼロになったとしたら、きっと負担は増大するだろう。


「うちを助けてくれる、ということですか?」

「もちろんです。それに」


 魔術師はどこまでも真剣だった。


「体に傷をつけてしまったのですから、責任として、求婚をしたいと考えています」


 ミーシュは意表を突かれて、しばらく絶句していた。


 綺麗すぎる男の人からの求婚は、絵物語のように現実味が感じられず、うっかり彼のことをまじまじと見つめる結果になった。貴公子風の、すっきりした気品のある面立ちが、思い詰めた表情ですっかり固まっている。


 本気なのである。


 ――こうしてミーシュは、名前も知らない魔術師から求婚されるという、珍妙な事件に巻き込まれることになったのだった。


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