再会
「いいんだって! 私たちは家族なんだから」
ミーシュは黙ってうなずいた。温かいものが胸にあふれて、口を開いたら、泣いてしまいそうだった。いつか働いて返せたらいい、とミーシュは思う。
「でも、本当にすごいね。私だって合格できる気がしないよ。一次試験に通るのがまず無理じゃない? がんばったんだねえ」
目を細めて愛おしそうにミーシュを見るメラ。
「ミーシュが自分でつかんだチャンスなんだから、ちゃんとものにしないとね」
「うん。ありがとう、メラ」
馬車を降りて、王都の大通りに立つ。行き交う人たちの服装が、ミーシュの家の付近とはがらりと変わって、仕立てのよさそうな毛皮やコートがたくさん見られた。ガラスを多用した建物もおしゃれで、カラフルな食べ物だっていっぱいある。
王都の商店街だ。ここでは何でも揃うと言われている。王様が着るようなお洋服から、農民が使う針刺しまで、素敵な包装でラッピングして渡してくれる街なのだ。
めったに来られない都会の景色に、メラと一緒になってはしゃぎながら、魔法の用品店に向かった。
店のドアをくぐると、そこにもきらびやかな別世界が待っていた。
金色の箔押しをした豪華な上製本がたくさん並ぶ本棚に、クリスタルガラスが光る薬品棚、重厚な魔術師のマント、それに宝石がたくさんつけられた杖のディスプレイ。魔法が降りかけられたステーショナリーに、幻獣の力を封じ込めた魔法素材。
魔術師の書斎に紛れ込んだかのようで、ミーシュはうっとりしてしまった。
「すごい、みんな綺麗!」
「予算足りるの?」
「宝石は無理だけど、こっちの方は全然」
ああでもないこうでもないと言い合いながら、とっかえひっかえ手に取ってみる。グリフォンの羽根がついた杖や、消えない火が宿る灯心草、青い湖の結晶が先端に嵌まった古木。どれも高い魔力を有すると言われている品で、非常に貴重なものだ。
――その矢先の出来事だった。
「メラ、私、これがいい――」
ミーシュがトネリコの杖を手にして姉に話しかけたとき、ちょうど別の客が入ってきた。背の高い男性が、ミーシュたちのすぐ隣の棚の前に立ち止まり、本の背表紙に手を伸ばす。
ミーシュは、邪魔にならないよう、一歩引いた。
メラが杖を受け取って、しげしげと見つめる。
「いいんじゃない? 綺麗な杖。氷の魔法が入っているの?」
メラの手の中で、魔石が静かに揺らめいた。杖を中心に、少しだけ声が小さくなる。
「でしょう? 【冬の心臓】が入ってて、すごく素敵なの」
冬の心臓は、音を吸い取ってしまう、と説明書きにある。
浮かれも手伝い、杖の効能に負けない大きな声をミーシュが張り上げた途端、すぐそばにいた男性がすばやくミーシュを振り返った。
(魔術師?)
二十歳くらいの男性だ。角度によって黒っぽくなる銀髪は、まるで本物の白銀のようだ。上背もあり、見た目はれっきとした大人の人なのに、サイズの合わない借り物のマントを着ているような、ちぐはぐな雰囲気だった。しかし、ミーシュが気になったのは、そんなことではなかった。彼の表情が、一瞬引きつったように見えたのだ。
(あ、しまった)
ミーシュはそう思った。杖に夢中になるあまり、無意識に声を張っていた。きっとうるさかったのだろう。
「すみません――」
反射的に謝ったものの、彼の返事はない。
時が止まったように硬直し、ミーシュを凝視している。
そばにいた姉も、眉をひそめるほど不審な様子だ。
「この子に何か御用でしょうか?」
メラがたまりかねて話しかけると、彼はようやく夢から醒めたようにまばたきをして、気まずそうに髪へと手をやった。
「……知り合いに似ていたもので、つい。失礼しました」
思いのほか礼儀正しい返事が返ってきたが、彼は相変わらずミーシュをまっすぐ見ている。
初対面の男性からじろじろ見られて気まずいはずなのに、なぜか、ミーシュよりも、その男性の方が数倍は動揺しているようだった。
「人違い……のようです」
そうは言いつつも、どこか彼は歯切れの悪い様子だった。何かを言いたそうにしている。
(変な人)
どう見ても五体満足で、健康そのものの男性だ。なのにどこか、寄る辺ない。迷子の男の子のような、ちぐはぐな印象。
(この人、なんだか綺麗すぎる)
魔術師といえば偏屈な世捨て人――という印象があるせいだろうか、整った小ぎれいな顔や出で立ちが、どうにも魔術師と合わない気がする。それが衣装に着られている印象の理由だろうか。王子様が乞食のふりをしようと地味なマントを羽織ってみたら、ちょうど彼のようになるだろうか。魔術師のローブでは押し隠せないほどの気品や、色気が彼にはあった。
「ミーシュ、行こう?」
「うん。でも……」
ひどく取り乱したような彼の様子が気になる。
「あの、どこか具合でも悪いんですか?」
「いや、申し訳ない、平気です。しかし……あなたはミーシュさん、とおっしゃるのですか?」
「はい」
「……別人、か」
小さなつぶやきは、どこか彼自身に言い聞かせているかのようだった。
「不躾で申し訳ないが、あなたは少し変わった能力を持っているのでしょうか? 先程から妙な感覚が……」
話しかけられて、ミーシュは戸惑いつつも、うなずいた。
「はい。でも、どうしてそのことが?」
ミーシュの能力は確かに珍しいが、言われなければ気づかないほど弱い。
「職業柄、魔力の流れには敏感なもので。これでも宮廷魔術師をしているんですよ」
ミーシュは感心しながら男性を改めて見た。宮廷魔術師は、魔術を専門にする人たちの中でも最高峰だと言われている。本物を目の当たりにして、軽く心が浮き立った。
尊敬の気持ちが色眼鏡となって働くと、ずいぶん魅力的な男性のようにも思えてくる。魔術師の中には気に入らないと呪いをかけてくるような人もいて、自衛のためにも魔力が少ない人はあまり近づかない方がいいとされているが、不思議とこの男性には警戒心が働かない。
「初学者の方でしょうか」
「はい」
「よかったら、もう少し詳しく力を見せてもらえませんか。杖選びの参考になるかもしれませんし」
「本当ですか? ありがとうございます。ぜひお願いします」
「ちょっと、ミーシュ。やめときなよ」
引き留めたそうなメラに、軽く反論する。
「でも、宮廷魔術師様だよ、メラ」
「本物かどうかも分からないのに」
「でも、私の能力に気づいた人なんて初めて見たよ?」
面接してくれた試験管の先生たちだって、ミーシュから説明するまで能力の詳細が分からなかった。彼らを上回る実力者だということは間違いない。
「……気をつけてね」
メラの忠告に、分かっているとうなずき返して、ミーシュは魔術師に近寄っていった。
「私の力は、触れないと発動しないんです。少し手をお借りしてもいいですか?」
ミーシュが握手を求めて手を差し出すと、彼は戸惑ったように、手を預けてきた。
(……震えてる?)
不思議には思ったものの、大きな手と握り合わせたとき――
「――ッ!?」
巨大な魔力が流れ込んでくる。その強い流れに、ミーシュは耐えられなかった。
ミーシュは頭が殴られたような衝撃を覚え、そのまま意識が吹っ飛んだ。