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そして、現在

◇◇◇


 ミシェルが行方不明になってから、十年後。


 フィデル・ロイグラントが、その少女を見出したのは、まったくの偶然だった。


 震えるような激情にかられて振り返ると、彼女は、フィデルの記憶そっくりの動作で、やや軽く目を見張った。


 年齢は違う。顔立ちは似ているが、少し大人になっている。


 目の色も、髪の色も違う。元の彼女は、もっと暖かい人柄が滲むような色をまとっていた。


 それでも、見間違えるはずがない。ずっと彼女を探していた。ずっとずっとずっと追い求めていた。死んだと言われても、証拠をこの目で見るまでは納得できなかった。休暇のたびに消息を絶った場所を訪れては、遺品がないか探した。村中に聞き込みも行った。


 何の手がかりもなかったのだ。


 十年探し求めるうちに、もう生きてはいないのだろうかと、絶望にも似た諦めが心を浸食しかけていた。そんなはずはないと頑迷に否定し続けて、光のない世界を何とか凌いできた。彼女だけが生きる希望で、幸せの源泉だった。


 フィデルは彼女の佇まいを見、声を聞いて、そこに様々な特徴を再発見した。柔らかな微笑みや、少し間延びした喋り方、人の悪意を少しも疑わない、純粋で清らかな優しさ。


(変わってない)


 フィデルの記憶は、当時と少しも変わっていなかったのだ。実は、忘れてしまうことをずっと恐れていた。彼が記憶している彼女の面影は、長い年月の中で変質してしまっているのではないか。正確に思い浮かべることができているのだろうか。


 覚えていた。時間がどんなに経っていても、大切な宝物はすり減ることもなく、きちんと心のうちに仕舞われていたのだ。


 言葉にならない言葉が喉を震わせ、あたりの空気を揺るがす。


 フィデルは少し焦りを覚えた。昔よりずいぶんマシになったとはいえ、フィデルは相変わらず動揺すると魔力の制御に失敗してしまう。


 自分を抑えに抑えて、ミシェルと言葉を交わすうちに、確信が深まっていった。


(生きていたんだ)


 あの人の声を、聞き間違えはしない。話し方の抑揚、笑う癖、乾いた地にしみこむ水のようにひたひたと心に入り込み、喜びで満たす。


 ――再会してしばらく、フィデルは呆けていた。寝ても覚めても考えるのは、勢いで求婚までしてしまった娘のこと。


「本当なの? ちょっと落ち着いた方がいいんじゃ」


 話を聞いてくれていた同僚が、呆れたように言う。


「十年前と同じ顔なんだろ? 年取ってないってこと?」

「たぶんそう。妖精の取り替え子にでもされてたんだろ」

「そんなんいるかぁ? 他人のそら似なんじゃないかな」

「絶対にあの人だ」


 強い調子で繰り返すと、同僚はそれ以上異を唱えなかった。


「慎重に行きなよ? 相手の子だって、十年分の鬱積した感情をぶつけてこられたら辛いだろ。もしも人違いだったりしたら目も当てられない。俺なら怖くて泣いちゃうよ」

「大丈夫。ものすごく我慢してるから」

「本当ぉ?」

「絶対に失敗はしない。絶対大丈夫」

「それ聞いただけで不安になってくるんだけど?」


 そんな奴だったんだお前、と戸惑ったように呟く同僚を、聞こえないふりでやりすごす。


 フィデル・ロイグラントの頭を占めているのは、たったひとつだけ。


 どうすれば彼女に、自分をかつての従者だと認識してもらえるか、だ。


◇◇◇


 春先に、ミーシュは難関の魔法学園の試験を受けた。魔力が弱いミーシュの手に届くような場所ではない、と言われていたので、記念受験のようなものだった。駄目で元々だったのである。


 ミーシュは、昔から魔術師に憧れていた。何もないところから夢の霧を、星の影を、光の花を生み出す彼らは、どんな奇跡も起こせる、神様のような存在に見えた。


 人よりも魔法が下手だから、余計に眩しく感じたのかもしれない。一次試験に通った、と報されたときは信じられなかった。筆記はとても優秀だったと、あとで教えてもらったときのことも忘れられない。勉強はがんばっていたので、素直に嬉しかった。


 二次試験ではミーシュの魔法よりも、特異体質の方に試験監督が興味を持った。非常に珍しいので、研究のしがいがありそうだ、という。能力の制御に成功すれば、素晴らしい使い手として重宝されるだろうともコメントしてくれた。


 そして、補欠合格の通知が届いたのである。


 ミーシュは通知を手にして、しばらく固まっていた。信じられなかったし、実感も湧かなかった。


「やったねえ、ミーシュ!」


 義理の姉が自分のことのように喜んでくれて、ようやく金縛りが解け、安堵と嬉しさから、少し涙ぐんでしまった。


(私、合格できたんだ)


 その事実を噛み締める。魔法がうまく扱えないせいで、人に迷惑をたくさんかけてきたミーシュにとっては福音だった。


「お前、がんばってたもんなぁ」

「よかったじゃない、春から学生よ」


 義理の兄も、義母も、口々に祝福してくれる。


「でも、私、記念のつもりだったから――通う気なんてないよ」

「何を言ってるの! せっかくなんだから行かないと」


 魔法学園は、とてもお金がかかる。貴族か、本当に才能のある人だけが、支援を受けて通う場所だ。しかもミーシュは、魔術の才能がほとんどない。実力をつけるのに人よりずっと時間がかかるだろうと、自分でも分かっている。無駄なお金を払ってまで行くような場所ではないのだ。


 ミーシュは、自分でもがんばったらいつか人並みに魔法を使えるようになるかもしれないという、希望のようなものを求めていた。難関とされる学園に挑戦したのも、自分自身を納得させられる気がしたからだ。たとえ失敗したとしても、努力したという事実は残る。きっとそれは、ミーシュにいい影響を与えてくれるだろう、と思っていた。


「合格するなんて思ってなかったから、何の準備もできてないし」

「入学はいつ?」

「二週間後」

「まだ間に合うでしょう。何が必要なの? 早く買い出しに行きなさい」


 義母は台所の奥から、大きなお金の入った袋を引っ張り出した。


「でも、それは大事な――」

「いいから。入学祝だもの」

「王都まで行こう。せっかくだからミーシュに似合う杖を買おうよ」


 義理の姉、メラがそのお金を受け取って、ミーシュに微笑みかける。家族は皆、にこにこしていた。


「遠慮なんかしないの! 行ってきなさい」

「せっかくだから一番いいやつ買ってきなって」


 義母と義兄に背中を押されて、ミーシュはとうとう断り切ることができなかった。移動の乗り合い馬車で、不安になってメラを見る。本当にいいのだろうかと思っているミーシュの顔がよほど面白かったのか、メラは明るく笑った。


「いいじゃん、杖くらい買ったらいいんだよ。学校行かなくったって、あったら便利でしょ? とりあえず買ってから考えればいいって。お兄ちゃんだって、結構高いのわがまま言って買ってもらったんだよ。ミーシュだって、そろそろ杖くらいあったっておかしくないよ」

「でも、私は」


(養子なのに)


 およそ三年前、記憶をなくしてさまよっていたミーシュを受け入れてくれたのが彼らだった。


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