学園の講師
もしかしたら、加減を知らないタイプなのかもしれない。
分かっていないのであれば、何としてもミーシュの側でストッパーになってあげる必要がある。
「私、なくしものが多いんです。なので、できる限りなくしてもよさそうな杖を使いたいんですよ。それと、小さくて、持ち運びしやすいといいと思います。一番安いラインナップから選んでいいでしょうか?」
「ご冗談でしょう。ミーシュが使うものですよ? 安物なんて考えられません」
「私、無駄遣いって許せないんです! 私の趣味なので、どうかお願いします!」
そこまで言って、何とかミーシュは宝石のついた杖を返品してもらえた。
新しい杖は、宝石つきの杖を返品するついでに、出会ったときの用品店で買ってもらった。【冬の心臓】が封入された、魔石の杖だ。
「これなら呪文の必要な魔法でも、ご近所迷惑にならないんですよ。いいでしょ? すごくいいと思うんです。フィデルさんもそう思いますよね? 私のセンス、分かってもらえますよね?」
ミーシュが気に入ったことを強調すると、フィデルも反論は許されないということを察したのか、センスのよさを褒めちぎってくれた。
(うまく行った)
ともかくも、杖の件はこれで片付いたのだった。
◇◇◇
ミーシュが屋敷に越してきてから、一ヶ月。
ドタバタしているうちに、魔法学園はもう始まってしまっていた。
「通うべきだ」と言うフィデルの意見を何とか押しとどめて、ミーシュは就職口を探している真っ最中である。
(これ以上迷惑はかけられないもの)
もともと手伝いに行っていたお惣菜屋さんに就職してはどうかと勧められてはいたが、調理器具が思うように扱えなくなってしまったため、断念することになった。
お惣菜屋さんはミーシュのことを心配して、伝手を当たってくれるといい、酒場のウェイトレスなどを紹介してくれた。
(配膳の仕事はいいかも)
魔法や魔道具は単調な繰り返し作業に向いているが、配膳などの単純労働は人間がやった方が早い。ただ、調理補助に回れない分迷惑をかけてしまうので、お惣菜屋さんが紹介してくれる個人経営の場所はどこも難しそうだった。
大きめのお店に当たる必要があるのだろう。
そう考えてあちこち当たっていて、手応えもあった。
しかし、最初は「では来週から来てください」と言っていたお店も、なぜか直前になって「やはり魔法が使えない方は困るので」と意見を変えてしまうのである。二件続けて言われたため、ミーシュは少し悩んでいた。
フィデルに相談したら、探すのを手伝ってくれるというので、待つこと二週間。
まだ一件も紹介は受けていない。
(本当に探してくれてるのかな……ううん、忙しいだけだよね)
この一ヶ月というもの、ミーシュにつきっきりでにこにこご飯食べるところを見守っていたりしていたので、暇そうには見えるのだが、きっと色々なところで尽力しているのだろう。たぶん。
お医者さん捜しももう少し待つように言われているので、並行していろいろなことを頼んでしまって申し訳ないと思っていた。
その他、フィデルは魔法の訓練にも付き合ってくれている。
「魔道具が使えるようになるのを目指すのはいいですね、素晴らしいです」
そう言って、細々と教えてくれる。
「ものを動かす魔法は難しいですから、まずは基本を……指先に魔力を集める、『蟻の巣穴』という訓練方法がありまして、魔法で土を細く長く掘っていくのです」
「聞いたことあります」
「このガラスケースの底まで掘れたら、ひとまず最下級の試験はクリアだと言われています。魔力で掘ってみてください」
ミーシュは途方に暮れた。それが出来たら苦労はしないのだ。ミーシュにはまず、魔力を出すことすら難しい。
「まず魔力を増やす訓練からお願いします……」
フィデルはぐっと言葉に詰まる。
「……実は、生まれてこの方魔力が止まったことがないので、増やす方法と言われましても……」
「天才には逆に難しいことだったんですね」
「一般に、限界まで使うと、少しずつ増えていくといいますが」
「まず使えるほどの魔力をですね」
「……枯渇しかけたときに振り絞る感じということなら、よく言われるのが糸を紡ぐ感じ、というものです」
ミーシュは糸紡ぎを持っているというイメージを膨らませ、魔力を紡ぎ出そうとした。
指先に力を集中する。
何も起きない。
カチ、カチ、と、柱時計の振り子が無為に鳴り響く。
何にも起きないまま、ミーシュは力つきて、倒れた。
「大丈夫ですか!? 一度休憩しましょう」
そう言ってフィデルは甲斐甲斐しく介抱してくれた。
どうやらいい人なのは間違いない。
まだ回復の兆しはないが、すごい先生に教わっているのだから、きっとそのうち成果も出るだろう。と、ミーシュはあくまで前向きだった。
そんなある日のこと。
ミーシュのところに、魔法学園の先生が訪ねてきた。試験監督として、ミーシュの特異体質を評価してくれていた人だ。
聖職者の白いローブを着た女性は、自らを元聖女だと名乗った。
「講師のイライザです。探しましたよ、ミーシュさん」
学園が始まっても入学生にミーシュが見当たらないので、心配して探してくれたそうだ。
先生はぐっと身を乗り出し、ミーシュに話しかける。
「どうして学園にいらっしゃらなかったの? とても楽しみにしていたのに」
「それが……」
魔法が使えなくなってしまった経緯を説明すると、彼女は一緒に残念がってくれた。魔法学園に入るにはとてつもない努力と才能がいるのだと言って、ミーシュを労ってくれる。
「もったいないわね、せっかくの努力が水の泡だなんて」
「でも、私にはもともと魔法の才能はありませんでしたので」
「何を言うの、あの特異体質も、ミーシュさんの才能よ。あれもなくなってしまったの?」
「いえ、まだある、と思います」
「少し触れてみてもいいかしら?」
「はい」
ミーシュが差し出された手と握手すると、彼女は丸く目を見開いた。
「……あらあら、前よりずっと強くなっているじゃないの」
「そうなんでしょうか……」
あれ以来、ミーシュはフィデルにしか触れていない。ミーシュ自身は感覚としてまだ残っていることを知っていたが、彼が何も言わないので、変化については無自覚だった。
イライザは手をさすりながら、ミーシュを感心したように見ている。
「これはチャンスかもしれなくてよ。ねえ、これから一緒に施療院へ行かない? きっとあなたの力が役に立つと思うのよ。その力はね、強い聖女のものと同じだから」
講師の先生らしく、イライザは説明を付け加えてくれる。聖女は魔力が原因の体調不良も治療できるが、ミーシュの特異体質は局所的にそれを上回る可能性があるという。
ミーシュはドキドキしてきた。本当だとしたら、なんて素晴らしいことなのだろう。人の役に立てるチャンスなどそう滅多にない。特にミーシュは、魔力不足で人に迷惑をかけてしまう側だ。
ブックマーク&画面ずっと下のポイント評価も
☆☆☆☆☆をクリックで★★★★★に
ご変更いただけますと励みになります!