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新しい杖

◇◇◇


 ミーシュが家にやってきてから、半月ほどが経った。フィデルは仕事をかなり早く切り上げているらしく、たいてい夕方から夜まで、ミーシュの世話を焼いてくれている。ただし、それが細かすぎるというのがネックではあったが。


「紅茶が入りましたよ」

「わあ、ありがとうございます」

「コーヒーのご用意もありますが」

「紅茶で大丈夫です」

「ケーキは気分に合わせて変更できるよう、三種類用意してます」

「そんなには食べられませんが」

「残ったものは使用人が喜んで食べますからお気になさらず」

「なるほど……じゃあこれで」

「一口大にカットしておきました」

「わざわざご丁寧に」

「では食べさせてさしあげ」

「それは結構です」


 だいたい一事が万事この調子である。


「退屈なさってはいませんか? 何でもお好きな曲をおっしゃっていただければヴァイオリニストを手配しますが」

「な……生演奏ということですか?」

「ピアノの方がよろしければ楽器を搬入しま」

「いえ結構です!」


 本から刺繍セットからダンサーからオペラ女優から、何でも手配しようとするので、ミーシュはだんだん不安にかられてきて、聞いてみた。


「あの……男爵様って、そんなに毎日豪遊できるんですか?」

「いえ、ミーシュは特別なので」

「……?」


 男爵の懐具合を聞きたかったのだが、まったく回答になっていない。しかし、お金のことを出会って間もない立場で詮索するのも憚られ、ミーシュは追及をやめた。


 金銭感覚がもともと違うのか、それともはぐらかしているのか。あるいは会話が極端に下手なのか。どれもありそうに思える。もしかしたら、フィデルは、ミーシュに金銭面で遠慮されるのが嫌なのかもしれない。貴族らしい見栄の張り方ではある。しかし、そこまで深く考えていない可能性も大いにあった。


 こっそり後で侍女に聞いてみたら、沈痛な面持ちで首を振られてしまった。


「旦那様はとても素晴らしい方なのですが、この部屋のこととなると、見境がなくなってしまうのです」


 侍女が語ってくれたところによると、フィデルがこの屋敷を買い取ったのは五年ほど前だが、その頃から異様に改築に熱心なのだということだった。


「本来このお部屋は、主寝室に当たる場所なのですが」

「? どういうお部屋ですって?」

「館の主人が寝泊まりする、この屋敷で一番いい部屋のことです」


 ミーシュはまったく知らなかったので、少し冷や汗を感じた。道理で広いわけだ。


「女性用に改築して、以来五年間、こつこつ家具を集めて改装を楽しんでいらっしゃったのです」

「五年間も……」

「一体なぜこんなことをするのかと詮索する者は、次々と解雇なさるものですから、すっかり『触れてはならない部屋』に」

「怖い……」

「しかしながら、それ以外では大層お優しい方でございます。平民の出だからと言って、貴族のしきたりを超えて使用人によくしてくださることもありまして、この屋敷の者は皆ご主人様を尊敬しております」

「でもお部屋は謎に調えているんですよね……」

「しかし大変すばらしい方でございます」


 謎の多い男である。


「しかし、こうしてミーシュ様が住んでいらっしゃるということは、いずれ奥様を迎えるためにご準備なさってたのかもしれませんね」

「そうですね……それなら分かります」

「どんな方でも受け入れられるよう、色んな設備を整えていたのかもしれません。ご職業柄、様々な傷病の騎士様や魔術師様をご覧になっているでしょうから」

「それだったら、優しいフィデルさんらしい気配りですね」


 ミーシュは納得するふりをしつつ、フィデルの発言を思い出していた。


 ――帰りを待っている人がいたんですが……


 つまり、フィデルは、具体的な人物を思い浮かべて準備していたはずなのだ。


 どんな人物かはこの際いいだろう。


 しかし、この様子だと、使用人すら知らない、特に接点のない相手だったということになる。


(その人のためにドレスまで……?)


 それはいろいろな意味で大丈夫だったのだろうか。


 サイズについてもこの際問わないでおこう。どうやら女性の標準サイズで作っていたようだし、実際に標準的なミーシュにはだいたい合っていた。


 しかし、知らないところでドレスなど作られていたら、その女性も結構ぎょっとしてしまうのではないだろうか。


(……フィデルさんって、すごく不器用なのかな)


 なんとなく、彼が五年間見向きもされなかった理由(まだ振られたかどうかも不明だが)が推し量れてしまって、ミーシュは胸が痛んだ。


 彼なりに一生懸命やっていたのに、逆効果になってしまったのだったらとても切ない。


(……大丈夫。私は引いたりしないから)


 ミーシュもだいぶびっくりはしたが、少なくとも嫌だとは思っていない。それに、顔色に出さない程度の礼儀は弁えているつもりだった。


 住居の世話になっている分の恩返しである。


 ミーシュが密かにそんな決意を固めている中、フィデルはことあるごとにミーシュに私財をつぎ込もうとしていた。


「魔法の練習ですか! いいですね。では基本的な道具をご用意しましょう」


 次の日には、大粒の宝石がついた杖を渡された。


 その宝石がルビー・サファイアと同種の色違いで、途方もなく高値だと聞いて、ミーシュは卒倒しそうになった。


 なぜこんなものをくれたのかと聞いたら、彼ははにかんだように言ったのだ。


「ミーシュには、こういう柔らかな黄金色が一番似合うと思いましたので」


 そういうことが聞きたいんじゃない。


 ミーシュはもっと突っ込んで聞きたかったが、失礼に当たるし、何より純粋なフィデルを傷つけそうだったので、ひとまず呑み込み、お礼を言った。


 宮廷魔術師の俸禄がどんなものかは知らない。もしかしたらたくさんもらっているのかもしれない。


 しかし、明らかに行きすぎだ。


(私、このままだと男爵家を傾けた悪女って言われちゃうんじゃ……?)


 できる限りフィデルの不器用なところも受け止めようとは思っているが、だからといって愚行を止めないのは間違っている。


 ミーシュよりも身分や年齢が上で、きちんとした人に向かって注意をするのはものすごく失礼なのではないかと数日悩んだが、やはりこれはいけないことだと結論づけた。


「フィデルさん、私、こういうのは、ちょっと……これは、王妃様に相応しい格のものだと思います。平民の私には分不相応なので、換えてもらうわけにはいかないでしょうか」

「え? ああ、すみません。お好みを聞かずに渡してしまったのはよくなかったですね」

「そういうことではなくて」

「効果についても検討すべきだったでしょうか。初学者の方なら、どんな杖を使ってもほぼ同じですから、好きな宝石を選ぶといいですよ」


 宝石が前提だった。


 どうにも会話がかみ合わない。フィデルの律儀さ、貴族としての体面が、ミーシュに遠慮させまいとする優しさに繋がっているのは確かだろう。


 しかし、それ以上に、フィデルはミーシュが言いたいことを微妙に理解していないように見える。


 限度というものがあるだろう、とミーシュは主張しているのだが、フィデルにその発想はないようだ。どんなことでも叶えるのが至上命題だと思っている節がある。

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