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魔法の国


 疑問点は数あれど、ミーシュはすべて呑み込むことにした。


(……まだ来たばかりだから)


 おのれに強く言い聞かせ、ともかくミーシュは、にっこりと微笑んだ。


「そうでしょうか? ありがとうございます」


 フィデルは神々しいものでも見るかのように目を細め、ミーシュに見とれている。


 なんだか期待されているような気がして、ミーシュはドレスを少しつまんで、揺らした。生地にあしらわれたゴールドが、淡く光を照り返す。


「素敵なドレスでとても気に入りました。今日はこれを着ていてもいいですか?」

「もちろんです。毎日着てください。どれでも着てください」

「本当ですか? なんだか恥ずかしいですけど、嬉しいです」


 フィデルがとても嬉しそうにうんうん頷いているので、おそらくこれで正解だったのだろうと、ミーシュは判断した。彼は、ミーシュに自分好みの格好をさせたいのだ。


 ミーシュにももちろん自分なりの好みはあるが、幸いクローゼットにあるものはどれも外れがなさそうだった。遠慮なく借りておこう。


「お部屋もすごく可愛いですし、ドレスも私の好きな物がたくさんで、びっくりしてしまいました。こんなに素敵なところを住まいに貸してもらえるなんて、なんてお礼を言ったらいいか」

「いいんですよ。あなたがここに住むのは当然の権利ですから、我が物顔でお過ごしください」

「それはちょっと……」


 いまいち冗談なのか分かりにくいが、ともあれミーシュは笑っておいた。


 ミーシュはその後、何人かの使用人を紹介されて、いくつかの確認事項を教わったあと、引っ越しの一日目を終えた。


 この半月の間、怒濤の勢いで過ごしたため、ミーシュはすっかり疲れ果て、翌日の昼過ぎまで寝過ごしてしまうことになったのだった。


◇◇◇


 ミーシュの住む王国は、魔法が隅々まで行き渡っている。


 ここでは誰もが魔法使いだ。ちょっとした生活の用事に至るまでが魔法で自動化されていて、便利な暮らしが約束されている。王国の中枢には優れた魔術師や癒やしの力を持つ聖女がたくさんいて、魔獣の被害から人々の安全を守っていた。


 ミーシュが暮らしていた庶民の街も、大小さまざまな魔法で溢れている。魔法の道具は庶民の家でも珍しくなく、ほとんど魔法が使えないミーシュだって、その豊かさが十分に享受できた。


 ただし、それは、最低限の魔力がある限り、なのである。


 ミーシュは翌日、寝過ごしたことを後悔しながら、使用人の用意してくれた道具で顔を洗おうとした。


(すごい、どれも魔法なしで使える)


 スイッチひとつで水が出てくる魔道具は珍しくない。雨蜘蛛が生産する織り布が、ここらへんでは安く採れるのだ。織り布を通過する雨は精製されて真水になり、雨降らしの魔法をかけることで、いつでも呼び出せるようになる。


 が、魔力ゼロで作動するものは初めて見た。一応は存在するらしいと噂で聞いていたが、まさか本当だなんて。


 純粋に驚いたり感心したりしつつ、身支度を調えてさっぱり気分爽快になったところで、ふとミーシュは、魔法が使えるかどうか気になった。昨日は慌ただしかったせいで、魔力の具合を確かめていないが、そろそろ回復しただろうか。


 ミーシュは、小さな火を指先に生み出そうとした。


 指先に意識を集中。


 手応えはなし。


 魔力の流れも感じない。


 何も出てこない。


 しばらく試して、ミーシュは息切れを起こし、やめた。今日もダメそうだ。


(本当になくなっちゃったのかな)


 そう考えれば説明がつくことばかりだが、ミーシュには実感が湧かなかった。それどころか、まだまだこれからだ、と気楽に構えている。何しろミーシュは、あの最弱な魔法使いっぷりで最難関と言われる教育機関に合格したのだ。


 まだこれから。ミーシュは伸びしろが多いだけ。時間さえかければ絶対に魔法が使えるようになる。


 一般人のように、とはいかなくても、最低限の魔道具が使えるようになるのを目標とすれば、まだまだ訓練で何とかなるはずだと、楽観的に構えていた。


 新鮮な野菜のサンドイッチと、絞りたての果汁を昼食に摂らせてもらってから、ミーシュは暇を持て余し、少々魔法の練習をしてみることにした。


(昨日のフィデルさんはすごかった……)


 ものを浮かせる魔法は、難易度が高い。あれだけの大荷物を一度に飛ばせる人なんて、お引っ越し屋さんにもいないのではないか。あんなに自由自在に使えるのなら、きっと転職先にも困らないのだろう。羨ましいことだ。


(私もちゃんと働きたい)


 ミーシュは、昨日のフィデルの真似をして、まずはペンを浮かせてみることにした。


 重さを手で量り、その分の魔力をこねてみる。


 ……小一時間ほど試して、ミーシュはベッドにひっくり返った。


(これは無理かも)


 動機と息切れ、冷や汗が止まらない。しかし、そのお陰で分かったこともある。


(もしかして、私、魔力が完全になくなったわけじゃないのかな?)


 人間は、魔力が切れると体内のバランスが崩れて、最悪の場合、死に至るという。魔力が枯渇してくると、体調不良の兆候が現れるのはそのためだ。


 今のミーシュの症状も、典型的な魔力不足である。だとすれば、まだミーシュには魔力を生み出す力が残っているということだ。フィデルは完全にゼロだと言っていたが、どうも違うらしい。


 おそらく彼は、分かりやすくするためにそう言っただけなのだろう。実際に、魔道具すら発動できないほどの微弱な魔力は、四捨五入をすれば完全なゼロと変わりない。


(そういえば、魔力を流しても抜けていく、って言ってたっけ)


 貯めておけないだけで、魔力自体は持っているのかもしれない。だったら話は簡単だ。


(魔力を瞬発的にたくさん出せたら、魔道具ぐらいは発動するかも)


 当面の目標はそれにしよう。


 並行して治療を受けさせてもらえば、まだまだ望みはある。


 ミーシュは、少し休憩してから再び練習することにした。

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