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ある女と男の帰り道

作者: sazanami



ちょぉ、そこの兄さん。どないしはったんよ、こんなところで。


なに? 道に迷うてしもた?

そら いかんね、このあたりは危ないんよ。

逢魔が刻ならぬ、逢魔が道、なんてね。・・・冗談やって。兄さんは怖がりかえ。ふふふ。


どこに行きたいん?・・・あぁ、そこなら知っとるわ。うちについて来い。案内したるわ。




へぇ、神社に行った帰り道かえ。

なにをわざわざ、こんな田舎の神社まで?

秘密。そうですか。


うちは喋り好きやさかい、兄さんも付き()うてな。道案内のお駄賃や思うて。



兄さん、お名前は何ていいはるん?

せざき。漢字は?浅瀬の瀬と宮崎の崎で瀬崎。爽やかで良えやないの。瀬崎さん美男子やから、よう似合うた苗字やな。いやいや、お世辞と違うでぇ。

うち?

うちは、そやなぁ、夏とでも呼んでくださいや。


なんで晴れやのに傘を差しとるかって?

いやぁ、うちにはお天道さんの光が眩しゅうてなぁ。顔も見せんままで堪忍な。



なに、うちの顔が見てみたい?なんや瀬崎さん、女好きかや。そうやって女を口説くんかえ。


ごめんごめん、怒っとるんと違うで。

ま、瀬崎さんみたいな色男に見せる顔と違うよ。ええやん。瀬崎さんかて、ここに来た理由、うちには秘密なんやろ。





あっ、あこ見て。黒猫おるわ。可愛えなぁ。このあたりで野良猫を見かけんのは珍しいねんで。瀬崎さんは運が()えな。



そうや、猫といえば。


うち、子供の時に猫飼っとってん。


うちが そのへんの道端で拾った捨て猫や。混じりけのない綺麗な白猫やった。真綿みたいにふわふわで、すべすべで、晴れた日の雲みたいに白かった。それはもう綺麗な猫やった。ひと目見て、この子が欲しいと思うてん。


連れて帰ったら母ちゃんに怒られたけど、どうしても飼いたくってゴネてな。そんで、気張って自分で世話しててん。白花なんていう名前までつけて。『白粉花』からとって白花やで。じゃりン子にしては背伸びした名付けやろ。ませた少女やったんよ、あはははははは。


白花は うちの足に纏わりつくのが好きやった。可愛かったわ。ほんまに。うちは白花が大好きやった。


けど、あるとき、白花の おなかが大きゅうなっとった。近所の雄猫と 良え仲になって孕みよったんや。


白花は仔猫を産んだ。数も覚えとるで。五匹やった。


父親が三毛猫やったからやろうな、真っ白な白花から産まれた仔猫は皆、育つと ぶち模様の毛が生えよった。黒と白のまだらやったり、な。


瀬崎さん、白花の子を見て子供のころの うちが どんな気持ちになっとったか解るけ?

・・・嬉しかった?そうけぇ、瀬崎さんは単純な御方やなぁ。


うちは、白花が産みおとした仔猫を見たとき、胸がゴロゴロしてん。黒ぐろしたもんが身体じゅうに広がっていくみたいな、いやな感じやった。


だって、白花は綺麗な猫やもん。あんなに綺麗な白猫から、黒や茶色が まだらに混じった醜い猫なんて産まれてきたらアカンやろ。

瀬崎さんも、そう思わへん?・・・思わへんのか。ふぅん。


それに、白花は うちのものやもん。

あんなに うちと一緒におるのが好きやった白花は、子どもたちと連れ添うようになった。


小さい頃の うちは考えよった。


どうやったら、白花は また、うちだけのもんになってくれるんやろうかって。

ほんで、みんな水に沈めて、うちだけのもんにしたんよ。


まぁな、あのころは、うちも幼かったさかい。




え?

「今日は日が暮れるのが遅いですね」って?

ほんまやねぇ。まぁ、この季節やさかいに、こういう日もあるんとちゃうか。知らんけど。ふふふ。




そうや、瀬崎さんの話も聞かせてぇや。

瀬崎さん、喋り方が関東弁やね。


はあ、東京から来ぃはったんか。そらぁえらい遠いとこから御苦労さん。ここへ来るだけでも、せんどやったでしょ。・・・あぁ、今のは、大変やったでしょ、って意味や。



懐かしいなぁ、東京か。

うちもなぁ、もっと若い頃は東京に居ったんよ。女学生時代に父ちゃんが東京へお勤めすることになってなぁ。あのころは、うちも背伸びして関東弁を喋っとった。

こっちへ戻ってきてから、すっかり関東弁は抜けたけどな。やっぱり小っこい頃から喋っとる言葉は舌に染み付いとるんやな。


東京に居ったときは、浅草へ遊びに行くんが楽しみやった。へぇ、瀬崎さんも よく浅草へ行きはるんか。

うち、尾張屋の大海老天蕎麦が好きでなぁ。浅草へ行ったときは、いっつも食べさして貰うとった。誰にって?ふふふ、その頃は うちにも良い人が おったんや。


ありゃりゃ、瀬崎さんの話も聞かせて言うたのに、うち、また自分のことばっか喋ってもうたな。関西の女は舌に脂が よう乗っとるんよ。堪忍してな。あはははは。


瀬崎さんは男前やからな、浅草でも女の人と ぎょうさん逢引してはるんでっしゃろ。え?いらんわ、図星かいな。


なぁ、どないな女と逢引しはったんよ、今までに。

ええやん、聞かしてよ。どうせ案内し終わったら二度と会わんくらいの他人やろ。瀬崎さんが堅実やろうが遊び人やろうが、うちには知ったこっちゃ あらへんさかい。





      ***





今までに逢引した女、ですか。

夏さんは、なかなか下世話な話がお好きなんですねぇ。

人間なんて皆そんなもん?あははっ、そりゃ確かにそうだ。


ま、さっきは下世話だなんて言いましたが、僕が夏さんのいう「道案内のお駄賃」として話すに足りるのは、そういう話しか無いんですけどね。夏さんみたいに強烈なお話は持ち合わせていないので。


ときに、僕の目的地までは まだ かかるんですか。随分歩いているように思いますが。

もう少しかかる?そうなんですか。行くときは、それほど長い道のりには感じなかったんですがね。・・・あれ?・・いや、何でもありません。


では、暇つぶしに語ってみましょう。僕が逢引してきた女たちのことを。




今までに何人と関係を持ったのかと聞くのは勘弁して下さい。僕自身も把握できていませんから。


僕は、出会いと別れが好きなんです。


渇きを満たされて、満たし合って、そしてまた孤独に突き落とされて。そこからまた這い上がって。それを繰り返すのが心地いいんですよ。身を固める気はありません。両親から早く嫁を貰えと言われるたびに、のらくら躱しています。


基本的に面倒事には巻き込まれないよう うまくやっているのですが、勤め先のお偉方のご令嬢と遊んでお別れしたときは、瀬崎家の面汚しと罵られましたよ。


なんで皆、僕のやることをそんなに責めるんでしょうねぇ。他の女に現を抜かしたりしないという保証がないのに嫁を貰うほうが不誠実であり面汚しだと僕は思うんです。

僕の学生時代の同窓生のなかには、所帯を持っておきながら不貞を働き、あわやお家騒動になりかけた男がいました。何故、世の人々はそのような真似をすのでしょうか。最初(はな)から結婚などしなければいいのに。



(くだん)のご令嬢は、母親に きっちりと躾けられたのでしょう、礼儀正しくて所作も美しい人でした。

しかし、そんなふうに育ちが良いのに僕1なのに(なび) いたんですよねぇ。まぁ、かっちりした環境で育った世間知らずのお嬢様が、若くて ちょっと悪い男に憧れたってところでしょう。あははっ。


彼女は器量良しでしたがね、二月(ふたつき)ほど交際していると飽きました。そのうえ面倒なことに、僕が他の女と逢引していたところを見られてしまったんです。いやぁ、あのときは本当に面倒くさかった。泣きそうな顔で問い詰めてきて なんだか苛々したので、僕みたいな遊び人相手に本気になる君の方こそ馬鹿というものだよと言ってやったら平手打ちを食らわされました。


僕に詰め寄ってきたときの表情は なかなか良かったけれど、あの女とは別れてもべつに孤独でもなんでもありませんでしたから、僕としては唯一の失敗です。



今まで交際した相手のなかで いっとう若いのは、洋子という名の女学生です。


彼女と逢引するのは楽しかった。理知的で新しもの好きで、どこへ連れて行っても新鮮な反応が帰ってきました。浅草で活動写真を一緒に見たときの彼女は興奮を隠しきれない様子で、見終わった後に雷おこしを頬張りながら感想を語らったものです。


彼女は少々感情的といいますか情熱的といいますか、自分が好きになったものに執着する傾向にありました。僕にとっては優良な相手です。そういう人と付き合っていると、僕まで つられてズブズブと〝愛〟の泥沼に沈んでいけますから。


洋子とは半年と少し交際しました。・・・えぇ、1人の女との関係はどんなに長引いても半年ほどで見切りをつけます。それ以上長くなっては色々と面倒ですから。想い人に強く執着する女ならば(こと)に。僕の唯一の悪友といいますか遊び人仲間に、そういう女とばかり火遊びをしている男がいましてね、まったくよくやるよ。執着が強い女との恋愛は情熱的で魅力的だけども、ことさら体力を持っていかれますから。


・・・おや、これはどうも。ちょうど喉が渇いていたのですよ。有り難くいただきます。

おいしい。すっきりとした僅かな渋味が丁度いい塩梅ですね。



そうそう、僕はこれでも己に規律を設けていまして、人妻との火遊びはしないと決めているんですよ。

ただ、一度だけ、向こうから言い寄られたことがありました。僕は好奇心に負けて応じました。


その御婦人は、夫と離縁して僕に添うことを真剣に考えるほど、僕に惚れ込んでいたようです。誰の夫にもなろうとしない遊び人を、私が(ほだ)した。私だけが、この男のすべてを受け容れ連れ添うことができる。・・・おおかた、そんな自己陶酔に陥っていたのでしょう。そういう馬鹿な女はときどきいるのです。


あの女と交際した末に振ってやったときの顔は忘れられません。爪先から脳髄まで、電流のような快感が走り抜けました。




・・・・・あぁ、そうですね。



僕は夏さんに少し嘘をつきました。


どうせ目的地まで案内して頂いたら二度と会わない仲です。

夏さんには教えて差し上げますね。


僕が出会いと別れが好きというのは、半分本当で、半分嘘です。


僕は、燃え上がるような恋をしたあとに相手を手酷く捨てたときの、女性たちの哀しみの表情が好きで好きでたまりません。


何をしているときよりも興奮するんです。

そうです。女の柔い素肌に触れているときよりも。



え?

「それほど自覚のあるクズやったら、女のほうも こんなんに引っかかった自分が馬鹿やったと開き直りがつくやろ」?

そういうもんなんですか?

いやいや、恨みは買っていると思いますよ。夏さんが特殊な感性なのではないでしょうか。


ねぇ、僕の目的地にはまだ着かないのですか。


そうですか。ずいぶん遠いんですね。


来たときは遠く感じなかったのですがね。


そうですねぇ。

ここは、どこでしたっけ・・・






      ***






行きは良い良い、帰りは怖い。


白花は、水に沈めて冷たく硬くなってもなお綺麗やった。

白花の真っ白な手も足も耳も尻尾も全部、水に沈めたら、もう白花は子猫たちに構うこともなくなるやろ?

嬉しかったんよ。

綺麗な白猫の白花は、永遠に、うちだけのもんになった。




なぁ、瀬崎さん。

うちは開き直れてもない。恨んでもない。

うちは ただただ、うちが惚れた人も うちだけのもんにしたいんよ。そういう性格やねん。ふふふ。



最後に、瀬崎さんにうちの顔見せたるわ。


なに困ったような顔しとん。

お久しぶりです。


瀬崎さんは帰れんよ。()()()()のものを口に入れたさかいに。


あのころの うちは、良い人に捨てられた衝撃で首を括ってしもうたから、こちら側に来てもらわんなん、うちだけのもんに できひんのよなぁ。

我ながら若さにかまけてアホなことしよったわ。


瀬崎さんが下を向いて歩くような性分でなくて良かった。前だけ見とったら、自分の影が薄うなっとるのにも気付かんわな。


可愛らしい人や。

別れても、結局うちが恋しゅうなって会いに来てくれはったんやろ?

気恥ずかしゅうて名前まで変えるなんて、ほんまに可愛らしい。



ほな、うちのもんになってもらうで。





・・・これ、白花。そう足にじゃれつかんとって。

ほら、今からこの(ひと)とも仲良うしたってな。


え?



あれまぁ、いらんわ。やってもた。

人違いかいな。



そうか、この男も違うんか。

また、人違いやった。

絶対、うちの惚れた人やと思うたのに。


しゃあないな、また探さんなん。



あのひとの顔は、どないなやったやろか。


あのひとの名前、何やったっけなぁ。



きっと会ったら分かるはずや。

うちと あのひとは、愛し合っとったんやからなぁ。


神社の神さんにお願いして、呼び寄せてもらわんなんなぁ。


やれ、暑い暑い・・・・



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― 新着の感想 ―
[良い点] 初鼻から結末が分かっているのに、会話の力で読ませるという話ですね。 子猫を「美しく無い」という理由のみで殺すほどの残酷で、かつ男からみると自己陶酔の激しい女という像が浮かび上がってきました…
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