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第06話 黄昏時に君を思う

「やっぱり、ナナミ君は筋がいいね。聞いていて面白かったよ」


 ふふ、と笑みを浮かべながらそう告げる師匠せんせい。しかし他人から推理に対して面白い、と言われた時の対応は分からない。


「……えっと、有難うございます?」


 グラスをカウンターにおいて、安楽椅子に少しだけ腰かけた。っとと、ロッキングチェアの縁に座るのは危ないな。仕方ない、ちゃんと座るか。

 流石に立ちっぱなしに疲れてきた。


「それで。実際のところ、どうなんだ?」


 店主の低い声の相手は、僕じゃない。視線の先では、優雅に師匠せんせいがグラスをローテーブル上から口元に運んでいた。


「答え合わせはしないのか、――探偵殿」

「まさか!」


 心底驚いたような声で、降参とでもいうかのように片手を挙げる。


「私が推理できるのは、ナナミ君と同程度のことだけだとも」


 絶対嘘だ。もう少し深いところまで分かってるだろ。


「では、これからどうする? 推理するからには、真相を暴いてこそだろう」

「まあ、そうではあるけれども。真相を暴く、というのは些か乱暴な言い方だね。そこはひとつ、真実を明らかにする、ぐらいの言葉にしてはくれないだろうか」

「……探偵(Slueth)を名乗るにしては、やけに気取るものだ」


 師匠は、僕の推理について合っているとも間違っているとも言わない。ただ、満足そうだったから概ね合っていそうだけど、断言は決してしないだろう。

 師匠は傍観者だとつい先程さっき言っていた。僕の意見を尊重する、とも。

 だったら。


「――確かめに行きます」

「それは。どういった、意味かね」

「そのままです。何が真実なのか、この目で確かめに行くんです」


 店主が、怪訝そうな顔をしていた。師匠せんせいは、何も言わなかった。 


「御影タワーに存在すると思われる『終焉の鐘』を見に行く。それを記憶さえ消した()()()が、黙って見過ごすとは思えません」


 動けば必ず、何らかの手を打ってくるはずだ。

 大掛かりにも記憶を消してまで隠蔽しようとしてきたぐらいだ。それに、鐘が設置してあるらしい場所は、御影タワーの地下駐車場から、従業員専用の直通のエレベーターで上に行く、または非常階段を使うしかなかった、はず。

 意外と思い出そうとすれば、小学生の遠足って思い出せるものだ。


「確かに、そうだが……」


 真実を暴きたくはあっても、僕一人を矢面やおもてに立たせることはできない、とでも言いたげだ。店主は、過去に足を一度壊していると聞いている。だから、激しい運動や、長時間負荷が掛かる運動はできないとも。


「違いますよ、店主オーナー


 それに、他ならない自分の言葉の所為で、僕が自ら危険に身を投じようとしている。ように見えているんだろう。

 全く以て見当違いだ。


「僕が、他ならない僕の為に。真実を問い詰めに行きたいんです」


 そう告げると、店主は押し黙った。

 『終焉の鐘』へ近づくことで、柳先生や他の謎を隠匿している者を炙り出そうというのは、推理をしている時点で考えていたことだ。誰の為でもなく、真実を知りたいという自分の思いの為に。


「だから――協力して、いただけますか」 


 でも、そんなことは言わない。引け目に感じて店主が協力してくれる確率が高くなるなら、と考える僕も大概。


「わかった。……出来る限りのことをしよう」

「! 有り難うございます!」


 でも、利用できるものは利用していかないと。持たざる者が持っている者に立ち向かうのに、出し惜しみなんてできない。


「ねえねえ、私は? 私は何をしようか?」


 黙っているのが耐えられなくなったらしい。この空気をぶっ壊していくそのスタイルは嫌いじゃないけど。


「はいはい、師匠せんせいには全面的にバックアップをお願いします」

了解(O.K.)! ナナミ君を華麗にナビゲートしてみせよう」


 ぱちり。とウインク交じりにそう告げる姿に、なんとも安定と安心感がある。


「向こうを確実に出し抜く。明朝、実行します」



  *    *    *    *



 赤く染まる空を見ていた。

 帰り道。イツツ杜の一つに寄って、ベンチに座って。

 チビっ子達が居たら、と思ったけど、子どもの姿はまばらで。一緒に帰ろうかとも思ったけど、居なかった。

 藍色が塗り替える空を見ていた。

 どうしても、頭の片隅で。師匠せんせいの言葉がリフレインする。


()()()()のか、それとも――()()()()()()のか』


 言えなかった。


 この御影セカイが、魔術結界つくられたモノだなんてことは。


 言いたくなかった。


 御影の外を知らないんじゃなくて、存在しないんじゃないか。

 記憶を消して病気で寝込んでいたのなら、過去の病気も、修学旅行の欠席もあれも全て仕組まれていたんじゃないか。


「……口に出す、なんてことは」


 可能性が十分にあっても、言っていいことと悪いことがあるように、現実になって欲しくないことがあるように。


 絢香アヤカだったら、言うかな。

 なんて言うだろうか。言わないか。


 夕焼けが、綺麗だった。

 綺麗だ。


 きっと明日も。


七海ナナミ!!」

「……絢香?」


 視線を向けると、何日ぶりの絢香の顔。チビっ子たちは居ない。ってことは、一回家に戻ってから探しに来た?


「探したよ、帰ってこないんだもん」


 当たりか。目の前に立つと、おいまて、頭にチョップ仕掛けてくるのはやめろ。腕時計を見れば、とっくに午後六時を過ぎている。予想以上にぼうっとしてしまってたらしい。


「……悪い悪い。ちょっと休憩してた」

「体調悪い? 大丈夫?」

「ん、もう大丈夫」

「ほんとに? 歩けるでござるかー?」


 最初は心配そうにしてたくせに。何だその、にやっとした小馬鹿にしたような笑みは。あと何だその口調。


「誰だよお前」

「親友の顔も忘れたんですかあ?」

「忘れるわけないだろ。歩けるわ」

「じゃ、帰ろ!」


 にこっと笑って、差し出された手。


「帰るか」


 掴んで、立ち上がる。

 感覚が戻って来たみたいに、暑さを感じた。一日歩き回った疲労感や、記憶を思い出した反動か、怠さもある。

 家に、帰ろう。


「今日の晩御飯は?」

「なんと! お好み焼き!」

「おお! まじか」


 隣で歩くだけの、こんな日常が大切だから。


「だから、探しに来たの。みんな待ってくれてんのよ」

「うわ、それはチビっ子達に怒られそうだ」

「さあ、それどころかもう食べ終わってるかもね?」

「晩飯抜きですか!?」

「嘘だーって、七海の快気祝いだもん!」

「……そか。じゃ、早く帰らないとな」


 だから、僕はこの目で確かめる。

 逸話に隠された、知られたくない真実を。

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