第04話 探偵見習いの選択
「……師匠なら、どうします?」
いつのまにか、臆病になった。
「同じ状況下に私が置かれたら、という仮定のお話かな?」
「そうです。なんというか、参考までに」
長い沈黙の後。考えに考えても、こんな事しか言えない自分。
答は出ているし、心は決まっているのに、それを言えない自分。
「うーん、参考にはならないと思うけど。そうだねえ」
完全に話を逸らす訳でもなく。例えばの話をはじめたら、キリが無いってのに。
「私は、自称探偵だ。探偵、という言葉を英語に訳す場合、いくつかの単語があることは知っているかな?」
「はい、ディテクティブとか、プライベートアイとか……。確か看板はスルースでしたっけ」
「うん、そうそう」
過去、個人的なシャーロックホームズブームが来ていた時に、図書館で調べたことがある。思えばその頃から、探偵というものに興味が湧いていたのかもしれない。
「その中でも探偵にとっての謎解きはね。仕事、というより娯楽なんだよ」
「娯楽、ですか?」
注意深く観察することは、魔術戦闘においても役に立った。その最終形が、真っ白なパズルピースの欠片を繋ぎ合わせて真実へたどり着く探偵だと思った。
そんな観察眼を持った人になってみたい、と思っていた時期もある。
「そう。覚えていないかな、以前言ったことがあるんだけれど」
「……趣味で探偵紛いのことをしている、迷惑極まりない『月花の魔術師』」
「よく覚えてるね、流石ナナミ君だ。だからね、分かるだろう?」
薄々気が付いていた。そして、今、決定的なものへとなった。
師匠のその表情を見て、理解した。
参考にならないの意味が分かる。
僕はきっと、探偵にはなれない。
「まず間違いなく、――真実を、暴きに行くね」
にっこりとした、まさににっこりとした笑みを浮かべて。師匠は見ていた。
僕を、見ていた。
「私は知りたいんだよ。為人を、人間の人間らしさを。仕事とか関係なく、ただただ、好奇心の赴くままに」
僕は、その真実を楽しめない。
謎が解き明かされる過程を、人間の本質が現れるその瞬間を、楽しめない。
探偵にはなれるかもしれないけれど、それでも。自分が暴かなければ良かったのに、と思う時が来るだろう。
「全然、参考になりませんね」
「だから前置きしておいたのだろう? 参考にならないぞ、って」
思考法が、行動理念が、素地から異なっているんだろう。改めて、師匠と僕は本当に違うんだなあと思わされる。
まじまじと顔を見ていると、ふっと優しいいつもの笑みを浮かべて。
「結局のところ、私はナナミ君になれないし、ナナミ君は私になれない。なので」
「なので?」
「ナナミ君が、後悔をしない選択をしてくれたなら。師匠は、嬉しいよ」
難しいことを、言ってくれた。
「後悔しない選択を、ですか」
目を伏せる。選びとることには責任が伴う。それに、僕はその言葉が嫌いだった。
「うん。いや……違うね。厳密には、“後悔をし続けないで生きていけるだけの価値がある選択”、かな」
「っ!!」
ずっと思っていた。
自分の思うように、後悔しないように。なんて自由で使い勝手の良い言葉なんだろう。
選択をしたのは、行動をしたのはあくまで君自身なんだから、どうなっても自分の責任だよ。
それで後悔したが最後、言うんだ。だからあの時こう言ったのに、って。
「そ、う言う言い方も、あるんですね」
「まあ、伊達に君よりも長く生きてないからねえ」
傍観者然として嫌いだった言葉が、一瞬にしてひっくり返された。
「一度も後悔をしないなんて到底不可能なんだよ。だから私たちは――」
「――後悔を飲み込んで先に進んでいける、それくらいの価値ある選択を、するべきなんだ」
後悔しないように、じゃなくて、後悔を飲み込んで進めるように。
「……そう、ですね」
師匠の言葉が、やけにストンと心に落ちる。二、三拍置いて、やっとそれから声が出せた。
頭の中で組み立てられた推測。
御影市に存在する三つの逸話の謎――『紅い月夜の魔物』、『イツツ杜の扉』、『終焉の鐘』。多分だけど、それは僕に魔封じの術が掛けられているその理由に、関連している部分があると思った。
憶測に過ぎない。推測に過ぎない。
でも、もし自分の本当の親がいるとしたら? 魔封じの術をかける理由がそこにあるとしたら?
真偽を知らないまま生きていく方が、きっと後悔し続けるだろう。
何も判らないまま、憶測が胸に燻ったまま生きていくのは、辛い。
「師匠」
「何かな、ナナミ君」
答も心も決まっていた。だけどすぐに口に出すことはできなかった。絶対に後悔しないと言える選択ではないから。
でも、師匠の言葉で、あんなに口に出すのが怖かった選択が、今なら言える。
「僕は、僕は。ちゃんと真実を知りたいと、思います」
既知から未知へは戻れない。知らないフリはできても、知ってる事実は変えられない。
「どんな真実でも、知っておきたいです。だってこのまま知らないフリをし続けていたら」
だから。
「それこそ、――絶対に後悔すると思うので」
探偵にはなれない探偵見習いでも、解いてしまった謎の答え合わせをしておきたいと思う。
「ナナミ君。君の意見を、私は最大限に尊重しよう」
師匠はそう言って、僕の頭に手を乗せると。よくできました、とでも言いたげに、頭を撫でてくれた。
「本ッ当に撫でるのヘタクソですね」
「……撫でる練習でも始めようかなあ」
案の定、朝にセットした髪型はぐしゃぐしゃになった。




