第10話 あ◆ふれ◇遭遇
陽が高くなってきたからか、少しさっきよりも蒸し暑い気がする。そんな中でも、隣の幸太は鼻歌まじりにご機嫌みたいだった。
同級生と並んで歩くってこと自体、夏休みってこともあってあんまりしないから新鮮な気分。
「七海んはどの辺で食べるつもりー?」
「んーグルメ通りか、ちょっと奮発するなら七星デパート?」
こうやって喋りながら歩くのも、絢香や家のチビッ子達以外とは久々な感覚がする。
「成程ねー、あの辺りってことか」
「それか、後はカフェ通りの辺りでさくっと済ますかな」
「カフェ通り?」
こてん、と首を傾げる仕草で視線が寄越される。そういえばカフェ通りは勝手に命名したやつだったっけか。
「あー、グルメ通りの途中を一本曲がったとこなんだけど。美味い珈琲が飲めるお店が多いから、勝手にそう呼んでるんだ」
「ほう、それは良い名だな。確かにあの辺りは洒落た喫茶店が多くある」
「そうそう。だからカフェ通り――」
はた、と口を噤む。今、僕は誰と喋っているのか。
「へー、詳しいんだね駿」
「まあな。あの辺りは美味い店が本当に多い。俺もよく通っている」
「――は?」
待て待て待て待て。
あまりにもナチュラルに存在を主張するから一旦思考と足が止まったわ。
「七海ん?」
「どうした、成瀬七海」
そして何で何事もなかったかのように普通の顔をして会話に参加してるんだよ。
「何で駿居るの? 何故にフルネーム?」
メンドクサイ同級生ナンバーワン。左隣を歩いているのは何故か可及的速やかに問い質したい。
「ふっ。気づかれてしまったようだな……」
「あ、ホントだ。駿じゃん」
「え、何。気が付いてなかったのか?」
右隣ではびっくり、みたいな表情をする幸太。いやいや幸太はさっきバッチリ名前呼んで会話していたよね。聞き間違いではなかったはずだ。
「うん。条件反射みたいなー?」
「名前呼んでたのに?」
「無意識だねー。普段一緒にいるからハイハイ、って感覚で」
「……ということは。俺は普段、幸太にあまり話を聞いてもらえてないという事なのか?」
「えー、そんなことないよー」
そんなことあるな、これは。
幸太は会話時には適当に返事をしていることが多くて、何だったっけー、ってよく後から尋ねてくるからなあ。駿がぞんざいに扱われている訳ではないとは思うが、会話率の観点から駿の話が聞き流されることが多いってことだろう。
赤信号で、立ち止まる。
「んで? 駿は何してたんだ?」
「俺達は帰る途中だったんだがな。たまたま歩いている二人を見つけてしまったら、話しかけない理由はないだろう」
「ふーん」
そんな立ち位置なのか、僕と幸太は。謎な理論すぎるから最早突っ込まないけど。
「あれ、今俺達って言った??」
「一応、俺もいる、ってことだね」
「おー、司だー!」
後ろを見た幸太が、そそそ、とその隣へ収まる。背後を歩いていたらしい、てか司は司で気配殺して背後歩くなよ。駿と司で足して二で割った行動をしてくれると助かるんだが。
「まあ、俺は帰るんじゃなくて、どこかの店に昼ご飯を食べに行くけど」
「お、そうなのか? 場所とかは」
「まだ決めてないよ」
振り向きざまに見ると、左右に首を振りながらそう返された。
「じゃ、一緒に食わない?」
これはもしやしなくとも一人飯を回避するチャンスでは。いや、一人飯が嫌な訳じゃないけれど。やっぱり誰かとご飯は食べた方がおいしく感じるからな。うん。
「僕もこれから昼ご飯食いに行く予定だし」
「なら、一緒に食べるとしようか」
「じゃあ七海ん、場所スイッチ!」
「うおわっ!?」
ぐいっと肩を引かれ重心が持っていかれて、視界の景色がぐるっと回る。ふらついたところをすかさず支えてフォローを入れてくるところが、流石司だ。
「さんきゅ」
「どういたしまして」
「司、ナイスフォロー!」
「今のは危ないしどうかと思うぞ、幸太……」
信号が、青に変わる。前二人、後ろ二人で足並み揃えて踏み出していく。
「そういえば駿」
「なんだ、どうした?」
「今日は喧嘩吹っかけて来ないのな」
言葉を皮切りにふはっと前の人が吹き出し、くくっと左隣が笑う音が聞こえる。そして当の本人は、斜向かいからただただ睨みをきかせてきた。
「おま……俺をなんだと思ってるんだ!」
「拒否権のない喧嘩吹っかけてくる人」
「概ねその通りだよねー」
「間違っていないと断言しよう」
「そんな奴じゃないぞ俺は!?!?」
そんな奴だけどなあ。だって、学校であっても基本的にテストの点数やら課題の出来具合やらで勝負仕掛けてくるし。放課後に魔術学の模擬戦闘をやらされたことは数知れず。白星を一度も彼にあげていないのは努力の賜物。そして積み重ねた傷痕のための勲章だろう。
「あれ、無自覚だったのー?」
「十回出会ったら、その内の九回で何かしらの勝負を吹っかけてはいるよね」
「そんなつもりはないんだがな……」
「ないの!?」
「これは驚愕の事実だな」
「だねえ。まっさか無自覚で勝負を吹っかけているなんてねえ」
こうやって三人が喋っているのは、見ているだけで面白い。
性格面だけみると、三人が三人とも何で一緒にいるのかよく分からない面々。だけど大体いっつも一緒で。本当に仲がいい三人組なんだよな。羨ましい、という訳ではないけれど。
「何笑ってんのー、七海ん」
「いや? ……仲良いな、と思って」
「まあな」
駿に自慢げな顔を向けられる。何でだろうな、他の二人にやられてもなんとも思わないんだけど、駿のこの表情は癪に障る。まあそもそも幸太や司はこんな表情しないか。
「腐れ縁、みたいなものもあるとは思うけれどね」
「何だかんだ、俺達この面子が一番気が合うんだろうな」
「それ、僕も含まれてる?」
「そりゃあ七海んもでしょー」
少し生暖かい風が、通り抜ける。
「あ、此処で僕曲がんないと帰れないや」
「俺もそっちだな。それじゃあまたな、二人とも」
「おー」
「気をつけて帰りなよ」
道を曲がり駿は片手をあげて、幸太はじゃーねーと言う。ある程度進んでから振り返って手をブンブン振る幸太に、手を振り返す。嬉しそうな笑みを最後に、二人は前を向いて歩いていく。
「成瀬」
「何だ?」
「ニヤけてるぞ」
「……別に」
二人の背中は、雑踏に紛れてもう見えない。何となく、陽が眩しくてパーカーのフードを被った。ニヤけてなんていない。
「さて、どうする? 何処に向かう?」
「どうしようなー」
「実の所、この辺りの店については詳しくないからなんとも。任せても?」
「勿論。任せろ」
美味しい紅茶や珈琲を求めて彷徨ったこと数知れず、それなりに詳しい自負がある。副産物として美味しくてリーズナブルな価格帯の店も知っているとも!
「司はどんなものが食べたいーとかあるか?」
「そうだな。実は朝起きたのが遅くて。まだそんなにお腹が空いてないから、軽めのものだと有難い」
「おっけー、成る程成る程」
僕のお腹の空き具合も、大体そんなものだから丁度良い。軽食となると、サンドウィッチとかになるか。だったら、がっつり食事処に行くよりかはそれこそカフェでランチメニューをいくつか頼む方が量的にも良さげか。
「……どう、いい所ありそう?」
「まあな。決まったよ」
「早いな。何処に行くんだ?」
「んーとな」
やっぱり、此処から近くて軽食が食べれる、美味しいお店といえば。
「『珈琲&砂糖』って店。知ってるか?」




