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第14話 あり◇れた外出

 鍵を閉めて、トントンと靴のズレを直す。

 晴れ、所々(ところどころ)雲あり、ってところか。病み上がりの身体には丁度いい天気だな。それでも暑いもんは暑いけど。

 ざあっと通り過ぎる風が、少し水っぽい空気の匂いを運んでくる。早苗サナエ先生が何も言ってこなかったから、これから雨が降るってことはなさそうだ。昨日が雨だったってことか。

 車のモーター音。カッコウの音。ピヨピヨピヨ。

 こつこつと足音。自転車の車輪が回る音。チリンチリン。


 雲に日が隠れると、陽射しの暑さが和らぐ。


 身体を動かしたいな、とは思ったけれど。こんなにもあっつい中で急にガッツリ運動したらまた熱中症になりそうだな。こうやって歩くだけでも大分だいぶ運動になるし。今日は歩き回るデーにするか。


 となると、何処まで行くか、か。


 そういえば、最近図書館に行ってないな。

 御影みかげ市随一の蔵書数を誇る、御影市立図書館。

 冷暖房完備。湿度もコントロールされているあの場所は、まさに夏と冬のオアシス。近場でもなく、そこまで遠い場所にあるって程でもないから、丁度良い運動になるだろうし。行くしかないだろう、これは。


 行き先が決まれば、あとは気の向くままに歩くのみ。てくてくと歩いて行けば、着いた。


 意外と、疲れなかった。暑さで汗はかいたけれど、なんていうか丁度良い疲労具合、って感覚だ。これはパルクールの練習にしなくて正解だったっぽいな。

 自動ドアを通り抜ければ、冷たい空気がお出迎え。


「涼し……!!」


 冷暖房完備。やはりオアシスに違いない。

 独特の、本の乾いた香り。何処かよそよそしさのある、落ち着いた空気感。それでいてどこか心に寄り添うような温かみを感じるから、図書館は不思議だ。

 チビッ子が数人で、絵本コーナーへと駆けていく。

 とりあえず向かうのは、やっぱり展示コーナー。今回の司書さんのオススメ本は、お、図鑑ずかんか。


 動物図鑑、魚図鑑に植物図鑑、乗り物図鑑。その他にも大人向けなのか、ピンポイントで題材を扱ってる図鑑――珈琲コーヒー図鑑とか、猫図鑑。これほど並べば壮観で、どれもこれも面白そうだ。


 図鑑って()()()()()なチビッ子が読んでいるイメージが強いけど、結構大人でも楽しめそうな、ニッチな分野の図鑑もあるんだな。初めて知った。

 こういう思わぬ出会いがあるから図書館は良いんだよな。辞典とか図鑑みたいな、普段敬遠(けいえん)しがちな本に触れる機会を作ってくれる。

 折角だし、一冊借りてくか。


「何、図鑑借りるの?」

「っ!!」


 囁き声に反射でビクッと身体が飛び上がる。バクバクとする心臓を落ちつけながら、呼吸をひとつ。右後ろを見ると、にこっと笑った愛嬌のある顔。


「やほー、七海ナナミん。ドッキリ成功ー!」

「……コ、幸太コウタか」


 ご満悦、って顔で何よりだ。知り合いがいるだなんて思ってもみない、本当にビックリした。図書館で叫ばなかった自分を褒めてやりたい。


「はー……、心臓に悪い」

「ごめんごめんー。ちょっと、悪戯いたずらごころに火が付いたんだよね」

「アー、ソウデスカ」


 幸太の悪戯好きは筋金入りだな、全く。僕とツカサの筆箱の中身を全部入れ替えたり、ノートの隅にお絵かきしたり、とちょっと迷惑だけれど特に問題のない絶妙な()()のセンスに驚かされるばかりだ。


「何してたんだ?」

「僕は借りてた本を返しにきたんだー。七海んは?」

「身体を動かしがてら歩いてきたから、涼もうと思って。ついでに、何か本借りよっかなーと」


 展示コーナーを前に、自然と小声で話す。


「そっかー。それで図鑑見てたんだね。何か気になるヤツはあっ」

「猫図鑑」

「……たんだね。好きだねー、猫」


 ついつい食い気味に返してしまった。犬も好きだけど猫派。まあ強いて言うなら動物全般は基本的に好きだけど。でも、今回はあまり身近に無いジャンルに挑戦してみたいと思う。


「だけど、今回はこれかな」

「どれ?」


 正面に表紙が見やすいように展示されているその横。ブックエンドによって背表紙がずらりと並ぶ中から、惹きつけられた一冊を取り出す。


「ほー、花図鑑?」

「そう。花って色々種類あるけど、あんまり深く考えたこと無いなって思って」


 色とりどりの花が描かれた、花図鑑。よく『イツツ杜』で運動するけれど、季節ごとに植えられてる花が綺麗なんだよな。でも、ヒマワリとかバラみたいな有名なヤツしか分からないからなあ。


「花言葉とかねー、色々あるって聞くよね。女子はそーゆーの好きなのかな」

「さあな。それは分からないけど、知ってて損はないかなと」


 まあ、受験勉強とかやることは色々あるけれど、ちょっとの寄り道ぐらいなら大丈夫だろう。息抜きも大事だし。


「図鑑かー。僕も何か借りて帰ろっかなー」

「んー、紅茶図鑑とか。後はそうだな、蝶図鑑とかはどうよ。昆虫とか好きだったろ?」

「そだよー、でもうーん。蝶図鑑か。迷うなあ。どうしよ」

「ま、色々あるみたいだし、手に取って見てみたら? 僕はコレ借りてくるよ」

「ほーい、いってらー」


 間延びした声、もう既に視線は展示コーナーの本へ向けられている。司は本好きのイメージが強いけれど、幸太がこんなに読書家なのは知らなかったな。

 受付カウンターはちょっと混んでるな。やっぱ夏休みだし、使ってる人が多いみたいだ。先に貸し出しカード出しておこう。


「次の方どうぞー」

「あ、はい!」

「こんにちは。……貸し出しですか、返却ですか?」

「貸し出しでお願いします」

「こちら一冊でよろしいでしょうか?」

「はい」

「それでは、貸し出しカードの提示をお願い致します」

「はい、お願いします」

「お預かりします」


 手際よく、司書さんがバーコードリーダーを通していく。


「カードをお返ししますね。こちら、返却期限は八月三十日です」

「わかりました、有難うございます」


 本を受け取って、最後のページに挟まれた貸し出し記録を見る。夏休みが終わる前に返却するって覚えておかなきゃな。


「次の方、どうぞー」


 本を鞄の端っこに折れ曲がったりしないようそっと入れる。

 展示コーナーを見ると、まだ迷ってるみたいだな。幸太は図鑑を手に取っては眺め、手に取っては眺め、というのを繰り返していた。


「ただいま、終わったぞ」

「んー。どしよ」

「どうだ、何か気になる図鑑ヤツはあったか?」

「気になるのはいくつかあるんだけど、イマイチ、ピンとこないんだよね」

「ま、そんなときってあるよな」


 どうにも本に惹かれない、っていうメンタルの時もあるからな。読書は楽しむものであって無理して読むものじゃない。


「だねー。今日は借りるのやめとこー」


 手に取っていた犬図鑑を丁寧に元の場所に戻すと、幸太はズレてきていた鞄の位置を直す。


「七海んはこれからどーすんの?」

「そうだな……」


 腕時計を見ると、十時になるちょっと前くらいか。昼ごはんにするには少し早いな。


「もう少し御影を歩き回りながら、昼ご飯の場所を探すかな」

「あ、お昼は外で食べるんだ」


 まだお腹も空いてないし。鈍った身体をもう少し動かしておきたい。


「そっちはどーすんだ?」

「僕? これから家に帰るけど、昼ご飯食べるなら大通りの方だよね?」

「そーだな」


 大通りの界隈の方が、飲食店が多いからな。行きつけの店も何軒かあるし。確か幸太の家は、どちらかというと大通りの近くだっけか。


「じゃ、途中までおともするー」

「そか。もう図書館は良いのか?」

「大丈夫だよー。ほら、行こ行こ!」


 とか言いながら、一人でさっさと先を歩いて行ってしまう。マイペースなところとか、学校と普段であんまり変わらないんだな、幸太コイツは。

 もう涼しい空気とはおさらばかー。短い休憩だったな。


「七海ん?」

「あー行く行くって」


 自由に歩く背中を見失わないように、急いで自動ドアをくぐった。

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