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飛島君は正義の味方  作者: 古月湖
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五話 研究所、ってどんな場所?

 今までの流れを整理するとこうだ。

 その一:学校で注目の転校生がなんと超能力者だと判明!

 その二:その後、彼女の父が所長を務める超能力の研究所へ!

 その三:父謝罪←いまここ。


「まず経緯を説明させてくれ」


 うん。お願いします。

「君が超能力を使えるようになったのは……おれがばらまいた薬が原因なんだ」

「薬、ですか?」

「そうだ。細かい説明はここでは省くが、簡単に言えば特定の人物が摂取することで超能力が使えるようになる薬だ。ただ、その薬に適合する人物は極めて少ない。それに加えて、なにか強い感情と共鳴することで初めて能力が発現する」


 ……強い、感情。

 言われて思い浮かぶのは、五年前の雪の日のこと。目の前で兄貴を失くした日のこと。

 あの時、俺は心の中でずっと叫んでいた。


『――あの一瞬さえなければ』


 俺は生まれたころから兄貴と一緒だった。物心がついてからも一緒の布団で寝て、一緒の学校に通って、放課後は一緒にやんちゃした。

 ――十二年。

 それが俺と兄貴とが積み重ねた思い出のすべて。

 でもその物語のエンディングは、たった一瞬。一秒にも満たない刹那の出来事。

 あの一瞬さえなければ、もっとたくさんの思い出が増えたはずなのに……。

 きっとそれが、俺に超能力を目覚めさせた強い感情。


「……その顔は、あまり聞かないほうが良さそうだな」

「すいません……」

「いや、謝る必要はない。悪いのは完全にこっちだ」


 葵父の本日二度目の謝罪をなだめ、話を本題に戻す。

 俺としても、変な話だがあの事件があったからこそ今は兄離れを出来ているし、悪いことばかりではない。いまは兄貴から常々『次はお前だぞ』と言われていた番長にもなれているし、もう前は向けているはずだ。きっと。

 ……まあ、だからといって心の傷が無くなるわけじゃないけど。だからちょくちょく兄の真似をしてそれをごまかしてるわけで。

 とにかく結論としては、それでも結局それなりに受け入れられてるってことだ。


「ちなみになんですけど」

「どうした。なんでも聞いてくれ、出来る限りは答える」


 頼もしくうなずく葵父に、俺は沈んだ空気を変えるためにもいくつかの質問をぶつけることにした。


「俺以外に、その薬の適合者ってのはいたんですか?」

「いや、今のところはキミ以外に確認されていない。一応言っておくが、飛島君が能力を発現させたのも、おれにとっては予想外のことだ」

「でも、それじゃあ葵は」


 言ってからいま話してる相手も葵だなと気づいたが、まあ通じるだろう。それを裏付けるように、葵父はいやと首を振った。


「あいつは違う、薬じゃない」

「……え」

「信じられないかもしれないが、あいつは正真正銘――生来の超能力者だ」


 その言葉は冗談を言っているようには聞こえなかった。

 にはかには信じがたい。でもすこし考えれば、超能力なんてものを発現させる以上、まずは本物の超能力者を調べ上げる必要があるのも事実だろう。

 と、そこで両手に湯呑を持った葵が給湯室から戻ってきた。片方を葵父に渡し、もう片方に差し出してきたのでこぼさないように受け取った。


「それで、どこまで聞いたかしら?」

「……いま、お前がモノホンの超能力者って知ったところだ」

「そう。何か感想はあるかしら?」


 そういうと葵は無表情のままじっと俺のほうを見つめてくる。あまりの容姿の整い具合に若干気圧された。

 こいつ、学校では表情豊かに振る舞ってるくせに、周りの目線がなくなった途端これだ。学園で噂の転校生の裏を見た気がする。


「正直ちょっとびっくりした」

「そう。わかったわ」


 葵は興味なさげにこぼすと、ぱさりと肩にかかった髪を払った。

 そう、って。聞いたのそっちじゃないのかよ。

 しかし葵はそんな俺の視線は無視のようで、ちらりと父のほうへ視線を送っている。


「ところで、薬がどうばらまかれたについては聞いたかしら」

「……千種、いまその話は関係ないだろう?」


 その問いかけに葵父が割り込んできてそう言うが、葵は毅然とした態度でそれを制すると、さらに首をかしげて、どう? とたずねてくる。

 どういうことだ? 全く先が見えてこない。

 でも聞いていないのは事実だ。ここは少しでも多くのことを知っておくのが良いだろう。


「いや、まだきいてないな」

「なら私から説明するわね」

「……けど、お父さんめっちゃ見てないか?」

「いいいのよ、そろそろ仮面を剥いでやらないとやりにくいだろうしね」


 仮面? いまのところ葵父はすごく誠実な人間という印象だ。それを演じている風でもない。仮面をかぶっているなんて……。

 そう大したことじゃないことに望みをかけて、葵の言葉に耳を傾ける。



 ……でもこの時の俺は忘れていたんだ。

 葵父が――幸之助が趣味で研究所に自爆システムをつけるような人間だということを。

 超能力なんてものを研究している時点で、まともな人間ではないということを。

 葵は最後の判決を言い渡すように、ゆっくりと口を切った。


「お父さんは五年前にはじめてあの薬を完成させたわ。けれど、超能力を芽生えさせる薬なんて世に発表できるはずがない」

「ああ、そうだな」


 たとえ発表したとしても、まったく相手にされない未来が見える。

 しかも再現性はほぼ皆無。俺でも、能力を持っていなければそんな記事があっても読み飛ばす自信がある。


「けれど、お父さんはどうしてもその薬の力を試したかった」

「……それで、どうしたんだ?」


 嫌な予感がプンプンするが、ここまで聞いたからには最後まで聞かねばならない。

 そして葵は、慎重に最後の言葉を紡ぐ。


「だからお父さんは薬を――給食センターにばらまいたのよ」

「ああ、ちゃんとマッドサイエンティストだあ」


 そういえば小さいころ、給食センターにだれかが忍び入った形跡があったみたいなことがテレビで放送され、少しのあいだ備蓄のカレーを食べていた時期があった気がする。

 ってことは、その侵入したのが……。


「…………」


 幸之助は鳴らない口笛を披露していた。昭和的なごまかし方である。

 しかし、それが原因でお腹をこわした人はいなかったみたいだし、食べても大丈夫な成分なのだろう。うん。

 …………。


「……あのだな」

「……はい」


 力ない幸之助に応じると、無言で頭を下げられた。本日なんと三度目である。

 でもこれは止められなかった。いや、止められるはずがない。

 ……なぜって?

 だってそれは、止めるにしてはあまりに惜しいくらいに洗練された――土下座だったから。

 地べたにひれ伏したよれよれの白衣の研究者を、俺と葵はじっと見下ろしているのだった。


 ***


「さっきは情けないところを見せた」

「……いえ気にしてませんから」


 十数秒間土下座を保ったのち顔を上げた幸之助は、どこかすっきりした表情をしていた。まああれだけ潔い土下座をした後だと自分も清々しい気分になるのだろう。知らんけど。


「さて、じゃあそろそろもう一つの本題に入りたい」


 幸之助は場の空気を切り替えるようにそう言った。


「もう一つの本題?」

「ああ。もう一つの本題と言うのは、君の超能力の今後についてだ」

「今後、ですか……」

「我々の主張を簡潔に述べると、勝手なことだが、君の超能力に関する記憶を全て削除させてもらいたい。おれがばらまいた薬は本来、研究所内で厳重に保管しておくべきものだ。……のだが、ただその、せっかく作ったならやっぱり使ってみたいし……完成したのが深夜だったから……」


 なんか思ってたより何倍も軽い理由でばらまかれてた。

 ……いや、もうこの話は引き延ばさないほうが良いだろう。初対面の人に四度頭を下げられるのはごめんだ。それよりいまはもう一つの本題についてだ。

 記憶の削除なんて急に物騒な話題が出てきたな。


「信じるかどうかは任せるが、この研究所以外にも超能力について研究しているところはある。この流れならわかるだろうが、もちろん悪用するためにだ。もしこのまま君を野放しにしておけば、今度はやつらに目をつけられる可能性もなくはない。もしそうなれば……」


 苦い表情をして、幸之助はそこで言葉を止めた。

 映画やドラマで超能力者が、非人道的な実験をされるというのはよく目にする展開だ。リアルでも、あそこまではいかないとはいえ、それなりにえげつない実験に巻き込まれることはあるのだろう。


「ただ、記憶を消さないという選択肢もある。その場合は我々に協力してもらうことになる」

「協力っていうのは、具体的にどんなことをすればいいんだ?」


 尋ねると、幸之助の表情に少し影が差す。


「……この研究所の表の目的は超能力を研究することだ、だが本当の目的は違う」


 そこまで言って言葉を止める。幸之助はなにか嫌なことを思い出したのか、机の上の資料をぐしゃりと握りつぶした。ふと葵に目で尋ねてみるが、触れないほうが良い首を横に振られる。ここは茶化す場面じゃない。

 しばらくすると落ち着いたのか、幸之助はゆっくりと息を吐き出して、言った。


「我々の本当の目的は――悪の組織を見つけ出すことだ」

「悪の、組織……?」


 響きからしてまた物騒なワードが飛び出てきた。

 超能力に悪の組織……。これまた危険な香りがプンプンする。


「ああそうだ。こんな平和な日本にもあるんだよ。表上は何の問題もなさそうでも、裏では麻薬に殺しに人体実験。そういうブラックなことを平気な顔してやってる集団がな。さっき言った超能力を悪用するために研究している機関ってのも、お察しの通り」

「悪の組織が絡んでる……」


 想像していた以上にショッキングな話だった。俺の相槌に幸之助が首肯する。


「だが、こっちはお勧めできない。場合によっては命の危険にさらされることもあるだろう。奴らは女子供だからと言って容赦するようなやつじゃない」


 だから、と幸之助は続ける。


「キミには記憶を削除して、平穏な日常に戻ることをお勧めする。記憶の削除による齟齬も、不便がないよう可能な限り調整する。その点に関しては信用してほしい」


 そう聞くと、記憶を削除してもらうほうが良いように思えてくる。

 ……いや、この状況なら間違いなく記憶を削除するのが絶対的な正解だ。

 冷静に見れば見るほど、能力を残すことで得られるメリットは皆無と言っていい。結局やることはただの現状維持だ。そしてここで言う以上、記憶を消さないというチョイスをすれば間違いなく捜査に駆り出される。そうなれば命が危ないのも、きっと脅しじゃないのだろう。


 だからここでの正解は、記憶の削除。俺だって命は惜しい。

 意志を固めて、その決断を伝えようとした。その時だ。

 ――ピリリリリッ。

 ポケットの中で携帯が揺れた。


「出てくれて構わない」

「……失礼します」


 電話はどうやら堀田からのようだ。

 いつもはだいたいメッセージでやり取りをするので、電話はちょっと珍しい。

 俺は幸之助と葵に背を向けて携帯を耳にあてがった。


「どうした堀田」

『もしもし先輩っ! 今いいですか!』

「お、おお……大丈夫だ」


 スピーカーから聞こえる堀田の声は明らかに切羽詰まっていた。その声の後ろから、だれかが大人数で騒いでいるような音が聞こえる。なかには鈍い衝撃音も混じっている。

 ……これはちょっと、まずい状況かもしれない。

 そしてその予感を言い当てるように、電話越しから堀田が叫んだ。


『襲撃です! 第一工業の連中が攻めて来ました!』


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