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飛島君は正義の味方  作者: 古月湖
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四話 噂の美少女に連れていかれる先は決まってるよね

 結論から言ってしまえばお察しではなかった。


「もう一回聞くけど……俺たちがいま車で向かってるのは、なんの研究所だっけ?」

「超能力よ。いまさっき私がみせた電撃のような、正真正銘の超能力。特殊能力と言い換えてもいいわね。とにかくそういうモノを研究しているところよ」

「…………」

「言っておくけれど、あなたが私と同じく特殊な力を持っていることは調査によってわかっているわ。どんな力かは知らないけれど、逃げられるとは思わないことね」

「……うん、そこは大丈夫」


 葵の真剣なまなざしに冗談を言っている様子はない。というか、俺自身が超能力というものには覚えがあるので、葵の話の信ぴょう性は非常に高いと言えよう。なんなら今まで一人で抱えてきた秘密を話すことが出来る仲間が出来そうなので、このイベントに関しては非常にポジティブだが、やはりお察しした通りではなかった。


 ……だってそうじゃんよ。

 普通あの流れで行けば、葵の部屋に上げられて、ひそひそ秘密のお話をする展開が既定路線のはずだ。漫画で読んだことがある、間違いない。

 が、実際はといえば、現在俺たちはどこからともなくやってきたワンボックスカーに揺られて、曰く研究所へ直行しているらしい。


「ちなみにここからその研究所まではどれくらいかかるんだ?」

「そうね、十分くらいかしら」


 結構近いなおい。

 ふと窓の外を見てみると、知らぬ間に住宅街を抜け郊外にやってきた。車窓の向こうに見える緑は徐々にその量を増しているが、まだまだ一般人の生活圏である。ここから十分でマジモンの超能力を研究しているような特殊で秘密なステキ施設があるとは到底思えない。


「先に言っておくけど、別に普通の研究所よ」

「本物の超能力を研究してるのに?」

「だからそこよ。目立つ建物にしたら目立つじゃない」


 葵の語彙力が死んでいるが、まあ言わんとすることはわかる。目立つ建物にすると目立つ。当たり前である。


「で、研究所では具体的にはどんな研究してるんだ?」

「超能力が発現する原理やそのアルゴリズムの研究ね。けど、詳しいことは私も分からないわ。お父さんに聞いてみないと」

「へえ、ってことは、葵のお父さんもその研究所のメンバーなのか?」

「所長よ。そして私の立場としては被検体ね。研究所のお手伝いもしているけれど」

「なるほどな」


 ほかにもいろいろ話を聞いてみるに、超能力の研究とかいうぶっ飛んだ内容のわりには意外としっかりしているみたいだ。いや、いい加減な不良グループに属している俺が何評価してんだって感じだけど、はい、その通りでございます。

 とまれこうまれ、俺たちは適当に雑談で心を落ち着けつつ車に身を預けるのだった。


 ***


「――さて、ついたわね」


 車に揺られることきっかり十分。到着したのは風に吹かれて葦がそよぐ音が聞こえるような、田舎の雰囲気が漂う郊外の一角だった。

 とはいっても、軽く周りに視線を巡らすだけで田んぼを挟んで小さな民家が目に入るような、一般人の生活圏である。目を凝らせば、泥だらけになって鬼ごっこをしている小学生が見えるほどだ。

 ……で、肝心の研究所といえば。


「どうかしたかしら?」

「……まあ、ちょっと」


 言葉を濁すと、葵はその意味するところを察したのか、逡巡するような様子を見せた。

 それから少しして、ぱっと顔を上げる。


「ここが研究所よ」

「うん」

「小さい、研究所よ」


 自分で言っちゃったよおい……。

 しかし葵の言う通り、曰く研究所の出で立ちは、小規模の町工場の程度の大きさだった。しかもフェンスで囲われた敷地の中には植物が生え放題で、ともすれば廃墟のような印象さえ受ける。


「ちなみに地下がものすごい広いとかはどう?」

「地下は一応あるけれど、この辺りは地盤があまり安定しないの」


 葵のその一言だけで十分理解できた。

 ……これも、超能力という大層なものを研究しているがためのカモフラージュ、ということで理解しておこうそうしよう。


「飛島くん」


 と、俺たちを送ってくれたワンボックスカーの後ろ姿を眺めていると、不意にお声がかかった。気づけば、すでに研究所の敷地に足を踏み入れていた葵がせかすようにこちらを見ている。軽く手を上げて俺もその背中を追い始めた。

 完全に郊外に溶け込んでいる建物。こんなところで超能力の研究が行われているとは到底思えない。

 しかし、先ほどの葵の電撃は間違いなく本物だった。

 知らず加速している鼓動を意識しつつ、俺たちは研究所へと足を踏み入れた。


 ***


 研究所の中は外観からは想像もつかないほどの超ハイテク空間! ――と言うほどではなかったが、ようやく研究所っぽい雰囲気の内装だった。

 アルミ製の床に、ごうごうと音を立てて駆動する謎の巨大機器。薄暗い廊下の先には非常灯の緑が妖しく光り、嗅ぎなれない薬品の匂いが鼻をくすぐる。葵の先導がなければ間違いなく逃げ帰っていたことだろう。

 と、葵が廊下の突き当りのドアで立ち止まると、不意に俺を振り返った。


「さきに注意事項だけ言っておくわね」

「よろしく頼む」

「まずこれは当然だけれど、勝手に機材を触らない事。なかには自爆システムが起動するモノもあるから、これは絶対よ」


 なんか今すごいこと言われたな。


「えっと……そんなにやばいこと研究してるのか?」

「特にそういうわけではないわ」

「じゃあ、どうして?」


 恐る恐る聞くと、葵はあきれたようにふっと息吐き出してこう言った。


「父の趣味よ」

「いい趣味持ってんなお前のとーちゃん!」


 どうして超能力なんてけったいなものを研究しているのか、その理由がすこしわかった気がする。

 ……いや、とはいっても全然共感は出来んけども。自爆装置とか普通に頭おかしいから。


「それで、飛島くんにはいまからその父に合ってもらうわ」


 葵はすこし声を潜めてそう言った。俺のツッコミは無視の方向らしい。


「娘の私が言うのもおかしいけれど、正直なにを考えているのかよく分からない人よ。ここ最近は特に」

「うん、さっきので大体どんな人かはわかったし、多分大丈夫」

「そうかしら?」


 絶対に分かり合えないということが分かった。これで『わかってあげなきゃ』と無駄な努力をせずに済むのは大きい。それ以外の点に関しては、まあ、どうにかなっぺ。知らんけど。


「じゃあ開けるわよ」


 葵はそう言うと懐から出したカードをデバイスにかざす。すると電車の改札みたいな音がして、ドアのロックが解除されたらしかった。


「お父さん、連れてきたわ」

「お、おじゃましまーす……」


 ここがこの研究所のメインの研究室なのか、ドアの先は他の研究室に比べて二回りほど広い一室だった。壁際には高い天井のギリギリまであるような高さの機器がずらりと並び、なかには漫画で出てくるような培養液に満たされたような装置もある。

 そしてそんな異質な部屋の中心に、煌々と光るディスプレイとにらめっこしているよれよれのしわのついた白衣の背中を見つけた。

 ……あれが、葵の父親。

 椅子に座っている後ろ姿だけだが、ぼさぼさで伸び放題の髪には白髪が混じり、椅子に腰かける背筋は整体師が悲鳴を上げるそうなくらい曲がり切っている。漫画やドラマでみる研究者まんまだ。

 ふと、そのなで肩がピクリと揺れる。


「ごくろう、千種。こっちにおいで」

「いえ、お茶でも入れてくるわね。あ、こちらが飛島くんよ」


 つ、冷たすぎぃ……。

 見ているこっちがつらくなるくらい冷たくあしらわれていた。ああほら、両手の人差し指合わせてぷにぷにし始めちゃった。

 俺も将来娘にこんなこと言われるのかな……。言われたらいやだな。

 って、そんな場合じゃねえ。

 葵がそれだけ言うとさっさとその場を後にしようとしたので、急いで引き留める。


「あの、ちょっと、葵?」

「ごめんなさい、説明を忘れていたわ。もうわかったと思うけれど、あれが私のお父さんよ」

「うん、それはいいんだけど……」


 ここから先は全部俺とお父さんに任せるの? 初対面の大人と俺が上手く話せると思う? と

 アイコンタクトを送ってみるが、知り合って数分で通じるわけもなく、作戦はあえなく失敗に終わった。

 葵はもう給湯室に逃げ入ったあと。残された俺と葵の父親との間に落ちた沈黙を、バチバチとキーボードをたたく音が埋めていく。

 と、


「さて、待たせたな」


 ッターンとエンターキーを押して、葵の父親が振り返った。

 清潔感に関しては最悪だが、顔自体は整っているように見える。野性味あふれる眼光が、一部ファンの間で非常に人気が出そうだ。


「おれは(あおい)幸之助(こうのすけ)だ。もう聞いていると思うが、千種の父親で、この研究所の所長をやっている」


 葵父は気だるげにそう言うと、ぬっと椅子から立ち上がった。そして俺のほうへとゆっくり歩み寄ってくる。


「最初にひとつ、君に言っておかなきゃならないことがあるんだ」

「えーっと……」

「大事なことだ、ちゃんと聞いておいてほしい」

「は、はい……」


 勢いに圧されてそう言うと、葵父は自嘲気味にふっと息をこぼした。

 ……ははーん。なんとなく先が読めてきたぞ。

 こういう時の父親の行動ってのはパターンがあるんだ。それはずばり『うちの娘はやらん!』と『うちの娘は任せた!』。漫画で読んだし間違いない。

 それになんだか、値踏みするように俺のつま先からじっくり観察しているし、これはもう確定と見ていいだろう。そうなれば俺のすべきことは一つ。

 謙遜である。

 ……僕にはもったいないです僕にはもったいないです僕にはもったいないです。

 ……よし。これで完璧だ。脳内リハーサルも完璧だ。いつでもこい!

 葵父は心を落ち着けるようにたっぷり息を吸い込んだ。それをゆっくり吐き出してから、いまいちど俺に視線を送ってくる。

 ……来るっ!


「飛島くん、本当に――」


 そこで一度言葉を止め、ふっと鋭く息を吐く。

 そして、


「本っ当に。――――申し訳ない!!」

「僕にはもったいなっ……え?」


 あれ? 今なんて言われた?

 申し訳ない。なにが?

 その疑問の答えはあっさりと与えられた。


「本当に申し訳ない! 君に超能力を与えてしまったのは、自分のせいなんだ!!」


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