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飛島君は正義の味方  作者: 古月湖
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三話 噂のあれが出るって本当ですか!?

『飛島昴はやばいやつである。』


 そんな噂が高校内に知れ渡ったのは昨年の年の瀬。学年末試験を終え、いよいよ春休みというゆるーい空気が校内に漂っていたある日のことだった。

 それまでの俺はといえば、まさしく普通の高校生。校則をきっちり守り、真面目に授業を受ける。友達は少なかったが、それでも彼らと話す時間は俺にとって心休まる時間だった。

 でも、その平穏はあっさりと打ち砕かれる。


「――おい! 飛島を出せ!」


 ある日、うちのグループのメンバーにちょっかいをかけられた他校の生徒が、あろうことか俺の高校に突撃してきた。人数は五、六人。いや、まあ人数はあんま関係ないんだけど、そのシュプレヒコールがまずかった。


「……なあ、飛島って、お前のことじゃね?」


 いつも冷静な中村の瞳孔が開き切っていた。

 もちろん不良がうちの高校にカチこんでくるなんて初めてのことだ。止めに入った男性教師陣も喧嘩慣れしている連中には相手にならず瞬殺。

 体育教師の斎藤が左フックでこめかみを撃ち抜かれていた。痛そう。


「いやあ、俺なわけないって。それに俺、あの人達のこと知らないもん」

「……でもほら、飛島って」

「べつの飛島さんじゃないかな?」

『出てこい、飛島昴!』


 中村の表情がさらに曇った。


「と、飛島昴なんて名前、全国にたくさんいるよね」

「飛島って珍しい苗字だと思うけど……」

「あ、昴って名前も、いろいろ漢字の書き方あるし……」

『下の名前は『すばる』とも読めるぞ!』


 ちょっと? おかしくない? 今のおかしくない?


「ほら……」

「俺っぽいなあ」


 その時に中村が半歩後ろに退いたのを見逃さなかった。


「一応、行ってみるわ……」


 返事はなかった。あったのはクラス中からの寄せられる無言の圧と、何か恐ろしいものをみる奇異の目線。

 そしてその日以降、俺はクラスどころか学校内で『ヤンキーとかかわりのあるやばいやつ』として認定されたわけだった。

 あ、乗り込んできた連中は、見えないところでペチペチして帰ってもらいました。




「……ふぅ」


 学校へとつながる坂には、同じ制服を着た大勢の男女が校門目指して歩いていた。

 一人転べばその後ろの連中がみんなそれに巻き込まれるだろうという混み方だというのに、いつもどおり俺の半径三メートルには誰も近づこうとしない。俺がふらっとして横にずれようものならそれに応じて距離を取る始末である。

 べつに気にしてないけど、やるならもう少しさりげなく避けてほしいものだ。こうもあからさまにさけられるとちょっといろいろ精神的に来るものがある。べつに気にしてないけども。……二回言っちゃったよ。

 もちろんそんな言い分を聞いてくれるわけもなく、みんなから避けられながら、いつも通りスリッパに履き替え三階へ上がる。ほどなくしてホームルームの二年七組に到着した。


「ん?」


 が、いつもと少し様子が違った。

 ウチのクラスは基本的ににぎやかなクラスである。悲しいことに俺さえいなければ。

 …………いや、おっけー。もう切り替えた。

 さて、とにかく二年七組はにぎやかなクラスである。だというのに、今日は騒ぎ声が全く廊下に漏れ出て来ていない。


 ドアの小窓から見ても、まだ人が集まっていないというわけでもなさそうだ。

 このまま突っ立っていてもらちが明かない。軽くドアに手をかけ、なるべく音を立てないようにドアを開ける。

 そしてその先で、俺は教室が静まり返っている理由を理解した。

 視線の先。教室の窓側一番後ろの席の、さらに一つ後ろに追加された席に、そいつはいた。

 太陽を眩くと反射するセミロングの銀髪に、雪を欺く白い肌。それでも瞳の色は日本人らしく真っ黒で、その白と黒のツートンカラーが非常に目を引く。

 それはまさしく現世に迷い込んだ妖精みたいにきれいな少女だった。

 ……なるほど、そりゃ俺が入ってきたことにも気づかず見入るわけだ。と思ったら俺に気付いた野村がびくっと反応して会釈してきた。


 ……うーん、平常運転。

 って、今それはどうでもいい。

 注目を集めている少女は、間違いなく昨日まではこの教室にいなかった人物だ。

 いつも通りの教室に舞い込んだ明らかな異物。しかも美人。

 転校生か? でもなんでこの時期に。

 自分の席にバッグを置き、ちらりとその女子を盗み見る。

「あ、あのさっ、ちょっといいかな?」

 すると、勇気ある女子グループが声をかけたところだった。途端、教室の空気が張り詰めたのが分かった。遠くから聞こえる騒ぎ声を煩わしく思いながら、その様子を見守る。

 しかしそんな俺のはらはらとは裏腹に、尋ねられた銀髪の少女は難なく女子グループに体を向けた。


「なにかしら?」


 透き通るような声が教室の隅までしみわたるようだった。その声に聞き惚れたように一瞬遅れて、女子グループが尋ねる。


「えっと……もしかして転校生の子?」

「ええ、はじめまして。これから仲良くしてくれると嬉しいわ」

「こ、こちらこそ……」


 ぎこちない風に握手を交わすと、教室の空気が急速に弛緩していった。

 それからぽつりぽつりと会話が進んでいく。


「自己紹介がまだだだったわね。(あおい)千種(ちぐさ)よ、下の名前で呼んでくれると嬉しいわ」

「へえ、千種ちゃんって言うんだあ。すてきな名前だね」

「そうかしら?」

「うんっ。すごく合ってると思う!」

「ねえねえ、うち来る前ってどこにいたの?」

「隣の県の私立校よ、親の転勤でこっちに来たの。けど、地元はこっちだからあまり新鮮な感じはしないわね」

「じゃあおかえりなさいだねっ」

「って、あんたは地元ここじゃないでしょ」


 グループ内のお茶目女子がグループに総ツッコミされて涙目になっていた。

 まあ、そんな他愛もない雑談を続けていくうちに転校生へクラスメイトが集まっていき、気づけばあっという間に人だかりができている。もちろん俺はその輪に入ることが出来ない。出来ることと言えば、ざわめきの中でも聞こえてくるあの透明な声に耳を澄ませることくらい。

 何となく盗み聞きで分かったことは、父親の転勤が少し延期したことがきっかけこの時期に転校になったことと、そしてあの銀髪がなんと地毛だということだ。いったいどういう遺伝子構成でそうなったのかは知りたいところではある。


 しかしまあ、見た目の第一印象のわりに結構社交的な感じがする。学校中で避けられまくってるヤツがなに評価してんだって感じだが……はい、全くその通りであります。

 さて、そんなこんなで、転校生は担任が来るまでずっと人だかりの中にいたわけだ。

 俺のせいで雰囲気が悪くならないクラスをなんとなく嬉しく思いつつ、そのままぼーっと声に耳を澄ませる。

 束の間の安寧。みんなの注意が転校生に向けば、自然と俺への視線は減っていく。まさしく俺が求めた理想的な状況だ。こんな時間がこれからも続けばと願わずにはいられない。


 ――けどいつだって、こういう時に面倒事は起こるのだ。


 ***


「よし、じゃあ今日は解散。葵は手続きがあるから職員室に来てくれ」


 担任が帰りのホームルームをそう締めくくると、教室中から不満の声が上がった。まあ当然の反応だろう。が、担任はそれをすげなくあしらい、転校生を引き連れて廊下へと消えていった。

 美人転校生の存在は、瞬く間に校内のトップニュースとなった。

 休み時間になるたびに、ほかのクラスから噂の転校生を一目見ようと生徒が押しかけてくる。なかにはカメラを向ける奴もいて、少し注意したらものすごい勢いで逃げられてしまった。注意が逸れているからとはいえ、まだまだ俺への評価は同じらしい。悲しい。

 まあとにかく、転校生がいなくなって視線が俺に向き始めたので俺も早々に教室を後にする。

 いそいそ土間で靴を履き替え、さっさと駅へと向かった。それから電車に揺られること十分。最寄駅の一番出口から地上へ出て、アジトに向けて閑散とした住宅街を歩く。


「……またか」


 背後から視線を感じた。さりげなく後ろを確認してみるが、やはり人影はない。

 だからといって勘違いという感じでもない。日々視線の雨にさらされる俺だからこそ、他人の視線には敏感だ。そんな俺の第六感が『見られている』と叫ぶのだから、それはもう観られているのだろう。違ったらしらん。

 ……さて、どうしたものか。

 視線を感じるようになってもう二週間は経つ。なるべく隙は見せないようにしているが、そろそろ限界だ。しかも最近は学校内でもその視線を感じる瞬間がある。

 ウチの高校にはヤンキーグループのメンバーがいない。もし相手が複数人出来ているのなら、少しまずい展開だろう。


「……どうだ?」


 角を曲がった先で立ち止まり、様子を探る。

 たっぷり五分粘ってみるが、追跡者が現れる様子は一向になかった。

 けど、まあ想定内だ。あくまで本命はけん制。追われていることをこうしてアピールすることで、相手に自分を追うメリットを失くさせるのが目的だ。


「よし、こんなもんか」


 いつまでも立ち止まっていたところでしょうがない。警戒を解き、ふっと息を吐く。これでもう今日は追ってこないだろう。

 安心して角から身を引こうとした――その時だった。


「「――あ」」


 人通りのない住宅街に間抜けな声が二つ。

 一つはいつも聞いている男子高校生らしい低い声。

 そしてもう一つは――どこまでも響き渡るような、透明な声。


「――て、転校生?」


 そんな単語が口をついて出ていた。

 目の前にいるのは、まちがいなくあの転校生だ。あの、銀髪美人の。何度瞬きしてもそれは変わらない。目をぬぐっても変わらない。

 ……え、いや、


「なんでここに?」

「……偶然よ」


 転校生の目が見たことないくらい目が泳いでいた。

 ……ってことは、こいつが追跡者? 第一工業の連中とつながり……はないな。この前こっちにきたばっからしいし。

 なんだなんだ? どういうことだ?


「飛島昴くんよね?」

「そう、だけど……自己紹介、まだしてないよね……?」

「……」


 まずい、今のはちょっと意地悪な返しだったな。

 ……いや待て、ここで転校生を追跡者と認定するのは早計だ。いまはもっと情報がいる。


「……えーと、家こっちなのか?」

「中央区よ」

「ここ北区なんだけど?」

「あ……」


 これもう黒だろ。


「……いちおう一つ聞いてもいいか?」


 転校生は何も答えない。

 この道を人が通らないのは好都合だった。いまこの状況を他人に目撃されれば、通報されるのは間違いなく俺のほうだろう。

 幸い転校生に逃げる気がなさそうなのが救いだが、ここは早急に注意して、さっさと尾行をやめてもらうのが吉だ。転校生の沈黙を肯定ととらえて、俺は話を進めにかかる。


「どういう理由で俺をつけてたんだ?」

「依頼された調査のためよ」


 転校生は意外にもあっさりと答えた。

 しかしなるほど。これでラブコメ展開は無くなったわけだ。残念。


「で、その調査ってのは具体的になんの調査だ?」

「それを聞いて何かあなたに関係あるのかしら?」

「俺の調査なんだろ?」

「……それもそうね」


 もしかしてこの転校生、見た目に反して意外とアレなのか?

 さっきも自分から墓穴を掘ってたし、このまま質問していくとなにかとんでもないことを言いそうな気がしてきたな。ちょっと身構えておかないとまずそうだ。


「で、調査の内容は?」


 一歩詰め寄ると、転校生は窮屈そうにブロック塀へ背中をくっつけた。


「……それは、言えないわ」

「なら俺の後を追うのはやめるか?」

「それも無理ね」


 言うのも無理。やめるのも無理。これじゃまったく話が前に進まない。

 一瞬この膠着状態を続けることで人通りがあるのを待っているのかと勘繰るが、いままでのことからするとそこに頭が回るやつではないだろう。


 ……仕方ない。こうなったらもう、最後の手段だ。

 転校生をこのまま逃がすことは出来ない。尾行をやめさせることは出来なくても、その理由さえ聞ければなんとかなると思っていた。

 でもその両方ともがだめなら、あとやることは一つ。


「なにをするつもりかしら?」


 パキッと指の骨を鳴らす俺を見て、転校生がひそめた声そう訊ねてきた


「いやなに、ちょっと怖い思いしてもらうだけだ」

「……噂通りのようね不良ね」

「なんとでも言え」


 とはいっても、もちろん当てるつもりはない。寸止めに自分から当たりに行って俺を訴えるようなずるがしこさも、おそらくないのでそこらへんも気にしなくて大丈夫だろう。


「最後にもう一回だけ聞いておく。尾行をやめるか?」

「私の意志で決められるものではないもの」

「……なるほど、よくわかった」


 軽く肩を回し、当たらないように一歩足を引く。

 息を吐き出して腹圧を高める。

 小さいテークバックから、撃ち抜くイメージで拳を前に出し――


「――遅いわ」

「っ!」


 瞬間、俺と転校生との間にバチッと青白い光が迸った。

 その光は俺の頬をかすめ、向かいのブロック塀にぶち当たる。瞬間、壁に這っていたツタがシューと煙を上げ始めた。焦げ臭いにおいが鼻をつく。


「どう?」


 まだちりちりと音を立てているツタから、目線を転校生に向けると、心なしか得意げな表情が待っていた。


「今のは電気の光線。それを指から照射したの」

「……指から」

「ちなみになんの機材も使っていないわ」


 そう言って転校生は特殊なものをなにも持っていないことをアピールする。

 けど、今そんなのはどうでもいい。

 ……なんの調査か、少し話が見えてきたような気がする。


「今の力に、覚えはないかしら?」


 今の俺にとって『力』と言われて思い浮かぶのはもう一つしかない。

 電気の光線。事情を明かせない尾行。なんなら突然の転校まですべてつながっているように思える。

 つまりこの転校生の、葵千種の調査内容は――


「――超、能力……」


 俺の言葉に葵は冷静にうなずいた。


「事情を知られてしまったからには、ついて来てもらうわよ」

「……どこに?」


 なんとなく予想を立てつつ、一応そんなことを聞いてみた。

 ここまでおぜん立てがあればもう聞かなくてもいい気がするが、聞いておくのが礼儀な気がした。すると葵は平然と、なんなら口の端にすこし微笑みをたたえつつ、こういった。


「お察しの通り――超能力の研究所よ」


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