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月の蘇る-5-  作者: 蜻蛉
第三十一話 永遠
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  挿絵(By みてみん)


 朔夜はいつも通りに包丁を研いでいる。

 その横で、春音が龍晶に纏わりついている。父親に構って貰いたいのだ。

 流石に疲れた顔はしているが、口元には仄かな笑みが浮かんでいる。これまで見た事の無い、穏やかな顔だ。

 春音が持って来た玩具を受け取り、今度は息子ごと抱えて、膝の上に乗せた。

「可愛いな、春音は」

 朔夜がその様を見て言う。

 親子の様子そのものが可愛らしく愛おしい。

 矢張りこうして見ると二人は似ている。本当に親子として血の繋がりが無いのが不思議なくらい。

「父親らしく振る舞おうと思っても、何が正解か分からない。良いんだろうか、これで」

 それが龍晶の本音だろう。何をするにもぎこちないのはその為だ。

 父親の姿が記憶の中に薄いのだから仕方ない。

「俺に訊くのが間違いだよ。でも、お前はそれで良いと思う」

 朔夜は笑って、研ぎ終わった包丁を拭き、箱に閉まった。

 華耶が昨日持って帰った刃物は全て研ぎ終えた。またこれを返して、報酬を得る。これだけあれば宴の資金の足しにはなるだろう。

 片付けて、部屋の隅に転がっていた鞠を手に取った。

 春音に向けて軽く投げてやる。まだ幼い手はその球体を掴み切れず、跳ね返ってころころと転がっていく。

 それを龍晶が手を伸ばして取ってやろうとすると、いやっと声を上げて自分で追っていった。

「気が強いよな。誰かさんに似て」

「於兎だろ」

「そうかも知れないけど」

 意味深に友を見やって笑う。

 呆れて彼は言い返した。

「皆そう言って揶揄うけど、似る訳無えだろ。繋がりなんか無いも同然なのに」

「血縁なんてあんまり関係無いよ。なあ?」

 ちょうど部屋に入ってきた祥朗に振ると、義弟は微笑みながら頷いた。

 彼は煎じた薬を持っていた。睡眠薬ではなく、呼吸を楽にする薬と熱冷ましを配合したものだと言う。

「済まないな。だけど祥朗、あまり高価な薬を使うとお前が困るだろう。俺の手元に何も無いのが悪いんだが」

 彼は首を振って、後に続いて入ってきた妻を見上げた。

「ご心配無く、龍晶様。大事な兄上様のお体を守る為に、私達はここまで来たのですから」

 夲椀は言って、夫の横に正座した。

「私達、ここで薬師として生きようと思います。そう決めました」

 龍晶は首を横に振った。

「俺なんかの為にお前達が故国を捨てる事は無い。気持ちは嬉しいが、だが…」

 祥朗の手が兄の膝へ乗せられた。

 言う。『戔に帰る時は共に』と。

 龍晶は俯いた。

 戔に帰る。その一言。

 胸が疼く。諦めた夢。

「俺は帰らぬよ、祥朗」

 帰れぬ、とは言わなかった。意地だ。

 己の意志で今を選んだ。死ぬ代わりに、この幸せを。

 だからこれ以上を望む気は無い。

「ならば私達も帰りません」

 夲椀の声で言われた祥朗の言葉。

 俯いたままそれを聞いて。

 そのまま頭を下げた。そうするより無かった。

「お手をお上げ下さい。これは私達が勝手に決めた事。ご迷惑でもここに居座ります。お許し下さい」

 夫婦の方が深く頭を下げる。

 そんな三人の間を鞠が転がっていった。

「家族なら、一緒に居たいのが当然だと思うけどね?そんな頭を下げ合う必要無いだろ」

 朔夜の声が三人の顔を上げさせ、龍晶の懐に鞠を手にした春音が飛び込んできた。

「とーと、しゅき」

 屈託の無い言葉に大人達が笑う。

 血の繋がりなんか関係無い。そこには確かな絆がある。

 腕の中の息子の頭を撫でて、龍晶は応えてやった。

「俺もだよ。父もお前が好きだ」

 一年前ならこんな言葉、素直に吐けていたかどうか。

「良いお父さんになりつつあるな」

 縁側から揶揄う声がして振り返った。畑仕事から戻ってきた燕雷だ。

「うるせえな。お前に評価される謂れは無い」

 表面上はつんけんして返す。

「それは父親の先輩として言いたくもなるんだよ。ついこの間まで子供だったお前を見てる訳だし?ま、まだ子供だけどさ」

「そりゃ爺さんから見れば二歳も二十歳も見分けがつかないだろうよ」

 そこまで悪態で返しながら、ふと真顔になって呟いた。

「大体、俺に父親の資格があるとは思ってない」

 懐の中で、春音が両手で落とした鞠を片手で受け取る。

 こうやって触れ合いながらも、何処か他人の子を抱いているような。否、実際そうなのだが。

「そんなのさ、父親は割とそんなもんだろう。誰でも自分が親なのかどうか戸惑い迷ってる」

「そうなのか?お前も?」

「ああ。最初はおっかなびっくりさ。だって自分が産む訳じゃないんだから」

 ちょっと納得した顔つきで手だけを息子の為に動かし続けて、ふと朔夜を呼んだ。

「済まんがちょっと遊んでやっててくれ。頭が痛くなってきた」

「ああ、了解。春音こっちだ」

 さもありなんと朔夜は動く。昨日から無理しているのは傍目にも明らかだ。

 春音は朔夜に抱き上げられて楽しそうに笑っている。早速、「さくぅ」と名前を覚えて呼んだ。

「本当にこいつ頭良いよな」

 思わず笑いながら龍晶と同じように懐に抱えて鞠を使ってやる。上から落とした鞠を小さな懐で受け止める、その遊びはお気に召したようだ。

 その間に龍晶は祥朗の作った薬を飲み、軽く礼を言って器を返した。その横で夲椀が床を延べる。

 横になりながら言った。

「夜までには治すよ。お前の晴れの日の為に」

「別にそんな…無理するな」

 照れながらも真剣に朔夜は返した。

「いや…これだけは参加しておかないと、死んでも死に切れない」

「縁起悪い事言うなよ。晴れの日だってのに」

「そっか。それもそうだ」

 鼻で笑って目を閉じる。

「とーと、ねる?」

 春音が朔夜を見上げて問う。

「うん。お前も寝るか?お昼寝の時間だ」

「ねる」

 自ら父の元まで行って、その横に寝転がった。

 目を瞑りながらもその気配は察したようで、父は息子にも布団をかけてやった。

 二人の穏やかな寝息が並ぶ。

 朔夜はふっと笑って立ち上がり、縁側の燕雷に並んで座った。

「どう見たって親子だよな、あれは」

 燕雷は破顔して頷く。

「資格が無いなんて謙遜しちゃって。父親になろうと頑張ってるのを悟られたくないんだ」

「バレバレだよ。あいつらしい」

 悪い笑顔で言って、燕雷を見上げる。

「お前はもう、辛くなくなったのかな」

 遠い日を見ている。春音と同じ年頃の、女の子。

「そうだな。お前が成長してくのを見てたら、なんかもう気が済んだ」

「俺?」

「燈陰より父親してやってただろうが」

「ああ、まあ、確かに」

「まあって何だよ。感謝しろよ。婚儀ってそういう日だからな?」

「たかられても何も出ないよー」

「酒は出せ、酒は」

「大丈夫大丈夫。それは抜かりない。波瑠沙が」

 彼女は於兎に誘われて、花嫁衣装を探しに行った。於兎に借りる当てがあると言うのだ。

 最初は遠慮と言うかこのままで良いと渋々だったが、ついでに酒を買ってやると桧釐に言われると二つ返事で出て行った。

「あいつら良い夫婦だよな」

 笑いを噛み殺しながら燕雷が言う。

「ああなった方が良いのかな」

「安心しろ。お前らは今のままで十分だ。って言うか、もう変わりようが無いだろ」

「なんで?」

「波瑠沙の懐でお前がごろごろ言ってるのが似合ってる」

「猫か!お前まで!」

 けけけ、と燕雷は喉で下世話に笑った。

「今晩はちゃんと彼女を満足させてやれよ?」

 思わず後ろを見て、春音がちゃんと寝ていると確認してしまう。

「ったくもう、子供の前で!」

「意味は分からんよ。いくらあいつが賢くてもな」

「そういう問題じゃないっ!」

 華耶と十和が料理の手を一旦休めて土間から上がってきた。

「あら」

 眠る父子を見て目を細める。

「可愛い。仲良しさんね」

「良き親子となられましたね。後宮に居る時は触れる事もなかなかでしたのに」

「小さ過ぎると壊しちゃいそうで怖かったのよ」

 夫の心情を代弁し、華耶は二人の枕元に座った。

 肩まで掛かりきってなかった布団を直してやり、春音の顔を撫でて。

「これでやっと家族として始められるね」

 切なげに息を吐く。

 ここまであっという間なようで長かった。

 他の全てを投げ出して、唯一残ったのは、宝玉よりも価値ある家族の絆。

「華耶」

 縁側から朔夜が呼んだ。

「今日は皆んなのお祝いにしよう。お前と龍晶と、春音が再会できた祝い」

「それと、花音ちゃんの産まれたお祝いと、祥朗達の結婚祝いもしなきゃね」

「俺だけなんも無い」

 燕雷が冗談に言う。

「お前は長寿祝いじゃない?今何歳?」

「さあ。多分九十とかそのくらい」

「卒寿祝いって事にしとけば?適当に」

「適当言うな」

 けらけら笑って、朔夜は庭に降りた。

 隣の長屋の上に十和の夫が居る。巡宗は大工だと聞いた。屋根を直しているのだ。

 隣はもう何年も空き家だ。以前、旦沙那の仲間達が滞在していた所。

 そこに十和夫妻と祥朗夫妻が暮らすと決まった。

 新しい生活の形は着々と整えられている。

 それでも過去は消えない。

「この場所でさ、お前の母さんに誓ったんだ」

 庭から華耶に言った。

「ずっと華耶を守れる場所に居るって。俺だけが頼りだって、そう言われたから」

 彼女は微笑んで、頷いた。

「ありがとう。朔夜はちゃんと誓いを果たしてくれた」

「これからだよ」

 少しだけ大人になった、強い目で。

「これからお前達を守るんだ。三人とも、もう絶対に悲しい思いはさせないから」

 華耶は笑みを深くして、頷く。

 そして悪戯っぽく付け加えた。

「私達と、まずは誰よりも波瑠沙さんでしょ?こんなに朔夜が人を好きになれるなんて、私知らなかった」

 ちょっと目を見開き、赤い顔になって。

「でも、…でも、華耶の事も…」

 しー、と彼女は指を立てて唇に当てた。

「それ以上言わないの。ほら、帰ってきた」

 蹄の音と、夫婦の賑やかな会話。そこへしっかり波瑠沙の声も混ざっている。

「あいつさ、婚約者が永遠に好きな人の事だってそう本気で言ってんだよ。びっくりしちゃうだろ?どこまで純なんだか」

 風に乗って流れてくる声は、完全に自分の話だ。

「あら?私の事を見てた筈なのにね、あの子。忘れてるのかしら」

「えっ、何それ。於兎、俺それ聞いてないかも」

「ん?言わなかった?前の旦那みたいな人の事」

「聞いてない」

「まあ良いわ。今は二人の馴れ初めよ。それで、どうなったの?その婚約者」

「さあ?死んだとも聞かないけど、もう二度と会う事も無いだろうし」

「あら、私と同じね」

「同じ!?」

 桧釐のびっくり声が悲鳴じみる。

「…それって有りなの?」

 思わず朔夜は燕雷に問うた。

 於兎は繍での事をあまり夫に話していないらしい。と言うか、話したかどうかも忘れているらしい。口数が多過ぎて自分が何を喋ったかどうか把握してないという事だ。

 於兎には朔夜を陥れる為の計画として、騙されて結婚した男が居た。

 確かに思い出すだけ無益な情報ではあるが。

「ま、良いんじゃね?あの二人の事だから」

「そっか」

 簡単に納得して歩き出す。

 何でもかんでも話してしまいそうな波瑠沙を止める必要があった。止められるかはまた別の問題だが。

「おう、帰ったぞ朔。見ろよ、大収穫だ」

 馬に乗りながら器用に大袋を肩に担いでいる。

「ひょっとしてもしかして全部酒?」

「当たり前だろ。しかも他人様の金で飲む酒だぜ?最高だろ」

 その嬉しさが朔夜には全く理解出来ない。

「なんか、ごめんな桧釐…。めちゃくちゃ買わされたんだろ」

 こつこつと暮らしの為に稼ぐ今だからその有難みは染みる。

 金の湧く北州の長は鼻で笑った。

「気にすんな、祝いだ。どうせ俺らの方が飲むしな」

「いやそれは…」

 そう言えば波瑠沙の酒豪っぷりを彼らはまだ知らない。

 予想通り、馬上には悪ーい笑顔がある。

 騙し討ちを企んでいるといった所か。

「今夜ばかりはお前も飲ませるからな。覚悟しとけよ」

 そんな危機は知らずに揚々と桧釐は言う。

「えー…俺はいいよ」

「そうよあなた。この子が酔い潰れたらどうするの。初夜にそれじゃ格好が付かないじゃない」

「確かにそうだ。重要なのはそっちだ」

 そう言われると酔い潰れてみようかなと思わなくもなかった朔夜。

 馬を降りながら波瑠沙は二人へ言った。

「だけどさ、ど緊張してそうだからやっぱり飲ませようよ。どれだけ飲ませたら潰れるかも試したから大丈夫」

「え?試されたの俺?いつ?」

「出会ったその日にな」

 そうだった。あの滅茶苦茶な酒宴から始まったのだ。

「流石は奥様ね。やる事が違うわ」

「だろお?」

 朔夜には分からない褒め言葉を於兎が発して、にっこりと波瑠沙が答える。

 桧釐はと言えば、やっぱりにやにやしている。

 なんだか居た堪れなくなってきた。

「馬、戻して来る」

 頼まれてもないのに於兎と桧釐の乗る馬の綱を取った。

「照れてる照れてる。まだ酒の話なのに」

「じゃ、続きは夜聞かせてね」

「りょーかい」

 二人と二頭で長屋の裏手にある厩まで回る。

「於兎さんから聞いたぞ。お前達の繍での苦労話」

「達って…」

「華耶の為にぼろぼろになってたんだろ?お前は全然変わらないな。それが私の為になったってだけで」

 於兎の故郷を滅ぼしたあの時から、繍を逃れたあの一連の話だろう。

「華耶を守れたら死んでも良かった。でもそれも絶望的だったから、一緒に死のうとしたんだ。そしたら、こうなっちまった」

「何を悔いてんだよ」

「彼女に永遠を与えた事」

 厩に入る。馬房で綱を繋いで、飼葉を与えて。

「それの何が悪い?」

 同じ事を隣でしながら、心底分からない顔で波瑠沙は問う。

「良いじゃねえか。私はそうだと良いなと思うよ。そしたらお前と永遠に居られるって事だろ」

 飼葉を喰む馬の毛を漉きながら、横目に彼女を見る。

 永遠は辛い事だと、長年そう思い込んできたが。

「そっか。…確かにそうだな」

 この暮らしが永遠ならば、悪い事ではない。

「ま、永久(とこしえ)の愛なんて、信じてないけどさ」

 波瑠沙は笑って言いながら、体を反転させて朔夜の肩を掴んだ。

 引き寄せて、唇を重ねる。

「なるべく長くお前と居るようにする」

 囁く声に、頷いて。

「お前が可愛いお婆ちゃんになるまでずっと一緒に居るから」

「それは違うな。私は若者に啖呵切る阿婆擦れな婆さんになるんだ」

「そうなの?それはそれでちょっと見たい…」

 笑い合って。今までになくはっきりとした未来を思い描く。

 永遠は呪いの言葉では無くなった。それを誓う日が、今日なのだ。


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