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月の蘇る-5-  作者: 蜻蛉
第二十七話 相思
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 宗温の考えた策は早速実行に移された。

 苴軍が進む方向にある集落に仕掛けを施した。そうとは気付かれぬよういつものように兵を配置し、戦った上で明け渡す。

 住民は直前で避難したかのように細工した。生活に必要な物がそこここに散らばっている。

 苴軍は空いた村を当然のように占拠する。金目の物を奪い、食糧をその場で食い荒らして。

 宗温の狙いはそこだった。

 その食糧の中に毒を混ぜた。かつて藩庸(ハンヨウ)が貧民街に使ったものと同じ毒だ。拷問の中でその在処を知っていた。

 それも全て龍晶に話した。王はその上で頷いた。皮肉だな、と少し口の端を歪めて。

 かつて己を殺そうとした同じ毒で、敵を制する。その結果、自身の死期を早める事になる。

 皮肉でしかなかった。だがそれを望んで宗温に実行させた。

 苴軍は更に進軍しようとした矢先、ばたばたと倒れ始めた。撤退しようとしたが、そこを戔軍が攻めてきた。

 撤退路を塞ぎ、援軍も塞いで戔軍の少年らは戦った。

 結果、苴の前線部隊は全滅した。

「死傷者は?」

 戔の陣中で龍晶は訊いた。

「我が軍は二百ほど、敵は毒死も合わせると千を下らないでしょう」

 快活に宗温が答える。自軍の被害は多少抑えて言った。

「そうか…」

 苦しげに龍晶は息を吐いた。

「まだお加減が良くありませんか?屋敷へお帰りになっては?」

「そんな事はどうだって良いんだ。遺体は回収したのか?」

「はい。領地を取り戻したので、敵に邪魔されず全て集めて来ました。これから埋葬します」

「案内してくれ」

 驚きを含む顔で王を見返す。

 精神状態を心配する向きもあった。

「大丈夫だ。彼らを弔うのは王としての仕事だろう。お前が拒むのなら別の者に連れて行って貰う」

「いえ…分かりました。こちらです」

 近付くにつれ、腐臭が漂ってきた。

 南部の夏の訪れは早い。都はやっと緑が生茂る季節となった頃だが。

 人夫達が穴を掘っていた。底は大人一人すっぽりと入る程の深さで、幅はとにかく広い。

 そこに順に遺体が並べられてゆく。まだ大人になり切らぬ背丈の遺体が。

「陛下」

 宗温の言葉を吹っ切って、まだ穴の中に入れられる前の無造作に置かれた遺体に手をかけた。

「手伝ってくれ」

 そこに居る人夫と共に遺体を運ぶ。王の行動に驚きながらも誰も何も言えない。

 宗温もまた、諌める言葉を飲んだ。

 そう行動するしか、彼自身が慰められる術は無いのだろうと察した。

 汗と土に塗れて、全て運び終えて。

 穴の中に藁と油が撒かれ、火が灯された。

 王はその炎を前に座り、目を閉じて、神への祈りの呪文を唱えていた。王家は祭祀を司る、それ故にこれは王の仕事なのだ。

 だからって、こんな事をする王は他に居ないとは思うのだが。

 宗温は彼の元に飛んでくる火の粉や灰を払ってやりながら、長く続く低い声を聞いていた。


 華耶はまず煤けて汚れた顔に驚いた。泥だらけというのもこれまで見た事が無い。

「どうしたの!?」

「いや別に…」

 すぐには口を割らないのは知っている。軽い溜息と一緒に微笑んで、侍女に風呂を沸かすよう頼んだ。

「真っ黒。泥遊びした後の朔夜みたい」

「泥遊びって、馬じゃないんだから」

「小さい頃よくやってたんだよ。泥団子作って投げてきた。私まで汚されちゃうから、ほんと良い迷惑よね」

 笑う顔は言葉ほど嫌そうじゃない。

「追いかけて来るんだけど、足場が泥だから転けちゃって。そしたらちょうどこんな感じ。面白かったな、あの顔。流石に仲春はやった事無いよね」

「いや…うん。済まんが人間がやる事だとは思わなかった」

 あはは、と楽しそうに笑って華耶は夫の背中を押した。

「行こう。洗ってあげる」

 上衣は従者らに脱がせて、肌着だけになり浴室に入ってゆく。

 まずは煤と泥に汚れた顔を洗ってやる。黒いものを拭うと、火傷のように赤くなった素肌が現れる。

「日焼け?」

「うん。それはあるかな」

 日の注ぐ中で作業したのだから間違いではないだろう。

「こんなに焼ける?まるで火の近くに居たみたい」

「華耶には隠せんな」

 苦笑いで言われた言葉に目を丸くして。

「何してたの?」

 はあ、と息を吐く。途端に笑みが無くなる。

「戦で亡くなった兵を火葬していた」

「あなたが?」

「そのくらいはしなきゃいけないと思って。他に何も出来ないから」

「そう…」

 労わる気持ちで顔を拭う。後で軟膏を塗ってあげようと思った。

 肌着を脱がして泥に塗れた手足も洗ってやる。

「俺達より年下の子供が多かった。みんな何も知らないまま死んでしまった」

 言葉だけを押し出すように彼は言った。

 その意味を飲み込んだら正気では居られなくなると、知っているから。

「殺したのは苴兵だが、そうさせたのは俺だ」

「仲春」

 警告するように華耶は呼んだ。

 これ以上考えさせてはいけない。

 汗を流した背中を抱く。

 胸に回した手を、龍晶は握った。

「…大丈夫だよ。俺は役目を全うするから」

「役目?」

「うん…王としての役目。彼らの為にもそこまではやる」

「そこまで…」

「そうしたら、この立場を降りられるから」

 背中越しに振り返る顔は、薄く笑っている。

「その後は、春音と三人で暮らせる?」

 華耶の切実な問いに、彼は反応しなかった。

「せっかく沸かして貰ったんだ。湯に浸かろうか。まだ仕事があるからゆっくりは出来ないけど」

 華耶の手を離れて湯船に入った。

 彼女はその背中を見ていたが、諦めて自らも服を脱いで、その横に浸かった。

「私、すぐに都へ帰ると思って春音を連れて来なかったけど、正解だったかな」

「勿論。ここは戦地への最前線でもあるし、危険だからな」

「寂しがってないかな。於兎さんも様子を見に行くって言ってくれたけど」

「いつも世話をしてくれる女官達は居るんだろ?十和だって残して来たんだし」

「そうよね。気になっちゃって。泣いてないかなって」

「華耶」

 とびきり明るい顔で目を合わせて。

「帰ったら春音に教えてやってよ。泥遊びでも何でも、朔夜としてた遊びを。俺は知らないから、そういうの」

「良いの?王子にそんな事教えて」

「王子ったって、あいつは庶民の中で暮らさせるから。俺みたいに世間知らずにさせたくない。泥塗れで大きくなれば良い」

「そうね」

 夫の肩に頭を乗せて、華耶は微笑んだ。

「梁巴の遊びも歌も教えるね。朔夜が帰ってきたら一緒に遊んで貰おう。きっと喜ぶわ」

「どっちが?」

「どっちも」

 笑って、妻の頬を両手で包み、口づけして湯から出た。

 窓からの光は弱く、闇が迫っている。

 装束を着て部屋に戻ると、卓に着いて筆を取った。

 苴への書状。

 和睦を結ぶ為に話をしたいと苴王に呼び掛ける文章だ。

 拒めば更に貴軍の損害は増えるでしょう、と脅しも忘れない。

 書き上げて早速、使者に持たせた。

 後は待つだけだ。

「ねえ仲春、ご飯食べよう?玉子入れたお粥を作ったよ」

 華耶が呼びに来て席を立つ。

「ああ、華耶。兵達に握り飯でも作ってやってくれないか?」

「良いよ。たくさん要るね」

「俺も手伝う」

「作った事あるの?」

「無い」

「じゃあ、教えてあげなくちゃね」

「そんなに難しくないだろ」

「やってみれば分かるよ」

 翌日、陣中で出来が極端な二種類の握り飯が配られた。


 苴からの反応は早かった。

 現在、苴軍が制圧している成州西部で会談を行おうと返してきた。つまり四面楚歌の状態で戔の使者を受け入れると言っている。

「私の部下を行かせましょう。こちらに有利な地で更に話し合いが出来るよう交渉させます」

 宗温は言ったが、龍晶は首を振った。

「向こうは怒り心頭だろう。こうして平静を装って招き入れ、その場で首を討ちかねんぞ」

 毒物を使うという卑怯な手を使ったのだ。火に油を注いでいるに違いない。

「そうなれば泥沼となります。我が兵らも怒るでしょう。この地帯での押し合いが長引きます」

「それを向こうは狙っている」

 長引けば不利になるのはこちらだ。苴は兵を集めて全てここに注ぎ込めるが、戔は北方の戦がある以上この地の兵は減る一方となる。

 王の名の元で兵を強制的に集めるのが普通だろうが、龍晶はそれだけはしたくなかった。

「これ以上は無駄な犠牲だ、宗温」

「は…」

「俺が成州に行く。直接交渉してやろう」

「なりません陛下!先程言われたではありませんか!席に着いた途端に亡き者とされますよ!?」

「いきなり王が来れば雑魚は動けんさ」

「しかし!」

「精鋭を何人か付けてくれ。脅しの効く者が良い。あと、忍びの者もな。そして占領地域から見える場所に兵を並べておいてくれ」

 何かあれば即刻攻め入るという姿勢を取るのだ。ハッタリではあるが。

「陛下自ら行かなくとも、意を受ければそのように伝えますのに…」

「暇なんだよ」

「は?」

 なんて理由だ。宗温は目を剥いた。

「お前達は前線で戦ってくれるのに、俺は奥に引っ込んで待つしかない。やる事と言えば死者の弔いや握り飯を作る事だろ?お前らの邪魔にならないようにさ。そろそろ俺も前線で戦いたい」

「そんな、ここの当番兵じゃないんですから…」

 宗温が言うのは横に控えている賛比の事だ。

 年若いからと料理係に徹しさせていたが、我慢ならず戦地に飛び出してしまった。そして友を失った。

 龍晶もそれは知っている。彼は賛比に目を向けて言った。

「お前の仲間も大勢戦って…死んだんだろ?」

 彼は頷いた。共に軍に入った少年兵たち。

「宗温、俺は彼らを生かしたくて軍に入れたんだ。戦にはしないと約束して。なのに彼らは俺の為に戦った。約束を破った責任は取りたい。彼らでさえ前線で戦うのなら、俺が奥でぬくぬくとしている理由など無い筈だ」

 もう肚は決まっている。宗温は何を言っても無駄だと悟った。

「仰せの通りにします…が、まずは陛下の無事が第一です。私は死ぬ気であなたをお守りしますからね?」

「お前が?」

「陛下の理論で行けば、私が奥でぬくぬくと待つ理由は無いでしょう?」

「お前の代わりは居ないだろう」

「そのお言葉、そっくりそのまま返させて頂きます」

 龍晶は鼻で笑った。

「哥に囚われた時を思い出すな。俺はお前を殺させぬ交渉をせねばならなかった」

 殺すなら俺から殺せ、ただし自分は王弟だと、ハッタリで押し切って。

「今回はどうぞ、お気遣いなく」

 言葉が分かればそんな事は言わせない。

「その余裕も無いかもな」

 会談は明日の午後。日時も場所も、全て相手の提示した条件を飲んだ。

 帰って華耶にその事を告げると、泣きそうな顔で袖を掴んで問うた。

「それで仲春は帰ってくる?危ない事なんて無いよね?」

 迷わず頷く。

「今回は穏便に話を纏めるのが目的だ。向こうもそう急な事はしないし出来ない。時間を稼ぐ事で損なった兵を戻したい筈だからな」

「大丈夫だよね?信じて良いね?」

「ああ。…あ、華耶の握り飯は評判だったぞ。また食いたいってさ」

「そんなの幾らでも作るよ。作るからさ…」

 腕を掴む力が強くなる。ふっと笑って、頭を撫でた。

 額を付けて、間近で囁く。

「俺も食いたいな。華耶の握り飯」

「仲春が作ったのはどうだったの?」

「材料は一緒だって言われた」

 華耶は泣きそうな顔のまま笑って、厨へ向かった。

 己の計算に間違いは無いと思う。敵はここで様子見をするしかない筈だ。この肚の中が読みきれぬ以上、下手には出られない。

 ただ、暴発する可能性は十分にある。宗温は頼りになるが、何せ敵の真っ只中だ。

 自分の首が取られる事には変わりないが、その価値をはっきりとさせておかねばならない。

 停戦。目的はそれだけだ。

 考えていると、華耶が握り飯を作って戻ってきた。

「召し上がれ」

 差し出されて、ちょっと笑う。

「俺、食った事無かったんだよ。華耶の握り飯」

「あれ?そうだっけ?」

「だっていつも俺には粥を作ってくれるだろ?華耶は優しいからさ」

「仲春は真面目だからこの前もつまみ食いしなかったんだね」

 やり返されて、甘苦く笑って。

「婚姻の前に、朔夜がうるさく言ってたんだよな。華耶の作る握り飯が一番美味いって」

「もう、朔夜ったら。そんなの誰が作っても美味しいに決まってるじゃない」

「俺もそう思ってたけど、この前自分で作ってみて分かった。そうじゃないんだって」

「そうかなあ。仲春も練習すれば上手くなるよ。だって初めてだったんだもん」

「そうかも知れないけどさ」

 練習出来たとしても上手くなるとも思えない。

 それを言う代わりに頬張った。

「…美味い」

 お世辞でも何でもなく、驚くくらい美味い。

 今ごろ哥に居るであろう友に言いたい。

「済まん朔夜。お前の言う事は正しかった」

「またぁ。二人とも贔屓目」

「それはさ」

 二口目を飲み込んで。

「華耶がそれだけ魅力的だって事だろ」

「そんな事無いし、それは握り飯の味には関係無いよ」

「いや、あると思う。多分、大いにある」

「揶揄ってる」

「そうかもな。でも美味いのは事実だよ」

 普通に笑い合っているから、先刻までの悩みは忘れた。

 明日もこんな日が続く。当たり前のように。

 そう、思い込んでしまった。


  挿絵(By みてみん)


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