ワイバーンの初仕事は何とか終わったらしい…ルージュリリーって誰?
吸血鬼ですが、何か? 第6部 狩猟シーズン編
俺と明石と加奈は拍子抜けして、手に持った武器を下ろして顔を見合わせた。
皆、悪鬼の返り血や内臓を浴びて悪臭を放つバラクラバを脱ぎ捨てたが、それでも顔に血や得体の知れない液体の筋が付いていて気持ち悪い顔だった。
「で?
景行、どうするの?」
明石は加奈と俺の顔を見てからまだ固く抱き合って互いの体をまさぐり合いながら激しいせせせ接吻を交わしている四郎とルージュリリーと四郎が呼んだ女性を見た。
「このまま見物しているのも面白そうな展開になりそうなんだがそうも行かないだろうな。
まぁ、おかげで和やかと言えば和やかな雰囲気になったから俺達も挨拶に行くとするか。」
なるほど、さっきまで俺達に武器を向けて構えていたスコルピオの連中も武器を下げて四郎とルージュリリーを眺めていた。
バラクラバで顔は良く判らないがきっとにやついている者も一人や二人では無いだろう。
俺達はスコルピオの連中に何故だか知らないけどペコペコと頭を下げながら、スコルピオの連中も会釈を返してくれたので少し安心しながら四郎の元に行った。
明石が四郎の後ろでゴホンゴホン!と咳払いをしたが、四郎達は完全に無視をしてお互いの愛撫に夢中だった。
明石が困ったように俺の顔を見たのでここはやはり俺が声を掛けなければならない雰囲気になった。
「…ごほん!あのさぁ…四郎。
…ええと、四郎、ちょっと良いかな~?」
「すまんな彩斗今われ達は160年振りにキスを交わしているのだ。
もう少しわれらに時間をくれ。
ああ!リリー!そんな所を!むふぅ!」
「ふふふ、やっぱりここが感じるのね。
しっかり覚えているわよ~!」
四郎とキスを交わしながら愛撫をするルージュリリーと呼ばれる女性が四郎のジャケットをずらし首筋から肩にかけて舌を這わせ、そのすぐ後ろを指の爪でひっかいて四郎を快感で痙攣させていた。
四郎の肩越しにちらりと俺を見たルージュリリーと一瞬目が合った。
東洋人と白人のハーフ…クォーターなのか、独特な感じの女の瞳が非常にいやらしくてエロチック過ぎて、俺はみるみる体に変化が起きて少し前かがみになった。
スコルピオの中から中肉中背の男が現れてバラクラバを取って俺達を見た。
50代くらいの落ち着いた印象の男が俺達を見て微笑んだ。
「うちの副長が少し取り込み中みたいだね。
君が吉岡君かな?
人間の若い男があの状態の副長をあまり見ているとその…ゴホン!まぁ、あまり見ない方が良いな、彼女はかなり影響力が強いんだよ。
初めまして、私は第3騎兵隊スコルピオの指揮を執る佐久間紀夫と言う者だ。
これから一緒に行動する時もあると思うから、その時はよろしく頼むよ。」
佐久間と名乗るスコルピオの指揮官が俺の手を取って握手されて俺は慌てた。
「はい、いや、俺は…」
「ん?どうしたんだい?
岩井テレサから教えてもらったが、吉岡彩斗君がワイバーンのリーダーだと聞いているぞ。」
「…え?
俺がリーダー…」
戸惑う俺の横から明石が笑顔で佐久間に握手を求めながら言った。
「その通り、何せうちは出来たばかりの組織でしてね。
彼も新米リーダーとして色々と大変な物で…まだ良く慣れていないんですよ。」
「おお、そうか、その気持ちは判るよ吉岡君、私もスコルピオとして活動を始めた頃は色々とね…」
佐久間が全てわかっているというふうな笑顔を俺と明石達に向けた。
その後俺達はやっと落ち着いた四郎を交えて加奈や明石などと、スコルピオ指揮官の佐久間、副長のルージュリリーと自己紹介を交わした。
黒ずくめのスコルピオは俺達が悪鬼どもの会合場所を探ると連絡が来た時に万が一の状況に備えて待機させていたとの事だった。
途中で俺達の携帯が圏外に出てしまってロストしたので、探すのに手間がかかったのだそうだ。
飛べるものを何人か飛ばして周囲を捜索して俺達の居場所を見つけた時には殺意が入り乱れてもの凄い戦いになっていると知って急いでやって来たらしい。
無線で連絡を取れるスコルピオは既に処理班も呼んでおり、数十分後にはトラックとバスなどが続々と山を登って来て車をどけた悪鬼達の駐車場に入って来た。
工事現場の目隠し塀の入り口には電力会社の緊急工事と言う体裁が出来て実際に工事現場で見るような警備員が入り口を固めていた。
その大掛かりな対応に俺達は改めて岩井テレサの組織の大きさと自分達の組織の小ささを感じた。
第3騎兵スコルピオだけでも30人近くの戦闘員(後ほど判ったがやはり人間が数人混じっていた)がいるのだ。
広場で気絶していた若い男も、地下室で少々パニックになりかけていた人達も処理班が外に連れ出して医療検査が出来る処理班のバスに収容された。
あの連れ去られて恐ろしい目に遭った人達に処理班がどういう説明をして納得させるのか、秘密を保持させるのか非常に興味があったが、俺達は中を覗けなかった。
はなちゃんは俺達がスコルピオと出会った時の事を何度も聞いてはきゃきゃきゃ!と笑い転げていた。
そして、俺は真鈴と喜朗にインカムで連絡をしてすべて片が付いて今迎えに行くからハイエースの中に待っているように伝えた。
俺達がハイエースに向かうと、スコルピオの者達が遠巻きにハイエースを監視しているのが判った。
インカムで真鈴にハイエースの扉を開ける事を告げて、俺はゆっくりとドアを開けた。
若い妊娠した女性があおむけに横たわり、胸に赤ん坊を抱いていた。
「あれ?もう生まれちゃったの?」
「そうね、色々と大変だったけど何とか無事に生まれたわよ。
男の子。」
真鈴が疲れが濃い表情だが誇らしげな笑顔を俺に向けた。
それを聞いて俺はハイエースの中を覗き込んで疲れ果ててぐったりした女性の胸に目を閉じて両手を握りしめている赤ん坊を見た。
なんか物足りなかった…普通こういう時は何と言うか、俺達がハイエースに近づいた時に赤ん坊の泣き声が聞こえてガッツポーズとか、そう言うドラマチックな…まぁ、現実はこんな物だろうな。
「そっちも済んだと聞いたけど…」
「奴らは全部片づけたのかい?」
「うん、応援が来てくれたんだ。
地下ではなちゃんが感じ取った殺す気満々の集団は第3騎兵隊のスコルピオだったんだ。
味方だったよ。」
喜朗おじがすっかり年寄りの様な身動きで自分の肩をもんだ。
「やれやれ、先ほどから正体不明の奴らがこの車を遠巻きにして様子を窺っていたのは判っていたぞ。
赤ん坊の件が済んだら変化して返答次第では蹴散らしちまおうと思っていたんだ。
様子を見ていて良かったな。」
俺は喜朗おじの強力な攻撃を回避できたスコルピオの運が良い連中に合図をして警戒を解いてもらった。
そして、担架を用意してもらってハイエースから出産が済んだ母子を処理班のバスに運んでもらった。
俺達はスコルピオと別の処理班と呼ばれる者達に指揮を執るバスに呼ばれて今までの行動のおおよその経緯を訊かれた、落ち着いた感じの中年の男、大学教授と言ってもおかしくない感じの男に事情を聴かれ、後ほど念の為のメディカルチェックをしてから解放されることになった。
俺達は指揮用のバスの横に置いた長ベンチに腰を下ろし、誰かが淹れてくれた上等なコーヒーを飲み、高速で買ったお菓子を頬張り、タバコを吸いながら忙しく動き回る処理班やスコルピオを眺めた。
午前3時48分。
もう夜明けが近い。
「やれやれ~明日…もう今日じゃん。
大学休もうかな~?」
真鈴がぼやいた。
「ところで、さっき俺達に事情聴取した教授風の男は人間?悪鬼?どっちなの?」
「彩斗、あの男は人間だったな。
この組織は人間と悪鬼がとても入り混じっていて特に人間だからこれ悪鬼だからこれと言うふうに仕事の内容を区切っていないな。
さすがにスコルピオは悪鬼の方が圧倒的に多かったが、それでも2割ほどは人間だ。」
「なるほど…しかし、これほどの人間が秘密を守って活動しているというのは凄いよ。
しかも、これを生業としているってことだよね。」
「確かに凄い統率力と機密保持のレベル、そして組織を機能させる経済力も半端じゃ無いな。
俺達の運用している金額と2桁か3桁は違うだろうな。」
明石が呆れた顔をしてタバコに火を点けた。
「やれやれ、私はとても休みたいよ~。」
「私も休みたい~喜朗おじ、今日は『ひだまり』お休みにしようよ~!」
真鈴と加奈が休みたい休みたいと声を合わせて言い出した。
俺もそれに加わりたいが別に今日どこかに出勤して働く必要は無い。
あいにくと俺はマンションに帰ってからずっと寝てても構わないんだよ~!賃貸物件経営ばんざい!
「確かにわれらの今日の働きはハードだったな…彩斗、真鈴、今日は朝も夜もトレーニングはお休みだ。
いや、ランニングとストレッチは任意とするぞ。
ナイフトレーニングはお休みに決めた。
君らが自習するなら勝手にしろ。
われは今晩少し出掛けるからな。」
「…四郎、まさか…あのリリー…」
「ふふふ、あとでゆっくり話してやる。
われもまさか生きているうち会えるとは思わなかったがな。」
そう言うと四郎は先ほどルージュリリーが渡した名刺を胸のポケットから取り出してキスをしてからまたポケットに入れた。
続く