2話 妖精契約と出発
妖精との契約を持ちかけられた俺は悩んでいた。
契約・・・、魔法少女にでもなれるのだろうか。
それはそれで魅力的な話だが、俺はまだ男としての誉れを得ていない。
要するにDTだ。
どうせならそんなものペイッ!してからなりたい。
いや別になりたいわけではないが。
冗談はさておき・・・。
別にこれは強制ではないだろうし断ってもいいけど、お礼というくらいだから悪い事ではないのかもしれない。
サーヴァリルも悪い人・・・というか悪い精霊じゃないと思う。
敵ではないと言ってくれてるし。
味方ですとも言われてないが、俺が龍族で別の世界から転移してきた事も知り、記憶まで見られていてここまで友好的に接してくれてるんだ。
そんな相手に、いつまでも警戒心丸出しで接していたら失礼だと思う。
いきなり森に現れて、怪しいのは俺の方だったんだから。
そう思うと、少し話を聞いてみようかなを通り越し、興味が沸いてきた。
座敷わらしみたく幸運を運んでくれたり、ケット・シーのような猫の見た目とモフモフの毛並みで癒してくれるかもしれない。
これは詳しく聞く必要がある。
「えーっと、その契約ってのは具体的にどういうものなんですか?」
「そうですね。いっその事本人にでも聞いてみますか?」
「本人?妖精本人って事ですか?」
「ええ」
するとサーヴァリルは、テーブルを指先でトントンと2回叩いた。
-ポトッ-
なんと、上から木の枝が落ちてきた!
すごい!俺が撫でても、うんともすんとも言わなかったのに!
さっきドヤ顔で「私の言う事を聞いてくれるこの子達は可愛いでしょう?」みたいな事を言ってたから、やっぱり主の命令しか聞かないんだろうか。
きっと俺が真似してもダメなんだろうな。
そう思いつつも、真似してトントンと2回、指先で叩いてみる。
-ポトッ-
落ちてきた・・・。
どうしよう・・・。
私だけの可愛いトレントがどこの馬の骨かも分からない小僧の言う事を聞くなんて!とか思わないだろうか。
餅を焼かれないだろうか。
しかし気になる。
もう一度やったらまた落ちてくるんだろうか。
別に木の枝が欲しいわけじゃないが、俺の中の好奇心が頭の中で「イケ」と囁いた。
トントン。
-ポトッ-
・・・・・・。
また落ちてきてしまった。
どうしよう・・・。
気まずいったらありゃしない・・・。
「あの・・・これ・・・。すんません・・・」
なんだかとても失礼な事をしてしまった気になった・・・。
まるで使いもしないティッシュペーパーを、面白半分で箱から出してしまったような・・・。
謝って木の枝を差し出したところ、「その枝は差し上げます」と笑顔で言われた。
よかった、気にしてないようだ。
木の枝が何の役に立つのか分からないが、とりあえず精霊であるサーヴァリルがくれると言ったものだ。
何も聞かずに貰っておこう。
嵩張る物でもないし。
いつかマイホームでも手に入れた時に、庭にでもぶっ刺しておけば、家を守ってくれる立派なトレントに成長してくれるかもしれない。
その時は是非、立派な大黒柱になって欲しい。
木だけに。
「・・・ありがとうございます」
ありがたく頂戴した。
ちなみにサーヴァリルは、また自分の髪の毛の1本引っこ抜き、枝にクルクルと巻き付けていた。
一体何をしてるのだろうか。
そんなに抜くとハゲるんじゃないだろうか。
「さぁ、トーワ様、手を」
「え、手ですか?」
手を差し出すと、手のひらに枝を乗せられた。
「これは?」
サーヴァリルが一瞬ニヤリと笑った気がした。
そして、先ほどから周りをフヨフヨと漂っている妖精が手のひらに舞い降りる。
「ごちそうさまです」
「は?」
サーヴァリルがぽつりと呟くと、手のひらにチクッとした痛みが走り、枝が輝きだす。
枝は、光りと共にどんどん熱を帯びていき、焼け石のように熱くなった。
「・・・っっ!」
思わず手を引いてしまったが、枝は宙に浮いたまま強い光りを放っている。
やがて枝の一部がポコンと膨れ、それを合図に全体がモコモコと膨れ上がっていき、ミキサーのようにギュンギュンと回転しながら形を成していく。
あまりの光景に、口を開けながら呆然と見ていると、光りはより一層輝きを増し、中から膝を抱えた幼女が姿を現した。
漆黒の長い髪に真紅の瞳。
藍色で丈の短い花柄の着物を着付けており、帯は少しくすんだ黄土色だ。
背丈は3歳ほどの子供くらいだろうか。
お祭りで林檎飴片手に走り回って転びそうな子だ。
というか、座敷わらしだこれ。
俺の座敷わらしのイメージそのまんまだ。
さっきの俺のイメージが、そのまんま具現化したんだろうか。
ただ着物の色が暗色だから、ちょっと闇墜ちした座敷わらしみたくなってる。
あと目が赤い・・・。
「まぁ、可愛い!トーワ様、受肉成功です!」
そう言うと、生まれたばかりの妖精を抱き上げ、頬ずりを始めた。
確かに可愛いが闇墜ち感がすごい。
夜中に勝手に髪の毛とか伸びそうな感じだ。
「あの、この子が妖精ですか?なんていうか・・・俺が想像してた妖精のイメージとは全く違うんですが・・・」
「イメージと違う?トーワ様がこのようにイメージしたのではないのですか?」
あ、やっぱりそういう事か。
じゃあさっき、手のひらでチクッとしたのは血が必要だったって事かな?
だから『ごちそうさま』だったのか。
血でごちそうさまって吸血鬼じゃないんだから・・・。
妖精っていうくらいだから、花の蜜とかが好きなイメージだったけど血か・・・。
それに妖精といえば羽が生えてて、自由に飛び回ってるイメージだったけど、この子には羽がない。
赤い瞳も相まって、妖怪と言われた方がしっくりくるくらいだ。
「なるほど・・・。理解しました。ちなみに幸運とか運んでくれたりします?」
「幸運ですか?」
「いえ・・・なんでもないです」
するとサーヴァリルは、妖精に何やらコソコソと耳打ちをし、「さぁ、頑張って下さいね」と、背中をポンと叩いた。
妖精はテーブルの上に立つと、両手をぎゅっと握り、プルプルとしだす。
むむむ~っという表情で頑張っている姿はとても可愛いが、何が始まるんだろうか。
そして・・・・・・。
-ぴょこん-
「おお~!」
なんと羽が生えた!
しかもコウモリのような羽が!
でも待って、この子妖精だよね?
なんかこれだと、小さい悪魔みたいだな・・・。
どんどん闇墜ち要素が追加されていくんだけど・・・。
大丈夫だよね?これ。
妖精はパタパタと羽を動かすと、フラフラしながらも飛び上がり、俺とサーヴァリルの頭の上をクルクルと飛び始めた。
サーヴァリルもパチパチと手を叩きながら「可愛い可愛い」と大喜びだ。
まるで初めてのあんよだ。
「幸運は運べませんが飛べます」
サーヴァリルは笑顔でそう言った。
「・・・・・・さいですか」
しかし、この妖精と契約か。
正直、予想してた妖精とイメージがかけ離れすぎてて判断に迷う。
はっきり言って、フラフラ飛べる闇墜ちした子供にしか見えない。
実に頼りない。てか怖い。
こんな幼女を連れて、まだ右も左も分からない世界で生きていくとか全く自信がない。
断ろうか・・・。
この子の為にも、自分の為にも。
ただ、俺のイメージで生まれてしまった妖精だ。
やっぱり必要ないっすとか無責任じゃないだろうか・・・。
う~む・・・。
直接話してみろと言われた事だし、色々聞いてみるか。
よし、こうなったら面接だ。
眼鏡クイクイで厳しい圧迫面接をしてやろう。
眼鏡などかけてないが。
「さてと、君は飛べる以外に何ができるのかな?」
ふよふよとまだ飛んでいる妖精にそう尋ねると、俺の膝の上に降りてきた。
そして、俺の顔を見上げ、首を傾げてくる。
やだ!可愛い!
俺の脳内で『なぁに?おにいたん』ってセリフが見事に再生された。
勿論、本人は喋っていない。
脳内再生だ。
俺の圧迫面接は一瞬にして失敗に終わったのだった。
「あの、この子喋れるんですか?てか、言葉分かってます?」
「精霊語なら喋れますが、人の耳には聞こえません」
「あ、そうですか・・・。で、僕の言葉は通じてます?」
「ええ、通じてますよ」
へぇ、ちゃんと通じてるのか。
ただ、これだと会話が一方通行になってしまう。
相手の喋ってる言葉が聞き取れなければ、円滑なコミュニケーションは不可能だ。
それは非常に困る。
「ちなみに、この子はなんか言ってますか?」
「ええ。飴が欲しいと」
「サーヴァリルさん持ってますよね?あげたやつ」
「だめです!これは私のです!」
「・・・・・・」
子供相手に大人げないなこの人・・・。
あれ?待てよ?
この人鞄に入ってる飴の匂い嗅ぎ付けてたよな?
もしやと思い、鞄をがさごそと探ってみると、もう1袋あった。
この人分かってやがったな・・・。
仕方ないので1つ口の中に入れてやり、残りは袋ごとあげた。
てか、鞄に飴入れたの母さんだな・・・。
他にも奥の方に色々入ってるかもしれないので、後で確認してみよう。
飴は2袋だけだったので、ポケットに入ってる3つを残し、全部取られてしまった。
別にいいけどね、飴くらい・・・。
「サーヴァリルさん、契約の話ですがやめておきます。この子を育てる自信がありません」
契約は断ろう。
それがいい。
俺はこの子の親にはなれない。
責任が持てない。
こんなに可愛い子が不幸になるなんて、そんな事は許されないのだ。
精霊であるサーヴァリルの元にいた方が幸せだろう。
「・・・・・・そうですか。残念ですが・・・トーワ様がそうおっしゃるなら仕方ありませんね」
俺は、膝の上で大事そうに飴の袋を抱えてる妖精を抱き上げ、サーヴァリルに渡した。
育てる自信がないとか、なんか育児放棄した母親のような言い訳になってしまったが分かってくれたようだ。
実際問題、今の俺では面倒見切れない。
勿論、普通の子供と妖精では違うだろうが、俺には子供にしか見えない。
正直、気が気ではない。
妖精は、サーヴァリルの膝の上で少し悲しそうな顔をしているが、これは仕方のない事だ。
「ではトーワ様。せめて名付けだけでもお願いします。こんなに可愛らしい子に名前がないのは可哀想でしょう?」
「名前ですか。僕が決めてもいいんですか?」
「ええ。是非お願いします」
名前か。
確かに名無しじゃ可哀想だ。
どんな名前がいいんだろう・・・。
着物みたいな服だし、和名の方がしっくりきそうな気がするけど、この世界で和名って変じゃないだろうか。
そうだな・・・。
「ではエルナで。僕のいた世界の文字で『愛に月』と書いてエルナと読みます」
その瞬間、体の奥で何かが揺れ動いたような気がした。
トクンと一つ、心臓の鼓動が響く。
「愛に月・・・ですか・・・・・・。」
サーヴァリルは少し驚いたような顔をして俯く。
あれ、ダメだったかな・・・?
ちょっとキラキラネームっぽいけど、こんなファンタジーの世界ならありだと思ったんだけど・・・。
「えっと・・・だめですか?ほら、着てる服の色が紺色と黄色で、なんとなく月のイメージだったので」
サーヴァリルはフッと微笑むと、一筋の涙を流した。
「サーヴァリルさん?」
「エルナ・・・。とても素敵な名前です。良い名を授かりましたね、エルナ」
そう呟くと、サーヴァリルはエルナの頭を優しく撫でた。
涙の理由は分からないがエルナも笑ってるし、とりあえず気に入ってもらえたようで良かった。
それからは、この世界の事を聞かせてもらった。
人と龍族の戦争の事を聞いたが、その戦争は約1万年前の出来事らしい。
となると、俺は元々この世界で生まれた時代の1万年後に転移してきた事になる。
やはり、異世界転移ともなると時間軸にズレが生じるのだろうか。
その辺りも聞いてみたが「恐らく・・・」と、曖昧な答えしか返ってこなかった。
そしてこの大陸は人と龍族が戦争をしてた所で、この森は龍族の国があった場所のようだ。
龍族に関しては龍神含め、ほとんどが戦争で命を落とし、生き残った龍族もいたが今はもう血は受け継がれていないだろうと言っていた。
力の強い龍族が人間に負けるはずもなかったが、龍の姫が自らの命を散らした事により、龍族は戦意を喪失したらしい。
サーヴァリルは元々龍神に仕えていた精霊らしく、とても辛そうに語っていた。
「自殺ですか・・・」
「ええ・・・。誰も止める事ができませんでした・・・。私も・・・」
「そうですか・・・」
サーヴァリルのあまりに悲痛な表情に、それ以上聞くことはできなかった。
ちなみに、今の世界情勢に関しては、サーヴァリルはほとんど知らないらしい。
ただ、国同士の小さな小競り合いはあるだろうが、これといった大きな戦争はないだろうとの事だ。
知らないということは、サーヴァリルは約一万年もの間、ここにいたんだろうか・・・。
一万年も悲しみを背負い続けて、龍の国があったこの場所を一人で守っていたのかと考えると胸が痛くなった。
「サーヴァリルさんは、これからもずっとこの森に?」
「はい。私は、契約によりこの場所に縛られてますので」
「え?その契約って、破棄とかできないんですか?いくらなんでも辛すぎるでしょう」
「トーワ様はお優しいのですね。ただ、この場所は私にとって大切な場所ですので」
サーヴァリルは、少し寂しそうな笑顔でそう言った。
そんなサーヴァリルに、また少し胸が痛くなったが「エルナもいますしね」と、抱いてるエルナに頬ずりをして、若干ウザそうな顔をされてる姿を見ると、まぁエルナがいれば大丈夫そうかなと少し思えた。
「トーワ様はこれからどうするのですか?」
「それなんですよ。う~ん、どうしよう・・・」
正直、行く場所も宛ても、住む所も何もない。
両親も元の世界だし、いや暫くしたら二人ともこっちに来ると思うが・・・。
強く生きろとか幸せにとか言われたけど、まさかあれが今生の別れなんて実感が湧かない。
きっと後から来るはずだ。
とりあえず、今はそう思う事にする。
しかし、どうしよう・・・。
う~む・・・。
「トーワ様、もし行く宛てがないのであれば、この世界を歩いてみてはどうでしょう」
「歩くって、見て回るって事ですか?」
「ええ」
「何も知識なしで大丈夫ですかね・・・」
この際、ここで俺を養ってくれないだろうか。
精霊のヒモ生活も悪くないような気がするし。
この人美人だし、パイオツ・カイデーだし。
「この森を抜けた所に管理者の塔と呼ばれる古い砦があります。そこに住むハーフエルフを頼ってください。私の事を話せば、きっと力になってくれるでしょう」
ハーフエルフ!
いるのかエルフ!
「生憎、私は今のこの世界の道理に明るくありませんので」
「わかりました。その方の名前って分かります?」
「名前ですか・・・。あまり興味がありませんでしたので忘れました」
テヘペロって感じで言われた。
大丈夫だろうか・・・。
なんてサーヴァリルと色々話をしていたら、エルナが3つ目の飴を食べようとしていたので「そんなに一気に食べたらすぐなくなっちゃうよ」と言ったら袋に戻し、サーヴァリルの飴に手を伸ばした。
うん、この子は賢い、間違いない。
そして意外と腹黒いのかもしれない。
たくましく育ってくれそうで安心した。
勿論、サーヴァリルが「エルナ!それは私のです!」と抑止したので、3つ目の飴がエルナの口に入る事はなかった。
ただ目からビームでも出るんじゃねぇかってくらい、サーヴァリルの飴を凝視してるので、取られるのは時間の問題だと思う。
スキあらば!って感じだ。
「じゃあ、そろそろ行きますね。色々とありがとうございました」
そう立ち上がると、サーヴァリルもエルナをテーブルに降ろし、立ち上がった。
「いいえ、トーワ様。お礼を言うのはこちらの方です。本当にありがとうございました」
「僕は何もしてないですけどね。あぁ、飴ですか?エルナの分まで食べちゃダメですよ?」
「ふふ、そうですね」
二人で笑い合いエルナを見ると、サーヴァリルの飴を自分の袋にせっせと詰め込んでいた。
もうエルナの袋はパンパンだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そんなこんなで俺は、この世界を旅する事になった。
新しい世界にまだ不安はあるけれど、いつかは自分の帰る場所を作れたらと思う。
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