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13話 師弟の絆(その1)

 ある日の夜、俺はベットの上でルシェから相談を受けた。

 ベットの上でというとなんだかとってもいやらしく聞こえるが、いやらしい事などは一つもない。

 ベットのある部屋が一緒だから、寝る前にちょっとした相談を受けただけだ。


「ねぇ、トーワ。もうすぐ旅に出るんだよね?」

「そうだね。寂しくなるけど、冒険者になって世界を見て回ろうと思う」


 2年間の修行期間はあっという間だった。

 見ず知らずの俺を弟子として迎え入れ、ここまで修行を付けてくれたロディーナ。

 同じロディーナの弟子として俺を受け入れ、寝室が一緒でも嫌な顔一つせずに家族のように接してくれたルシェ。

 2人には本当に感謝してもしきれない。

 2人に出会えなければ今の俺はないだろう。


「あのさ、あたしも冒険者になりたい。街まで一緒に行ってもいいかな?」


 なんとなく予想はついていた。

 俺の旅立ちの日が近づくにつれて、ルシェがなんとなくソワソワしだしたこと。

 そしてその理由が、自分も冒険者になりたいという事なんだろうと。


 冒険者登録は10歳からだ。

 だが、D級冒険者以上の者が保護者登録をした場合、9歳から冒険者登録が可能になる。

 そして俺は、ロディーナからD級冒険者としてスタートできるよう推薦状を書いてもらう予定だ。

 要するに、俺と一緒に街へ行けばルシェも冒険者登録が可能なのだ。

 ルシェ自身も、元S級冒険者である双翼の魔術師ロディーナの一番弟子。

 肩書きも、勿論実力も十分過ぎるほどだ。

 9歳から冒険者登録が可能といっても認められない場合も多いらしいが、ルシェなら間違いなく登録可能だろう。

 冒険者ギルドも、将来有望なルシェの登録を認めないなんて事はまずないはずだ。

 恐らくルシェ自身もそれを分かってる。


 それに同じ弟子の俺が冒険者登録をするのであれば、あたしだって!と思うのは当然だ。

 ルシェは冒険者に憧れてたからな。

 俺としても、そんなルシェを差し置いて一足先に冒険者になるよりは、できれば一緒に冒険者になりたい。

  

「俺は勿論いいんだけど、師匠はなんて言ってるの?」

「お師さんにはまだ聞いてない」

「じゃあ明日にでも聞いてみる?俺も一緒にお願いしてみようか?」

「大丈夫!自分で言う!」

「そっか。わかった」

「ありがとう!じゃあおやすみ!」

「おやすみ」


 ルシェの冒険者登録が終わったらまたここへルシェを送り届けるくらいの事はしてもいい。

 2人には本当にお世話になったからな。

 それにルシェの登録となれば、恐らくロディーナもついてくるだろう。

 ルシェの保護者登録も俺がするよりロディーナがした方がいいはずだ。

 なんにせよ、明日だ。

 反対されるとは思わないけど、何かあれば俺からも助け舟を出そう。



---



「だめよ」


 ロディーナの返事は予想を反する言葉だった。


「なんで!?9歳になれば登録できるじゃん!あたしだって冒険者になりたい!!」

「あんたみたいな半人前な小娘が冒険者なんてまだ早いわ」

「半人前じゃない!!」

「半人前よ」

「違う!!」


 ロディーナはルシェの冒険者登録を認めなかった。

 これは俺とルシェも予想できなかった事だ。

 以前ロディーナは、強さでいえばルシェはB級冒険者パーティーでも通用すると言っていたほどだ。

 本人に言う事はないが、ロディーナのルシェに対する評価は非常に高い。

 そしてなにより、そう、なによりだ。

 ルシェは白龍だ。

 龍族の頂点に君臨していた白龍姫の血を受け継いでいる。

 まだまだ子供な部分もあるが、ロディーナの弟子という事もあり、それなりに知識も付いてきている。

 戦闘の実力も申し分なく、これからの伸びしろでいっても未知数だ。

 正直、反対する意味が分からない。

 

 子供の教育で重要な事は、しっかりと理解させ納得させること。

 確かに、ロディーナから見ればルシェはまだまだ半人前かもしれないが、ルシェは努力をしてきた。

 文句を一つも言わず、一切弱音を吐かず、直向きに苦手な魔法と向き合い、毎日毎日修行をしてたのを俺は知っている。

 ロディーナだって知ってるはずだ。

 故に、ロディーナが魔法の苦手なルシェに対し、それを咎めた事は一度もない。

 

 知っていたからだ。

 龍魔が邪魔をして、それが魔法に影響を及ぼしていることを。

 見ていたからだ。

 ルシェが直向きに努力し続けていることを。


 冒険者はある意味ルシェの夢みたいなものだ。

 だから、ルシェの冒険者登録を反対するのであれば、納得のいく理由で説明する必要がある。

 しかし、ロディーナの口から出た言葉は・・・。


「あんたみたいな魔法もロクに扱えない中途半端な小娘が冒険者になってもすぐに死ぬだけよ」


 ロディーナは小馬鹿にするよな口調で言い放った。


「し、師匠・・・さすがにそこまで・・・」

「トーワちゃんは黙っててくれるかしら?」


 以前、ロディーナに言われた言葉が脳裏に浮かぶ。



-もしアタシとルシェの間に何かあっても、その時は口を出さずに黙って見ていてくれるかしら?-



 それがこの時なのだろうか・・・。

 ただ、今日のロディーナはどこかがおかしい。

 普段なら絶対にこんなことは言わないはずだ。


「・・・・・・じゃ・・・ない」

「なに?よく聞こえないわ」

「中途半端じゃない!!!」

「中途半端よ。魔法もロクに使えない弱い小娘のくせに」

「弱くない!!」

「弱いわよ」

「弱くない!!」

「じゃあなに?アタシに勝てるっていうの?」

「勝てる!!」

「そう。なら表に出なさい。叩き潰してあげるわ」


 最初はルシェの試験のようなものだと思った。

 俺が魔女の一撃(ウィッチーズ・ブロウ)の試験をしたように。

 わざと煽るような口調でルシェを怒らせ、本気で戦闘をさせる為に。

 これを見越して以前ロディーナは俺に、一悶着あっても口を出すなと言ったんだろうと。

 煽るような口調も、小馬鹿にするような物言いも、全てロディーナの演技なんだろうと。


 2人の戦闘はもう30分以上続いている。

 ロディーナがまだまだ本気じゃないのは明白だが、対するルシェはかなり消耗してる様子だ。

 ただ、ルシェの中の魔力がどんどん膨れ上がっていってる。


 ロディーナの戦い方は、いつものようなルシェの得意な戦闘に合わせたようなものではなかった。

 一定の距離を保ちながら、絡め手のような魔法で牽制しつつ双撃魔法(デュアルマジック)で確実にルシェにダメージを通し、消耗させている。

 本気でルシェを潰しにいくような戦い方だ。


「所詮この程度・・・これ以上は時間の無駄ね。もう終わりにするわ。次の魔法、避けないと死ぬわよ」


 ロディーナが両手に魔力を集め詠唱を始めると、上空に3色の魔方陣が浮かび上がった。





 双翼の魔術師ロディーナ

 本名はロディ・アフロディア。

 

 ロディーナは、バラティエ大陸の南東にあるエルフの里で生まれた魔族とのハーフエルフだ。

 幼少期から類稀なる魔術の才能を発揮し、里でも神童と謳われていた。


 そんなロディーナは、小さい頃から美しいものが好きだった。

 綺麗な花や装飾品、小物や部屋の飾り付けに至るまで、まるで乙女のような趣味を持っていた。

 

 最初はその程度で済んでいた。

 花を摘んでは部屋に飾り、可愛い小物を手に入れてはそれを宝物のように大事にしていた程度だ。

 しかし、時が経つにつれて、それは女性への憧れに変わっていった。

 美しく着飾った服や髪、仕草や立ち振る舞い、言葉使いに至るまでにその憧れは及んだ。

 

 その頃からだろうか。自分は人とは違うと思い始めたのは。

 ロディーナはそれを、人に知られてはいけない、隠さなければいけない事だと思った。

 それが知られれば、自分は周りから変人を見るような目で見られてしまうかもしれないと。


 そんな事を思いながら日々を過ごすうちに、ロディーナは15歳をきっかけに国を離れる事を決意する。

 女性への強い憧れを抑える事ができず、国を出て知らない土地へ行き、新しい自分として生きていきたいと思ったのだ。

 そして逃げるように国を出た。

 

 行き着いたのは南西大陸にある自由国家リバテイル。

 冒険者ギルド本部がある国でもあり、何よりロディーナは『自由』という言葉に魅かれた。

 この地で、ロディ・アフロディアとしてではなく、ロディーナとして生きていこうと決めた。


 冒険者となったロディーナは、その類稀なる魔術の才能により、すぐに名前が売れ始める。

 しかし、誰もロディーナをパーティーへ誘う事はなかった。

 男にも関わらず、女性のような仕草や服装、この世界では決してする事のない染髪までしていたのが原因だ。

 そして、ロディーナがソロでB級冒険者に上がった頃、とある冒険者パーティーと出会うことになる。


 A級冒険者パーティー、『臆病者のハーミット』

 なぜ自分達のパーティー名に臆病者などと付けているのか。

 それは戒めでもあった。

 とある国の海軍では絡み錨をモチーフとしたシンボルを採用しているという。

 絡み錨とは錨鎖が錨に絡んだ状態の事を言い、この状態では錨を収容出来ない為、船乗りにとっては非常に恥ずかしい状態だ。

 それをシンボルとし戒めとする。

 彼らはロディーナといくつかの依頼をこなした後、正式にパティーメンバーとして向かい入れた。



-臆病者なんて・・・アタシにぴったりね・・・-



 神童と謳われながらも逃げるように故郷を捨てたロディーナにとって、このパーティー名は皮肉にも突き刺さった。

 なにより彼らはロディーナを受け入れてくれた。

 ロディーナの加入により臆病者のハーミットは更に活動範囲を拡大、瞬く間にS級へと昇格、そしてロディーナをサブリーダーとし、現在の巨大クランであるアイアン・メイデンを設立した。


 この頃からだろうか、ロディーナの雷名が轟き始めたのは。

 双翼の魔術師、いつしからかそう呼ばれるようになっていた。



---



「ロディーナ、本当に冒険者をやめるのか?」

「ええ、アタシは元々戦いが好きじゃないのよ。魔術ギルドで治癒の研究をしようと思うの」

「そうかい。ま、お前らしいな」

「そう言ってもらえると嬉しいわ」

「まぁなんだ、元気でやれよ」

「えぇ、あなたもね」


 魔術ギルド員として新たな道を進み始めたロディーナは治癒魔術の研究に没頭した。

 充実した日々だった。

 元来戦いを好まないロディーナにとって冒険者というものは生きていく術でしかなかった。

 もし今でも冒険者としての道を歩んでいたなら、恐らくロディーナは『超越者』として数えられていただろう。



「やりましたね!ロディーナさん!ついに放射線魔術研究所の設立です!」

「えぇ、長かったわ」 


 長年の研究が実を結び放射線魔術研究所が設立された。

 治癒魔術というのは主に怪我を治す為のものや解毒魔術の事を指す。

 この世界にも医者はいるが、医療に関しては魔術ほど万能ではない。

 そして、病に対しては治癒魔術の効果は非常に薄い。

 放射線魔術は病に対して有効な手段として期待され、研究は順調に進められた。

 しかし・・・。


「放射線魔術研究所への予算計上はここまでとする」


 ギルド長から告げられた言葉、予想はできていた事だった。

 噂の内容はロディーナも知っている。

 研究所で働く人間ももうほとんど残っていない。


「とはいえロディーナ、君の研究は少なからず今後の魔術の発展に大きく貢献した。ノーリッジ魔法学校から是非教員として向かい入れたいという話もきている」

「そうですか。少々考える時間をください」


 ロディーナは森へ向かった。

 帰らずの森と言われ、人が立ち入ってはならないとされている不可侵領域。

 なぜそんなところに向かったか?

 癇癪のようなものだった。

 行き場のない悔しさをぶつける為に、森で一暴れしてやろうと思ったのだ。

 そして、サーヴァリルと出会うことになる。



---



「この森へ立ち入ったからには相応の覚悟はできているのであろうな、ハーフエルフよ」


 目の前に現れた圧倒的な存在にロディーナは死を覚悟した。

 数々の冒険者達がこの森へ向かい、誰一人帰らなかったのはこの精霊が原因か・・・納得できると。

 そう思った。

 ロディーナはエルフの里で生まれたハーフエルフだ。

 従来エルフと精霊は非常に近しい関係を持つ。

 よって、ロディーナはすぐに理解した。

 精霊の森に足を踏み入れ、その地を荒らすことがどういう意味を持つことか。


「はぁ・・・ついてないわ。憂さ晴らしに一暴れしてやろうと森に来てみれば、精霊の森だったなんてね」


 ロディーナの瞳に映るは孤独、寂寞。

 かつての自分と似たような目をしたハーフエルフ。

 そして、エルフ族にも関わらず精霊を目の前にしてもその態度。

 普通であればエルフ族の者が精霊を目の当たりにすれば、跪き祈りを捧げるだろう。

 その命を差し出せと言われれば喜んで差し出すだろう。

 森の民であるエルフ族にとって精霊とは、崇拝の対象なのだ。


「お前は里を捨てているのか?」


 その言葉にロディーナは思い出す。

 逃げるように里を離れたことを。


「ええ、そうよ」


 ロディーナの瞳に映るは諦念、未練。

 精霊はかつての自分にかけられた言葉を思い出した。



-しかしお前、なにが悲しくて一人でそんなに暴れてるんだ?-

-俺はこれから龍の国を作る。なぁ、手伝ってはくれねぇか?-



 そう龍神からかけられた言葉。

 そして彼女は精霊へと転生したのだ。


「ハーフエルフよ、即刻森から立ち去るがいい。そして森へ近づこうとする愚かな人間共を監視せよ」


 その言葉を言い残し、精霊は森へと消えていった。



---



 ロディーナは考えた。

 精霊がなぜあそこで自分を見逃したのか。

 殺されてもおかしくはなかった。

 一時の気まぐれか、はたまた自分がエルフ族だからなのか。 

 精霊というのは決して優しくはない存在だ。

 にもかかわらず、ただ一言『森へ近づこうとする愚かな人間共を監視せよ』とだけ言い残し姿を消した。

 普通のエルフ族であれば、精霊のその命に喜んで従うだろう。

 だが里を捨てたロディーナにとって精霊は崇拝の対象ではない。

 ふと思いがよぎる。

 周囲の期待を裏切り、里を捨て、精霊の命にまで背いたと知られたらきっと・・・。

 

 森の監視者になってからは平穏に時を過ごした。

 魔力濃度の濃い森などでは稀に魔物の大量発生などが起きるケースがある。

 精霊がいるあの森に関してはそのような事は起きないだろうが、ロディーナは魔術ギルドに対しそれを進言、監視者を買って出たのだ。

 勿論、ただ監視をするわけではない。

 自身で治癒魔術の研究を続けながら、その成果を魔術ギルドへ提出するという事を条件に。

 ギルド側もそれを快諾した。

 

 数年の月日が経ったある日、赤子を連れた夫婦がロディーナの元に訪れてきた。

 生まれてから泣きもせず、眠り続ける赤子。

 医者も原因が分からずお手上げだったという。

 最後に、藁にも縋る思いでロディーナの元へ連れて来られたのだ。


「何か悪い物でも憑いているのではないでしょうか・・・」


 治癒魔術の研究者として有名だったロディーナは医学方面でもある程度名は通っている。

 夫婦はかかりつけの医者からロディーナの事を聞き、ここまで連れて来たのだ。

 医者でも匙を投げたこの赤子を自分がどうにかできると思えないが、無碍に帰すわけにもいかない。


 体の異常を調べる為に赤子の体に魔力を流す。

 病気や障害などでなければ魔力異常の可能性もある。

 この世界の人間は誰もが魔力を持って生まれてくる。

 そして、生まれながらにしてその魔力に異常を抱える赤子も極稀に存在する。

 そういった赤子は長くは生きられない。

 この子もその類のものだろうと思った。


(どういうこと?アタシの魔力が通らない・・・弾かれた?)


 ありえない事だった。

 ロディーナの魔力が通らない。

 すなわちそれは、ロディーナよりもこの生れたばかりの赤子の方が強い魔力を有しているということ。

 世界最高峰の魔術師の一人として数えられるロディーナの魔力よりも。

 結果、赤子はロディーナが引き取ることになった。

 名を、ルシェリィという。


 ルシェリィはその後も変わらず眠り続け、その魔力量は爆発的に増え続けた。

 そして半年を越える頃、内包する魔力量はロディーナを超えた。

 通常とは明らかに質の違う魔力に加え、膨大な魔力量。

 ロディーナは一つの仮説に辿りついた。

 古代龍族が操っていたとされる龍魔という魔力。

 龍魔に関しては古い文献にしか残っておらず詳しい情報は不明だが、龍族はその龍魔を操り人族の魔法を無効化したとされている。

 なぜ人族の夫婦の間に龍魔を持つ赤子が生まれてきたのかは分からないが、ルシェリィが持つもう一つの魔力は明らかに異質なものだった。

 そして2年の月日が流れる。

 

 その日は何の前触れもなく唐突に訪れた。

 眠りから目を覚ましたのだ。

 ルシェリィはロディーナに向かってその小さな両手をめいいっぱい伸ばし笑っていた。

読んで頂きありがとうございます。

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