12話 魔女の一撃
精霊の森を後にした俺達は、今何をしているかというと走っている。
言い出しっぺはもちろんルシェだ。
「3人で競争しよう」
そんな言葉から始まった。
行きの道のりでもやった気がするが。
そして盛大に転んだ気がするが。
いや、気がするだけでそんな事はなかったかもしれない。
いい年こいて走って転ぶとか、しかも卑怯な手を使って、まだ年端もいかない女児相手に、そんな事実はなかったかもしれない。
まぁ一先ずそれは忘れて欲しい。
俺も忘れるから。
最初は俺も反対したんだ。
だってまた転んじゃうかもしれないからさ。
でも大人げないルシェはこう言ったんだ。
「テンって走るの速いのかな」
「そりゃ白龍のお姫様に仕えてたって魔獣だし、四足獣だし、速いんじゃないかな?」
「よし、じゃあ競争しよう。確認しないと」
確認。
たしかに何事も確認は大事だ。
ダブルチェックという言葉もあるくらい確認というのは重要だ。
横断歩道を渡る時も右左右と確認は必要だし、何か作業をする上でも足りないものはないか、はたまた作業によっては危険はないかなど様々な確認が必要となる。
ゲームなどをする時も、まずは説明書などで操作方法を確認したりするだろう。
だから「確認しないと」なんて言われてしまったら、もう何も言い返せなくなってしまう。
「それ走りたいだけじゃん」なんていい返したとしても「いや確認だよ」と言い返されればジエンドだ。
簡単に言えば、競争なんてしたくない俺は反対したのだが「確認」という言葉を用いられ、一発で論破されたというわけだ。
だから素直に従った。
「そっか。確認なら仕方ないね」
そして、案の定テンはめちゃくちゃ速かった。
ルシェの全力でも全く追いつけなかった。
ルシェとテンが全力疾走なんかするもんだから、俺みたいな虫けらはあっという間において行かれた。
悪いけど日本でその速度で走ってたら確実に警察に捕まるからね?
制限速度何キロオーバーですかって話なわけで。
一発で免許取り消しですから。
なんて心の中で負け惜しみを吐いてもここは異世界なわけで。
あの暴走少女をお巡りさんが捕まえてくれるはずもなく。
いや、仮に警察がいたとしてもアレを捕まえるのは無理だろう。
きっと伝説の走り屋になるに違いない。
ルシェはスピードの向こう側でも目指してるんだろうか。
「遅いよトーワ!」
「ま、本気出してないからね」
「転ぶから?」
「ぐぬぬ・・・」
どうか生意気なメスガキにだけはならないで欲しい。
あんまり酷い事言われたら俺のアイデンティティーが音を立てて崩れてしまう。
あれ?俺にアイデンティティーなんてあったっけ?
そんなこんなで俺達は家に着いた。
「ただいま帰りました、師匠」
「ただいまお師さん!」
「ずいぶんと早かったわね。もっとゆっくりしてくるもんだと思ってたわ」
「ゆっくりっていっても森には何もないですからね」
「それもそうね。で、それ・・・なに?」
テンに跨ってるルシェを見てロディーナは怪訝そうな表情をした。
「テンだよ!飼うの!」
う~ん、飼うとはちょっと違うような・・・。
そんな事言ったらテンが少し可哀想な気がする。
一応、白龍のお姫様に仕えてた高貴な魔獣なんだから。
「それ天狐よね・・・?トーワちゃん、一体何があったの?」
「順を追って話します」
それから俺は事の経緯をロディーナに話した。
もちろん、隠すことなく全てだ。
ルシェが白龍の姫の娘だった事も、どうしてルシェがこの時代に生まれてきたのかも、そして白龍の姫に仕えていたテンがルシェを主として認めた事も、包み隠さず全て話した。
ロディーナは口を挟むことなく黙って聞いた。
「あとサーヴァリルさんからの伝言です。ルシェの事とても感謝していました。お礼を伝えて欲しいと。あと、もう森の監視は必要ないそうです。あぁそれと、何かあれば森へ来てもいいとも言ってました。恐らく、これから先力になれることがあればって事だと思いますよ」
ロディーナは少し驚いた顔をしたが、すぐに表情をほころばせた。
「そう。ま、アタシが森に行く事なんてないでしょうけどね」
そう言いながらもロディーナはとても嬉しそうだった。
俺としては、2人には是非仲良くしてもらいたいのだが。
ロディーナとサーヴァリルは、意外と馬が合いそうな気がするんだけどな。
「それにしても天狐なんて・・・ずいぶんと珍しい魔獣を連れてきたわね・・・」
「やっぱり珍しいんですか?」
「バラティエ大陸にある極一部の山奥にしか生息してない魔獣よ」
バラティエ大陸とは獣人、魔族、ドワーフ、エルフなど多種多様な種族の国がある大陸だ。
この世界で一番大きな大陸でもある。
大陸面積はここ南西大陸の約4倍だ。
世界樹といわれる巨大な樹がある大陸でもあり、南部は獣族、北部は魔族が支配している。
世界樹があるのは獣族の国だ。
「エルフの国でもその昔、王族に従属してた天狐がいるって言われてたけど、本来であれば多種族に従属したりはしない魔獣よ。南西大陸や中央大陸だと天狐の存在すら知る人は少ないんじゃないかしら?」
「へ~そんなに珍しいんですね?ちなみに神獣とか呼ばれてたりします?」
元の世界ではたしか神獣だったよな。
天狐・空狐・気狐・野狐の順で高位な存在とされてるって本で読んだ気がする。
案外この世界から転移して迷い込んだ天狐が、元の世界で伝説になってる天狐だったりするのかもしれない。
迷い人がいるくらいなんだから、迷い魔獣だっていてもおかしくはないと思う。
「神獣?そんなわけないじゃない。不死鳥でもあるまいし。天狐は力も持ってるし知能も高いけどただの魔獣よ」
「え!?フェニックスっているんですか!?」
あの炎の中から蘇えるといわれる伝説の生き物が!
そしてゲームとかだとネームバリューの割にはそこまで強くないあのフェニックスさんが!
「ふぇにっくす?」
「元いた世界では不死鳥の事をフェニックスとも呼んでたんですよ。もちろん架空の生き物でしたが」
「一応いるとされてるわ。アタシは見たことなんてないけどね。今の時代で見たことあるなんて人はいるのかしら」
一応か・・・。
この世界でも伝承とか神話とかそういうレベルでの話なんだろうか。
でも、こんなファンタジーな世界だといてもおかしくないよね。
精霊だって妖精だってオカマだっているんだし。
あ、オカマは元の世界でもいたか・・・。
「なんにせよ、事情はわかったわ。ルシェの面倒ありがと、トーワちゃん。何か食事でも作るから休んでていいわよ」
「はい、ありがとうございます」
今更な事だけど、普通食事って弟子が師匠に作るもんなんじゃないのかな。
ロディーナは「料理は乙女の嗜みよ」と、必ず自分で作るもんだから俺はほとんど作った事がない。
俺は料理ができないから助かってるけどね。
「天狐って何食べるのかしら・・・」
そんなロディーナの声が聞こえてきた。
もうお母さんだな・・・。
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この世界に来てから約1年半が過ぎた。
まずテンについてだが物凄い身体能力を持っている。
戦闘能力についてはまだまだ不明なところはあるものの、恐らく弱くはないだろう。
なんせルシェとじゃれ合って遊べるくらいだ。
おかげで俺もロディーナも助かっている。
ルシェは時々本気で相手をして発散させないと、その内ストレスを爆発させる。
ただロディーナも嫌がってたように、ルシェの相手は非常に疲れるのだ。
それを今はテンが担ってくれている。
ルシェの底なしの体力にバテもせず相手をできる時点で、そこそこの戦闘能力を持っているとみていいだろう。
そして、テンは本当に良く眠る。
一日20時間近く寝ているのはないだろうか。
食事も数日に一度しか取らない。
ルシェの相手をし、世話もかからず、食費もかからず、ほとんどを大人しく寝て過ごす、まさに理想のペットだ。
いやペットとは違うんだが・・・。
ルシェの護衛と言った方がいいのか?
ただ、護衛が必要なほど物騒でもないし、この辺りの魔物はルシェでも倒せる。
それに加えテンが来た事により、ほとんど魔物が近寄らなくなった。
そうなるとやはり扱いはペットという感じになってしまう。
いや、ペットというよりルシェの友達といった方が近いだろうか。
そして知能も驚くほど高い。
ルシェより頭が良いんじゃないだろうか。
さすが白龍の姫に仕えていた魔獣といったところだ。
修行の方も順調に進んでいる。
双撃魔術もなかなか様になってきた。
まだ少し制御が甘い部分はあるものの、左右の手で別々の魔法を同時に放つまでは出来る様になった。
ロディーナの言う通り、これが出来ると戦闘の幅が大きく広がる。
制御の難しさや、消費魔力の大きさ故に使い手はほとんどいないようだが、それでも習得して損はないと思うくらいに便利だ。
それなのになぜ使い手が少ないのか?とロディーナに聞いたところ、そもそも練習段階で魔力量が足りず、練習すらままならない魔術師がほとんどなんだそうだ。
要するにあの両手で魔力球を作り出す練習が魔力を馬鹿食いするらしく、その練習方法が嫌厭されてるらしい。
ちなみに、今日は魔女の一撃の最終試験だ。
試験内容は、ただ放てばいいという訳ではない。
ロディーナが魔力制御の邪魔をしてくるので、制御を保ちながら放たなければならないのだ。
もちろん本気でレジストをしてくる訳ではない。
ロディーナに本気で邪魔をされたら恐らく、いや確実に無理だろう。
試験は家から少し離れた場所で行う。
制御をミスして雷を家に落としてしまったら丸焦げになってしまうからだ。
魔女の一撃は狙った所に落とすのが一番難しい。
狙ったつもりでも全く別の所に落ちたりするのだ。
「緊張するな・・・」
別に試験に失敗したからといってどうこうなるわけではない。
入試のように一年に1回しかないわけでもないし、できなかったからといって弟子をクビになるわけでもない。
それでも、試験と言われれば気は引き締まるし緊張もする。
「いつも通りできれば大丈夫よ」
「トーワ頑張れー!」
ルシェとテンもついて来てるから余計に緊張する。
人に見られるとなんか緊張するよね。
俺は本番に強いタイプではないから余計だ。
それでもこの世界に来てから魔術の修行をして一年半、自分なりに努力をしてきたつもりだ。
かつて、ここまで何かに夢中で頑張った事はあっただろうか。
いや、なかった。
というか・・・特に趣味と言える事もなかった気がする。
そりゃ人並みにはゲームをしたり、アニメを見たり、学校でスポーツをしたりはした。
ゆきの影響で本を読み漁ってみたりもした。
それなりに全部楽しかったが、趣味として打ち込んだ事は一度もない気がする。
あぁ・・・本で思い出したが、ゆきは元気でやってるだろうか。
あれから一年半も経つのか・・・。
俺が元の世界で最後に見た光景はゆきの姿だった。
なぜあの日ゆきはうちに来たんだろう。
俺があの日この世界に転移する事を、ゆきは知らなかったはずだ。
たまたまだったのか?
ゆきが、転移する直前の俺に向かって手を伸ばしてる姿は今でも脳裏に焼き付いている。
ゆきはあまり感情を表に出したりするタイプではないし、饒舌な方でもない。
ましてや声を荒げたりなんて見た事がない。
そんなゆきが俺の名前を叫んで、必死な表情で手を伸ばしてきた。
(せめて一言・・・・・・伝えてくればよかったかなぁ・・・)
心配したに違いない、驚いたに違いない。
転移直前、あの部屋には光の粒子のようなものが溢れてた。
何かただ事じゃない事が起こっていると思ったかもしれない。
(会いたいな・・・)
ゆきの事を考えていると、そんな感情が湧いてきた。
もう会えないんだと思うと胸が痛くなる。
ゆきは物心付いた頃にはもう一緒にいた存在だ。
ずっと一緒だった。
幼馴染といえば幼馴染なんだけど、それともまたちょっと違う気がする。
どちらかというと家族に近い。
ゆきの父親は学者で家を空ける事が多かった為、小さい頃から週の半分以上うちで預かっていた。
そう思うと、黙ってこの世界に来てしまうのは本当によくなかった気がする。
ゆきはそんな俺を裏切ったとか思ってるだろうか。
なぜ話してくれなかったのかと。
俺があの場から突然消えた、いや、消えたというか転移した理由はうちの両親が説明してるはずだ。
(ちゃんと自分の口から話すべきだったな・・・)
この世界に来てからこんなにゆきの事を考えたのは初めてかもしれない。
いや、考えないようにしてたというべきか・・・。
今更だが俺は・・・ゆきの事が好きなのかもしれない。
ちょっと気づくのが遅いな・・・。
「ずいぶんと調子が良さそうね。体中に魔力が充実してるわよ」
「そうですか?」
自分ではよく分からない。
ただ・・・今ならできる気がする。
「あの木に放ちます」
そう言って俺は空に手を向けた。
杖はなしだ。
グッと魔力を込めると、向けた先の上空で渦のような空気の流れが見え始める。
同時にロディーナもレジストを始めた。
大丈夫だ、できる。
俺は更に魔力を練り上げて、上空に空気の渦を作り上げていく。
渦はグングンとその回転を上げ、次第に収縮しようとする力が強まり始める。
まだだ・・・。
中心向かい収縮しようとする渦を無理矢理広げ、更に大きくしていく。
同時に更に回転を上げる。
この魔術は、渦の回転が速くなるにつれて中心に収束しようとするのを無理矢理広げ、更に回転を加える事で電撃を発生させる魔法だ。
この制御に失敗すると術は完成しない。
もっとだ・・・もっと大きく、もっと速く。
やがて広がった渦にバチバチといった紫電が纏い始める。
暴れるように紫電は激しさを増していき、収縮の力は更に強くなっていく。
もう少し・・・。
そして限界までその大きさを広げ、超高速で回転する巨大な渦を、中心へ向かい一気に収束させた。
圧縮された渦が逃げ場を失い、パリリッっと紫電が小さく音を立てる。
「魔女の一撃」
-バガァァァァァァァァン-
閃光と爆音が辺り一面に広がりビリビリと大気が震えた。
命中だ。
「これは・・・すごいわね・・・」
「よし・・・!できた・・・!」
俺は小さくガッツポーズをした。
できた。
木にもしっかり命中した。
命中した木は半分消し炭になってほぼ原型をとどめていなかった。
地面が赤く赤熱しブズブズと黒煙を上げている。
威力も問題ないはずだ。
「師匠!できました!」
「いいなぁ。あたしもビリビリ使いたいなぁ」
「合格よ。途中から割と本気でレジストしたんだけどね・・・」
「はは、騙されませんよ。師匠が本気になったら敵うわけないじゃないですか」
「魔力媒体なしでここまでできれば問題ないわ。威力に関しては合格点以上よ。しかしまぁ、龍族ってのはとんでもないわね」
ロディーナはこう言ってくれるが、正直この人には全然勝てる気がしない。
割と本気というのも恐らく全然本気ではないだろう。
それでもロディーナのレジストを破り、術を完成させて放つ事ができたのは嬉しい。
成長してる、そう思う事ができた。
「ありがとうございます!」
これで今俺が使える攻撃魔法は以下の通りになる。
【火属性】
炎弾:炎の弾を高速で撃ち出す。
炎柱:ファイヤボールの上位互換。着弾した炎弾がそのまま燃焼し続ける。
爆裂炎弾:フレイムピラーの上位互換。着弾した炎弾が爆発を起こす。
【風属性】
風斬:風の斬撃を飛ばす。
風圧:圧縮した空気の塊で目標を押し潰す。
大気振動:大気を震わせ目標を麻痺させる(五感を狂わせる効果もあり)
魔女の一撃:落雷魔法。
【水属性】
水弾:水弾を高速で撃ち出す。
氷弾:氷の弾、もしくは氷の矢を飛ばす。
氷柱:無数の氷の柱を地面から突き出す。
【土属性】
土弾:岩の塊を高速で撃ち出す。
土壁:土の壁を作り出す。
【龍魔混合】
電撃麻痺:弱い電撃を放ち目標を麻痺させる。致死性はない。
【光闇属性】
ヒール:傷を治す。四肢欠損は不可。(初級治癒)
【特殊スキル】
双撃魔術
身体強化(通常魔力) ※ルシェリィが使う龍魔による身体強化とは別。
そして更に半年が経過し、俺の旅立ちが近づいた頃、ある事件が起こった。
読んで頂きありがとうございます。
一章完結まであと少しとなります。
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