慣れと油断 その1
良く晴れた空の下、ゆっくりと進む荷馬車の荷台に腰掛けながら、俺は今まで通って来た道をぼんやりと眺めていた。
小都市ラムールを出て約半日。どこまでも続きそうな道と平原の先にもうラムールは見えない。
進行方向に目を向けると、遥か先には左右に広がった森。今回の目的地が見えた。
ラムールから森までは急げば一日かからない。
だが森を抜けるには一日近くかかるので、そのまま行くと森の中で夜になってしまう。
夜の森は危険なので、よほど急いでいない限り普通は森の手前で一夜を明かす。
「少し休憩するか」
「そうだな」
ロイの提案に御者を務めていたレウが馬車を止める。
俺は馬車を降りると馬に積んでいた干草と水を与え、ジグは荷台に積んでいた箱のずれを直す。
特に仕事のないロイは馬車を降りると座りやすそうな大きな石に腰掛け言った。
「休憩がてら今回の依頼と役割を確認しておく。そのまま聞いてくれ」
全員一瞬だけ視線をロイに向けたが、すぐに各々の作業を再開する。
「今回の仕事は森に出現するゴブリンの退治又はゴブリンの集落発見だ。二次依頼として薬草の採取も受けている。だが、一番の優先事項はゴブリン退治だ。集落の方はたまたま見つけたら報告するというだけで、積極的に探したりはしない」
まあ、当然だろう。
確かにゴブリン退治より集落発見の方が報酬もレベル昇格のための評価もずっと高い。
とはいえ森を抜ける道周辺に集落を作るはずはないので、探すとなると森の中をあてもなくさまよう事になる。
そんな危険で効率が悪い事を進んでやる奴はいない。
「今回のゴブリンは森を抜けようとする少人数の旅人を襲っている。だから俺たちは少人数の旅人を装って森を通り、奴らを誘い出す。森の中の御者はアーム」
「ああ」
呼ばれて頷く。
「俺と他の奴は荷台で布をかぶり荷物のふりだ」
レウとジグも無言で頷く。
「森を抜けるのに約一日。これを二往復の計、四日かけてやるわけだが……今回の拘束補償は三日分、行きと帰りを入れて六日かかるわけだし、ゴブリン退治は一往復半の三日もやれば義理は果たせるだろう」
「まあ、三日も出なければ四日目も出ないだろうしな」
レウの発言にみんな頷く。
「で、二次依頼の薬草採取だが、三日目までにゴブリンが出なかった場合のみ、最後に森を抜けるときにやろうと思う」
拘束補償は前回のコボルト退治や今回のゴブリン退治のように、絶対に出現するとは限らない害獣退治などに良くついている。
三日分ついているという事は、最低三日はねばれという意味合いもあるのだが――本当に出なかったら割に合わない。
なのでこういう場合、二次依頼というものを受けておく。
普通の依頼は現在請け負っている依頼が終了(達成かキャンセル)するまで新しく受ける事ができないのだが、例外的に二つ目の依頼として受ける事を許可されている依頼もある。
それが二次依頼だ。
二次依頼の報酬は少ないが、その代わり指定された一定期間内であればキャンセルしても依頼失敗とはならない。
「だが四日目に探しながら森を抜けるとなると、森の中で夜を明かす事になりかねん。とはいえ布をかぶっている俺たちは、ほとんど外が見えない。だから御者のアームには三日目までに薬草の生えている場所、生えていそうな場所の当たりをつけておいてもらう」
「あまり自信はないなぁ」
正直その手の知識に関しては、この中で俺が一番無い。
だけど御者は囮も兼ねている。
ゴブリンはある程度の知能を持っているから、見るからに屈強な戦士であるロイやレウだと襲われる可能性が低くなってしまう。
一番の適任者はジグだけど、彼は馬を扱えない。
となると消去法で俺がやるしかないのだ。
「まあ、こういうものには向き不向きもあるしあんまり期待してないから、それっぽいものを見かけたらなんとなく覚えておく程度でいいさ」
「努力はするよ」
レウのフォローに軽く手を上げて答える。
「で、敵が出現した場合だが――馬車を止め、適当に『敵だ!』などの声を上げてくれ」
「わかった」
「戦闘に入ったら敵の征圧は俺とレウがする。他の二人は馬車を守ってくれ」
「おう」
「了解」
「わかった」
俺たちはロイを見て頷く。
「特にジグとアームの任務は重要だ。今回の馬車は依頼主、つまり都市からの借り物。一部破損くらいなら大して問題にならないだろうが、馬が死ぬなどの全損の場合はそれなりの賠償をしなければならん。そんな事になったら大赤字もいいところだ」
「ああ」
「わかった」
俺もジグも頷きはしたが、もしそうなったとしてもさすがに大赤字は言い過ぎだろう。
危険な依頼で依頼主から借りたものが駄目になっても、報酬の減額程度で大赤字になるという事はまずない。
まあ、絶対とはいえないし、それくらいの気持ちでという事なんだろうけど。
「よし、そろそろ出発するぞ」
依頼と役割の確認も終わったところで休憩を終え出発する。
その後、俺たちはちょっと薄暗くなる頃には森のだいぶ近くまでたどり着き、今日はそこで野宿をする事にした。