地味な仕事 その3
「ああ、おはよう」
俺は挨拶をしてきた少年――パーティメンバーのジグに挨拶を返す。
彼は俺より少しだけ早くハンターを始めた秘術師。
少し年上だが、ハンターの経験や年齢が近い事もあり、仕事のない日でも一緒にいる事が多い。
ジグはテーブルの向かいに腰をかけると、黙々と朝食をとり始めた。
俺はそのまま手紙の続きを読む。
「お、例の恋人からの手紙か?」
「違うよ、母さんと従姉からだよ」
ジグのちゃちゃに俺はいつも通り答える。
「その従姉はやっぱ恋人なんだろ?」
「違うよ、ほとんど姉だよ」
このやり取りは何度目だろう?
手紙は母と四つ年上の従姉の姉さんから来ると教えてから、手紙が来るたびジグには同じ事を言われる。
姉が居た事があるわけじゃないから、ハイムが本当に姉のような存在なのかは良くわからない。
だけど俺とハイムの関係は、母さんと叔父さんの関係に似てる気がする。
歳の近い母親みたいな感じと言うか……。
「そういえば、前から思ってたんだけど」
「ん?」
「手紙の返事は手紙を持ってきてくれる人に渡してるんだよね」
「そうだけど」
「それだと返事って、いつも一回遅れになるよねぇ」
「まあね」
都市間ならともかく街道から外れた村への郵便などあるはずもない。
だから手紙を出すとなると村と都市を行き来する人についでに持って行ってもらうという事になる。
ハンターに依頼して持って行ってもらうという手もないわけじゃなが、金銭面や効率を考えると定期的にやり取りする手紙で使う方法じゃない。
一回遅れであろうとも、結局は手紙を持ってきてくれた人にそのときついでに持っていってもらうという方法が一番確実で早いのだ。
俺は手紙が来てから大体一ヶ月以内に返事を書き、それを受付の人に預けている。
だから、書いてから何ヶ月か経った手紙を送る事になるんだけど――
「まあ、どうせ代わり映えしない毎日だから、一回遅れでもあんまり問題ないけどな」
「まあ、そうかもねぇ」
そう、代わり映えしない毎日。
村を出て1年以上経ったけど、ハンターレベルはいまだ2で、一人前のプロハンターと認められるレベル3にはまだまだ遠い。
確かにレベル2から3になるには数年かかるとは言われてるけど、人によっては1年どころか数ヶ月なんて事もあると聞く。
レベルの昇格にはギルドマスターの承認が必要で、色々と細かい条件はあるけど、簡単に言えば難しい依頼をたくさんこなすと速く昇格し、そうでない依頼だとなかなか昇格しない。
しかし俺たちのパーティが受けている依頼といえば、都市近辺の田畑や牧場、街道などに出没するゴブリンやコボルト退治ばかり。
たまに違う依頼を受けても、毛皮や肉などを目的とした比較的おとなしい動物の狩りや森に生える薬草の採取など低レベル向けだ。
こんな事ではいつまでたってもドラゴンスレイヤー試験の受験資格、ハンターレベル5には昇格できないんじゃないだろうか。
俺は自分を天才だとは思ってないし、数ヶ月とか2~3年でそこまでいけるとも思ってない。
そもそもレベル5まで行けるハンターなんてほんの一握り。俺にそこまでの才能は無いかも知れない。
だけど可能性がゼロだとは思ってないし、そこに向かうための努力はできるだけして行きたいと思ってる。
しかし……というかだからこそ、ハンターを始めた頃からずっと代わり映えしない同じような低レベル向けの依頼ばかりこなしていると、このままで良いのだろうか? といったような何かあせりのようなものを感じてしまう。
「なんかこう、たまにはいつもと違う依頼でも受けたいよなぁ」
「と言うと?」
「魔獣の退治とか」
「そういうのって僕らにはまだ早いでしょ」
確かに俺たちはまだ一応のハンターとようやく認められるというレベル2で、そういう仕事は正式にプロのハンターと認められるレベル3からやるような仕事。
今の俺たちが二人でやったら簡単に返り討ちにあうだろう。
しかし俺たちのパーティには正式なプロハンターであるロイとレウがいる。
この二人はかなり強い。
ハンターレベルこそいまだ3だけど、実力的にはレベル4のハンターと遜色ないんじゃないかと個人的には思う。
この二人がいればもっと強い敵と戦うような依頼だって問題なくできるはずだ。
二人におんぶに抱っこ状態で依頼を受けるというのもなんだけど、ドラゴンスレイヤーを目指す身としては、自分だけでは対処できないような強敵との戦いといった経験もつんでおきたいところ。
「でも、強敵と戦うような経験も……」
「強敵との戦闘は避けるのが、本当のプロハンターだぞ」
不意にかけられた声に振り向くと、そこには長身の男と大柄な男が立っていた。
パーティメンバーのレウとリーダーのロイだ。
「よっ!」
「おはよう」
挨拶を交わすと二人は俺たちと同じテーブルにつき、朝食の乗った盆を置いて食事を取り始める。
「でも、強敵との戦いを避けてちゃ強くなれないんじゃないか?」
俺の質問にレウはパンをかじりながら答える。
「いや、避けられるだけ避けろよ。『死神は無謀な勇者を愛す』なんて言葉があってなぁ、くぐり抜けた修羅場の数だけ強くなれるとか思ってんのかもしんねえけど、たくさんの修羅場をくぐったハンターはだいたい死んでるぞ」
正論にぐうの音も出ない。
しかし――
「それはそうかもしれないけど……強い奴っていうのはそういうのでも死なない奴なんじゃないか?」
「それで生き残れればそうかもな。でも、そういう無理をして才能を開花させる前に死ぬ奴も少なくない。お前らみたいにちょっと慣れてきた頃の奴は特に危険だ」
その言葉にそこまで黙って聞いていたジグが口を挟む。
「いや、僕は強敵とは戦いたくないし、危険はなるべく避けるべきだと思うんだけど」
ハンターをやっているのは金のため。その金は食うに困らない程度あればいい。
そう言い切るジグはそうなんだろう。
「でもさぁ……」
「さて、次の仕事だ」
いつの間にか食事を終えたロイは、言いかけた俺の言葉を雑談はここまでだとばかりにさえぎって、一枚の紙をテーブルの上に広げた。
依頼書だ。
俺は内容を確認するため、それにざっと目を通す。
「またゴブリン退治……」
顔を引きつらせながら見ているとジグが反論する。
「いや、この前はコボルト退治だったじゃん」
ああ、そうだな。だが、俺が言いたいのはそういう細かい事じゃない。
しかしいちいち口にするのは面倒なので、うんざりとした視線だけで答えた。
「良く見ろ、今回はいつもと少し違うぞ」
ロイの指摘に依頼内容を良く見てみる。
依頼内容は『ゴブリンの退治、又は集落の発見、もしくはその両方』。
小都市ラムールから王都ランダルトに行く途中にある森の中で、旅人がゴブリンに襲われる事件が何件か確認され、その件数の多さから森の中にゴブリンの集落ができた可能性が考えられるとのこと。
「なるほど、確かにいつものとは少し違うな」
いつもは都市の周辺にある牧場や農場、近くの街道に出没するゴブリンやコボルトの退治であり集落の探索はやったことがない。
「やったな、いつもと違う依頼だぞ」
「……そうだな」
でも結局またゴブリンじゃん……そう思いながら右手を握り親指を立てるポーズを取るジグに俺は力なく答えた。