慣れと油断 その3
「くそっ」
絡みつく蔓を抜き身で持った剣で薙ぎ、俺はゴブリンチーフを追う。
村じゃ森で狩りもしてたからこういう所は得意だと思ってたんだけど……さすがにここを棲みかにしているゴブリンの方が一枚上手と言ったところか。
俺と奴との距離は縮まるどころかじわじわと離れて行く。
もう数分は追ってる気がするしここらが諦めどきか?
そう考えたとき、遥か後方から叫び声が聞こえてきた。
立ち止まって後ろを振り返る。
これは……ジグ? まずい!
そして前を向くと、逃げていたはずのゴブリンチーフもなぜかこっちを向いて立ち止まっていた。
その顔がニヤリとゆがむ。
まさか……罠?
背中がざわつき血の気が引く。
ジグは秘術師だ。
秘術師の戦闘能力、特に身体能力は一般人と大差ないくらい低く、ゴブリンが数匹で襲ってきたら一人で対処するのは難しい。
もちろんベテランハンターの秘術師なら余裕だろう。
だが――ジグはそうじゃない。
本当に罠だったのか、それとも偶然か。
それはわからないが、検証している余裕はないし意味も無い。
俺はもうゴブリンチーフには目もくれず、ひたすら来た道を全力で戻った。
ジグ、無事でいてくれ!
絡まる蔓を強引に引きちぎり、無我夢中で走り抜け、そしてようやく道に出る。
そこには戻っていたロイとレウ、そして秘術で出血した怪我の止血をしているジグがいた。
地面にはまだ右耳がついたままの新しいゴブリンの死体がいくつか転がっている。
ぜぇ……ぜぇ……。
「す……まん、ジグ」
息も絶え絶えに、何とか声を絞り出しジグに謝罪した。
「馬は大丈夫だよ」
軽く笑いながらジグはそう答える。
大事なさそうだ。
すー、はぁ――
俺は安堵しつつ深呼吸で呼吸を整える。
「でも、本当に無事でよかっ――」
言い終わる前に、俺は顔面にヒットしたロイの拳によって吹っ飛ばされた。
「何を……」
「バカヤロウ! ジグを殺す気か!」
ロイは左手で俺の胸倉をつかみ立ち上がらせると、もう一発殴ろうとする――がその腕をレウがつかむ。
「それくらいにしておけ」
ふぅ――
一息つくと、ロイは手を離し俺は解放された。
「今回の依頼はこれで終わりにして戻るぞ」
そういうと、ロイはまだ右耳の残ったゴブリンの死体から耳を回収しはじめる。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
オーラを張っていない状態でロイの拳を受けたため、俺の左頬は腫れていた。
だがジグがかけようとしていた治癒秘術を手で制し断る。
そして少し重い空気が流れる中、俺たちは黙々とゴブリンの死体を片付けその場をあとにした。
行きと同じ森の手前の草原。
少し暗くなってからようやく森を抜けた俺たちは、ここで野宿する事にした。
月の出てない草原の夜は暗く、空には満天の星、遠くにはぼんやりとした明かりが一つ見える。
あれは多分、俺たちよりも先にキャンプ場を出た隊商が野宿をしているのだろう。
見張りをしているレウと眠れない俺以外の二人は荷馬車のそばで寝息を立てている。
どうせ眠れないのなら見張りを交代しようと思い、俺はレウの居る焚き火に近づいた。
「眠れないのか?」
焚き火に薪をくべながらレウは俺に尋ねる。
「ああ、だから交代しようと思って」
「そうか……」
そして――しばしの沈黙。
水分を多く含んだ木が焚き火ではぜ、バチッという音が響く。
「まだ痛むか?」
「え? ああ、問題ない」
一瞬何の事かわからずとぼけた返事をしたが、たぶんロイに殴られた顔の事だろう。
屈強なロイの拳をオーラなしで受けたから、それなりに腫れてはいるし痛みも無いわけじゃないけど、眠れないほどじゃない。
「悪かったな。許してやってくれ」
「なんでレウが?」
「あいつは多分、素直に謝れないだろうから」
そういってレウは笑う。
「気にしてないさ。それにレウとロイには感謝してる」
「感謝?」
思い当たる節が無い、レウはそんな感じの不思議そうな顔をする。
「今日、ジグに取り返しがつかないような事が起きていたら、俺はハンターを続けて行けなかったかもしれないからさ」
「取り返しのつかない事――か」
レウは焚き火の炎を見ているのに、すごく遠くを見ているような、遠い過去を見ているようなそんな感じ見えた。
「過去に何か……いや、なんでもない」
ハンターに過去や出身地を聞く事はご法度とされている。
脛に傷を持つ場合や、滅んだ村や都市の出身者という場合もあるからだ。
もちろん俺が出身地をオープンにしているように、自分から話す場合は別だが。
「つまらん話だぞ?」
「それはかまわないが……いいのか?」
レウは軽く頷く。
「まあ、ロイの過去でもあるんだが、お前は一発もらってるんだから聞く権利はあるだろう」
「それ、本当にいいのか?」
「ああ、何しろそれと無関係な話じゃないからな」
そこまで言うとレウはまた薪をくべる。
そして少し水分を含んだ木が焚き火ではぜ――しばしの静寂のあと、レウはゆっくりと語り始めた。




