7.出撃
目の前にいるモンスターは、スライムである。見た目はそのものだし、チラ見程度だがチューブの表示を見てみると「スライム種」と表示されている。具体的な名称は検討中のようだ。名称が何であるにしても、スライムであることに変わりは無いが。
だが、だがだ。
「……デカすぎねぇか?」
……俺の身長の数倍の高さがありそうな、スライム、である。さっきのベチャベチャ跳びはねていたアイツらと同じ種類のモンスターか? と疑いたくなるような大きさの違いである。
そんな大きすぎる相手と戦うにはどうすればいいか。
モンスターには様々な弱点があるが、どんなモンスターにも共通する弱点が一つある。核の破壊だ。
探索者協会は推奨していない。核に罅を入れる程度であれば何とか情報を読み取れるが、完全に破壊されてしまったら情報を抜き取れなくなってしまうからだ。破壊された核は買い取りも行っていないので、探索者もできるだけ綺麗なまま核を得ようと日々奮闘している、らしい。
だが、俺には関係ない。先程まで核を拾っていたし、勿体ない気がしなくもないが、命には代えられない。
そうと決まれば、核破壊の一点突破を目指す。まずは核を見つけないと――……。
等と考えていたら、スライムが動き出したのを横目で確認した。激しくポヨポヨして何かをしようとしている。先程のリキッドバレットスライムの様に跳ねる様子はないから別の動きだと思う、というか思いたい。あの巨体の重量がいかほどのものかは見ただけではわからないが、結構なものだと推測できる。二十五メートルプールの半分ほどの不純物を含んだ水でできていそうな体だ。跳んできたら巨体過ぎて避けられないし即死すると思われる。
とりあえず動いて狙いを定めさせないようにしながら出方を疑――いま、びゅって、なにかでて、かお、すぐ、よこ、とおった。
……俺の顔のすぐ脇を通り過ぎていったそれの行方を確認する為に恐る恐ると振り返ると……壁に槍が刺さっていた。
「……チューブさん、疑ってごめんなさいっ!!!」
アイツ同類だわ!? 跳ぶのは自分じゃないが、遠距離攻撃してくるのと壁に穴が空くのは一緒かよ! ヤバいヤバいヤバい、これ当たったら即死だ!
というか、槍!? どこから出てきたそれ!
「っうおわぁーーーっ!!!」
考えるのは後だ! 今度は剣が飛んできた!!! 俺は制御とか考えずに全力疾走した。斧はとっくのとうに手放している。あんな重いものを担いだままで走れる訳がない。
スライムの周りを全力疾走して攻撃を躱すついでに核を探す。躱す、なんて言っているが、そんな高尚な事はできていない。目の前のデカ物の射出速度は弾丸野郎とは桁違いに速い。せめてもの救いは狙いが甘いところか。
飛んできたモノは槍から始まって、剣、斧、斧槍、大剣、細剣、短剣、短剣、短剣、短剣、って短剣多いな。あと杖と箒があった。魔法使いセットか。
あの半透明なスライムのどこにそんなものが収納されているのか、検討も付かない。だって、向こう側が透けているのだ。観察していて気が付いたが、そこにいきなり剣やら何やらが現れてこちらに飛んでくる。ポヨンって少し跳ねる予備動作がなければ何時飛んでくるか全くもってわからない。
それにしても綺麗な透明だ。先程はスライムの体を構成しているので不純物が含まれた水だと思ったが、余りにも透明で澄んでいるので不純物など何も無いと思ってしまう。純水というわけでもないだろうが。いや、不純物が何も無いわけではなさそうだ。何かが浮いている。それさえなければ完璧と思えたのだが……。
あの小さくて丸くて青っぽい……そうそう、さっきから拾っているスライムの核みたいな……。
……。
「核見つけたぁ!!!」
思わず叫んでしまった。いや、見つけたには見つけたが、スライムの天辺にある。俺の持てる力を全て使っても届かないだろう。
俺に弱点を見つけられたのを察したのか、或いはただ単に叫び声に反応しただけなのか、攻撃が苛烈になっていく。大剣や斧が飛んでこなくなった代わりに槍や短剣の割合が多くなり、連射性能が向上した銃の様に、マシンガンの様に武器が飛んでくる。それを俊敏さに任せて振り切っていく。
逃げている間に、対抗策を考える。と言っても、俺が取れる手段はそんなに多くない、というか一つだ。目の前にあるモノを使ってどうにか対処する。それしかない。
アイツが投げて地面に散らばっている短剣を攻撃の間を狙って拾い上げて、右手で持って、振りかぶって、核目掛けて投げる。
スライムを真似た攻撃だ。現状ではこれくらいしか取れる手段がない、と思う。要はキャッチボールしようぜ!ってことである。殺意は高いが。
ただ、上手くいかない。最初に投げた短剣はスライムに届かず落下、二本目は見当違いの方向へ、三本目は足のすぐ脇へ落ちた。危なっ!
これが体力測定のボール投げが苦手な人間の限界である。
仕方が無いので、核を狙ってとかは止めて、とにかく高く投げることにする。投げて落ちて来たら脳天直撃なんてリスクはあるが、偶然核に当たる事を願って投げることにしよう。
***
剣や槍に目もくれず、軽い短剣を拾っては投げ、拾っては投げを繰り替えずこと、約十分。
腕が疲れた。
……いや、全然当たらない。流石ド素人、ノーコンヤロー、運動音痴。
少し休憩、と思って短剣を拾うのを止めた途端に、攻撃が止んだ。もしかしてヤツも疲れたのか?なんて希望的観測でもってヤツを見てみると、収縮しているように見えた。
さっきまでと違う攻撃パターンか!?
新たな攻撃に戦々恐々としながらも足を止めず、走りながら観察する。そろそろ体力も限界なんだが、止まるわけにはいかない。
観察していると、収縮していた体が一気に戻った。その瞬間、全身に武器が生えた。
……殺意が高すぎないか?
形状としてはウニの様で、まるで全方位からの攻撃に対応できる防具の様で――まて、ヤツの攻撃方法は何だ?ウニのようにトゲを防御に使うのではなく、武器を射出することによる射撃――……
――全方位への、無差別射撃。
無闇矢鱈と走っているだけでは当たる可能性が高い! 止まってよく見極めて避けなければ――
止まろうと思い視線を前方へと戻す。だが、一瞬でも前方への警戒を怠ったのがいけなかった。
目の前に、地面に刺さった剣に立てかけられた状態の大剣があった。
「うおっ!?」
避けようとして体を捻ったが、一瞬遅く、左足の脛が刃を掠めた。
「いつっ!?」
バランスを崩し、大剣の前で転けてしまう。
痛みを我慢して立ち上がろうとして、だが遅かった。
――射出。
溜が長かったからか、大剣や斧も連射していた時と同じ速度で飛んでくる。
それでも俺の足の速さなら!
急いで立ち上がるが、それは悪手だった。避けるのであれば転がるのがベストだった。
左足を地面に着いた瞬間、今まで感じたことのない種類の痛みを感じた。それもそうだ。脛を刃物で切ったことなどない。その痛みは、全身に電気を走らせ、動きを阻害した。
もう手遅れである。
俺の脳裏に、これまでの人生のハイライトが流れ始めた。所謂走馬灯だ。産声を上げながら生まれ、両親の愛をいっぱい貰って成長し、小学校、中学校と充実した陰キャ生活を満喫し、でも高校生になったら少し自分を変えてみようと思っていた矢先。こんなところで俺の人生は終わるのか。ごめん、父さん、ごめん、母さん、ごめん、妹よ。ただ自分の産声なんて聞いたことないのだけれどこれは誰の記憶だ? あ、走馬灯じゃなくて恐怖による幻覚だったか。
幻覚だと認識した途端に意識が現実へと戻ってくる。それと同時に違和感を覚えた。
まず、死んでいない。思考ができている時点でわかる。
次に、体の左側面に覚えのない鈍痛がある。
最後に、妙な浮遊感。
……ああ、俺は、空を飛んでいるのか。
混乱というものは一周回ると落ち着くらしい。チラリと地面を見ると、先程俺の脛を傷つけた大剣が地面に転がっている。その近くには、先程まではなかった斧。
察するに、ヤツが放った攻撃は俺に当たる事はなかったが、放たれた一本の斧が剣に立てかけられた状態の大剣の柄に当たって、大剣の腹に掬われてシーソーの要領で打ち上げられた、と。人がシーソーで飛ぶのはアニメの中だけだと思っていた。
「ぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!」
空中でジタバタすること暫し。一瞬だったかもしれないが、体感時間が途轍もなく長かった。
攻撃で死ななくて運がいいのか、打ち上げられて別の意味で死にそうな状況になっていて運が悪いのか……いや、運はいいだろう。
俺が向かう先は巨大なスライム、その頂点。核の場所である。
スライムは終始動いていないので、ここから狙いが外れる、なんてことにはならないだろう。これで直接核を破壊――
あ、武器持ってない。
……どうする?! 核が素手で壊せる様な硬さではない事はわかっている。核をスライム本体から引き剥がして地面に降りてから武器で壊す? いや、そもそも核を手で剥がせるかなんて知らないし、人間を食うかは知らないけどあのスライムに接触した瞬間から食われ始めるかもしれないし、そもそもどうやって地面に降りるのかなんてわからないし……。どうする……。
……。
え、いや、それは……。いやしかし、それだと素手で核を引き剥がすよりかは簡単だし、確実に核を隔離できるから再生する可能性は一気に低くなるし、デメリットらしいデメリットは存在しない……俺の気分が悪くなる以外は。
実行するか否かを考えている時間は、残念ながら存在しない。もうスライムは、スライムの核は目の前である。
……えぇーい、儘よ!!!
神宮龍介、スライムの核の躍り食い、逝きまーす!!!