3.第一村人遭遇戦(逃走)
食料になりそうな草を探し始めた。
今いる場所? 天井岩、壁岩、地面岩の洞窟である。草一本生えていない。
一応ダンジョンの中にも草原はある。ダンジョン内は異空間とやらになっているそうで、中なのに青空があるところもあるそうだ。
そもそもダンジョンとはどのような所なのか。よく言われるのは「ダンジョン七不思議」だ。
一つ、ダンジョンは突然発生する。原因は不明。
一つ、ダンジョンの中は異空間になっている。空、山、海等々、様々な自然が存在している。電波が届かない云々もこの異空間が影響していると考えられている。異空間になっている理由は不明。
一つ、ダンジョンには階層がある。但し、階層と言ってもビルのように床の下に下の階の天井があるわけではない。これも異空間の問題であると推測されているが、詳しいことはわかっていない。
一つ、ダンジョンの入口は真っ黒な球体となっている。通称『ブラックホール』。各階層間の移動もこれを使う。ブラックホールは一対の組み合わせとなっており、対のブラックホールは次の階層にある。詳細は調査中である。
一つ、ダンジョンにはモンスターが住んでる。既存の地球上の生物と似ているものもいれば、全く違うものもいる。全てのモンスターに共通しているのは、遺伝子データとも言える電子データが入っている『核』を持っていること、人間と同じようにブラックホールを行き来することができることのみである。どのように発生しているのか、生態とかは未だに不明である。
一つ、ダンジョン産の素材は特殊な物が多い。中には物理法則に反している物もある。チューブもそれらの素材を使った製品の一つだ。時々、素材ではなく武器や装飾品などの物品が入手できることもあるらしい。何故かはわかっていない。
一つ、ダンジョンに入った人間は『ステータス』『スキル』『称号』というものが得られる。どういった原理かは不明である。ついでに、原理不明の謎技術でチューブに表示されるようになっている。不思議である。
以上だ。
要約すると、「基本謎」の一言で済む。
異常だ。
さて、そんな異常な七不思議だが、今はこれに頼るしか方法がない。
この階層に戦わずして得られる食料『草』は無いようなので、ブラックホールを見つけて階層を移動、階層ガチャで草が生えている場所を引き当てる。これしか食料を得られる方法は無いと思う。欲しいものレーダー? そんなものは知らん。
それに、ブラックホールの近くにいれば捜索隊が俺を見つけやすくなるだろうし。
そんなことを考えながら、道に迷わないようにメモ帳に簡単な地図を書きながら進む。距離は歩数でカウントしている。ド素人が描く地図なのでグネグネしていてとても見にくいが、無いよりかはマシだろう。
T字路に出た。迷路だと左手の法則を使うが、そんなものは無視して右に行く。迷路と違って此処では地図を作っていいんだ。迷うことはないだろう。
T字路の角を右に曲がって、一歩踏み出して……もう一歩は、出なかった。
「っ……」
思わず声が出そうになるのを我慢する。
ここまでモンスターと遭遇していなかったので油断していた。先が見えない曲がり角では一時停止して安全を確認する。こんなことは地上では常識なのに。地上より危険なダンジョンでその手の警戒を怠っていた。探索者じゃない俺でもわかる。バカだろ、俺。
――――ミノタウロスが、いた。
俺よりも大きい。俺の身長の二倍ほどだろうか。そんな巨体が道を塞いでいた。
最初に遭遇するモンスターってもっとこう、スライムとか、ゴブリンとか、ウサギとか、そんなのを想像していた。初っ端ミノタウロスはいくら何でもないだろう。
どうするか、なんて考えるまでもない。選択肢は一つだ。
ミノタウロスを視界に入れたまま後ろに下がる。ヤツがこちらに気が付いていないかを気にしながら、一歩一歩、慎重に下がる。
脂汗が酷い。呼吸が浅い。いっそのこと無呼吸なら呼吸音がなくていいのではないだろうか。いやでも無呼吸だと窒息死する気が……窒息死もヤツに殺されるのも死ぬことには変わりないからつまり死こそが最適解?
マズい。頭がおかしくなった。一旦落ち着け、俺。呼吸は止めるな。
足を擦らないように高めに上げて、降ろす。高めに上げて、降ろす。上げて――
踵が岩に引っかかった。上体が後ろに倒れる。バッグが壁に当たり、ザリザリと音を立てる。ドサッと地面に倒れる。
ヤツが、振り返る。
「グルゥ?」
き づ か れ た。
「ぅぅうううわあああぁぁぁぁ!?!?!?!?」
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ――――――っ!!!!!
「グ……グルァッ!!!」
ここに来るまでに細い脇道があった! ミノタウロスの巨体では入れないような幅だったはず! あそこに入れば逃げ切れる!
後ろから轟音を響かせながらヤツが追いかけてくるのが振り向かなくてもわかる。ヤツが走るだけで地面が、空気が揺れる。
追ってくるんじゃねぇ!って心の中で叫んだがその思いは伝わること無く、ヤツが足を止めることは無かった。
幸い、ヤツの足は思ったよりも遅かった。それでも足のリーチを生かした走りで俺との差を埋めてきている。
俺が全力で逃げていると、脇道まで引き返すことができた。そのまま速度を落とすことなく、壁にぶつかりながら道へと入る。思い切りぶつかった右肩と腕が痛いが、その痛みを無視して奥へと走る。
俺が脇道へと入った、その直後。
「グルァ! アアゥガァアッ!!!」
「ひぇっ!!!」
ミノタウロスが顔を道に突っ込んできた。俺は恐怖の余り尻餅をついてしまった。
だが、予想通りヤツはこの脇道に入ってこれなかった。人一人が漸く通れるような道だ。人間よりも大きな生物が通れるはずがない。
全身に付いた砂を払いつつ立ち上がる。これで逃げ切れ――
「グルァ!!!」
「うぉっ!?!?」
手に持っていた斧を突き出してきた!? 元々長い腕にプラスアルファのリーチを加えて俺を攻撃しようとしてくる。そもそも突き刺すなら斧ではなくて斧槍だろうと言いたい。
って、それどころじゃない。もっと奥に進まねば。
全力で方向転換して走り出そうとする。
だがその直前、ヤツが腕を引くのが見えた。
諦めたのか? と一瞬思ったが、ヤツの形相を見ればそんなことはないと一瞬でわかった。ヤツは肩よりも上の位置で、体の後ろまで腕を引いた。その手には斧を持っている。そのフォームと長柄物。その組み合わせで考えられることはただ一つ。
次の瞬間、俺は頭を抱えて全力でしゃがんでいた。
「グ……ルァァァァアアアッッッ!!!」
「っ……!!!」
槍投げのフォームから射出された斧が頭上すれすれを通過したのが風圧で感じ取れた。
左右に逃げ場はないし、上に跳んで逃げるのもリスキーだと感じての行動だったが、賭けには勝ったようだ。
勝ったが、脂汗と冷や汗がさっきよりも酷い。吐き気もする。
それでも逃げ切れた。
俺は負け犬の遠吠えを聞きながら戦利品を回収し、そのまま怯えながら道の奥へと進んだ。
後ろは振り向かなかった。怖いので。