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サバイバル・イン・ダンジョン  作者: 古賀エイ
第1章 ファーストダンジョン
21/83

21.その瞳に映るモノは

 一日中寝ているので今が朝なのか夜なのか、全くもってわからない。しかし、仮に起きたタイミングを「朝」と定義するのであれば、朝。




 その時間に、事は始まった。




 まだ寝ていたタイミングで、いつも以上に周囲が、オオカミ共が騒がしいと感じた。日々疲れが蓄積されてしまっているのでできるだけ寝られるときには寝ていたいのだが、何か緊急事態なのかも知れない。オオカミにとっての緊急事態は俺にとっても緊急事態となる可能性がある。


 そう思い、重い瞼を開け、意識を覚醒させていく。


「ガゥ! ガゥガゥ!」


「グルァ!」


「アォーン! アォーン!」


 木の周囲を見回してみると、やはり騒がしくしているのはオオカミ共だった。いつもの縄張り争いが激化しているのかと思いきや、そうではないみたいだ。吠えている相手は、いつもいがみ合っている他の群れではない。争う事をせず、同じ方向に向かって、一丸となって威嚇している。餌の俺すら無視して、一体何に対して……?


 ヤツらが吠えているのは、俺の背中側に向かってだ。俺からは見えない。その「何」を知るために、先程まで寝ていた枝の上でバランスを取りながら、俺は体の向きを変えた。


 視線を向けた先には毎日見ていたブラックホール。ただ、一つ違いがあるとすれば――


「――忘れてた……っ!」


 ――中から岩でできた腕が生えている、という点か。


 俺は、失念してた。この階層で最初に寝た場所がブラックホールの脇で、その時に襲われなかったから、無意識に、何の証拠もなく「ブラックホールの傍は安全である」と思い込んでいた。


 そんなわけがあるか。


 何で『ダンジョン探索者』などという職業が生まれたのか? 既存の軍ではダンジョンからあふれ出すモンスターへの対処が間に合わなかったからだ。


 ダンジョンに住まうモンスターは、階層に留められているわけではない。留まっているわけでもない。ヤツらは地上に出てくることが出来るのだ。だったら、ヤツらが自由に、何の制限もなく、階層を移動できることなど、わかりきったことだ。


 何故かって?


 階層移動も、地上に出るのも、どちらもブラックホールを通るからだ。もし仮に、地上用とダンジョン内用の二種類に分けられておらず、全て同じ仕様だったとしたら。


 ヤツらは、モンスターは、確実にブラックホールを通ることができることになる。


 ……実際、目の前で起こっているのだから、仮定も何も無いが。


「……そういや、この階層に来たばっかりの時に考えてたっけ」


 本当は音を一切立てずに静かにしておくべきなのだろうが、思いだした事があり、思わず口に出していた。


 この階層に来て、思わず寝てしまったその後。無防備に寝ていたにも拘わらずモンスターに寝込みを襲われなかった事で、ブラックホール脇はモンスターに襲われないと思い込んでいた。一応気にしておこうと思っていたことすら、精神的な疲労が蓄積していた俺は忘れていた。その結果が、このザマだ。寝ていた木がブラックホールから少し離れた位置だったことと、地面で寝ていなかっただけマシか。


 何はともあれ、少し考えればわかるようなことを見逃していた辺り、視野が狭まりすぎていたか。


 とにかくここは危ない。急いで避難をしなければ。


 木から下りるついでに幹に刺していた短剣を回収。他にも、時間の許す限り周囲に散らばっている武器類を回収する。撃ちっぱなしにしていたのでオオカミの死骸に刺さっていたりする。臭いを我慢して回収を進める。


 そうこうしている間に、ブラックホールから敵が姿を現した。チューブで確認すると、こう表示された。


『ゴーレム(解析中)』


 ファンタジーキター!っと普段であれば叫んでいるところだが、生憎と叫ぶだけの元気はなく、叫べる状況でもない。


 遠目に見ているので正確な所は分からないが、身長は俺の約三倍といったところだろうか。とすると……約5メートルか?体重は予測が付かない。少なくとも、たった数キロなんてことはないだろう。太い胴体と腕、足を備えた、動く岩の塊だ。人型だが頭が上に付いている訳ではなく、胸の中央にセンサーのようなモノが付いていた。恐らくそれが動物で言うところの「顔」なのだろう。


 とりあえず……あーもう、寝起き・空腹・喉の渇き・思考能力を最低限にまで低下させて思考に使うエネルギーを削減する作戦のせいで頭が上手く働かん。頭を覚醒させる方法方法……。


 例えば、先日は眠気覚ましに【収納庫(ストレージ)】に入ってしまったネズミの死骸について思い浮かべ、て……。


 ……。


「うっぷ」


 わ、忘れてたーーーっ! まだ出してなかったぁーーーっ!!! 危うく草を吐くところだった! あー目が一気に覚めた。今度こそ忘れずにネズミ捨てないと……。だが今はこの気持ち悪さを力に変えて考えろ!


 前衛としてオオカミがいるから俺は後衛か。だったら、俺は森の奥へとそそくさと逃げ、じゃなかった、後退して――


「グルァ!」


 オオカミの一匹が俺目掛けて跳びかかってきた。


「クソッ……!」


 敵の敵は味方じゃないのか!? 三つ巴の戦いの方か!


 なけなしの体力で短距離を全力疾走、オオカミの跳びかかりを躱す。


 一本の太い木の幹に背を付け、背後からの襲撃の可能性を無くす。それと同時に右手で【収納庫(ストレージ)】から取り出した短剣を持つ。左手は中遠距離攻撃用に【収納庫(ストレージ)】を展開、いつでも放てる様に準備する。


 防御の方もどうにかしたいが、今回は俊敏優先で行きたい。ゴーレムがどんな攻撃を繰り出してくるかわからない。そんな状態で一番の取り柄である速さを殺すなんてもってのほかだ。その条件だと、必然的に針鼠は却下。針鼠形態の全身に武器を纏った重さは足かせにしかならない。ならば、生き物からの直接攻撃を防ぐことはできないが、【収納庫(ストレージ)】を纏って物理無効化状態になっておこう。


 準備をしている間に、ゴーレムは数を増やしていた。全部で三体。ヤツらは緩慢な動きで散開を始めた。


 それに対して吠えて威嚇するオオカミ。先程の遠吠えで呼び寄せられたのか、次々に森の中から出てくる。その数、百匹以上。彼らは野次馬のように集まってきただけなのか。それとも、それだけの数が必要な敵、ということか。


 ゴーレムが十分にブラックホールから離れた時点で、オオカミはゴーレムを包囲した。普段は殺し合いをしているヤツらが、一糸乱れぬ動きで、一つの生き物のように連携しながら動き回る。そして、全方向から一斉に跳びかかった――


 ――しかし自慢の牙を、爪を使った攻撃は、少しもゴーレムにダメージを与えなかった。それどころか、ゴーレムは相手にすらしていない。オオカミが羽虫以下とか、どうなっているんだあの体。


 その後もオオカミたちは連続して攻撃を加えていった。だが、ゴーレムは傷一つ付かずに進行を続けている。逆に腕を振る、足を出す等といった、ただの歩く動作に巻き込まれたオオカミたちの体に傷が目立つようになってきた。


 前衛のオオカミが一方的にやられていることに苛立ったのか、後方で様子を窺っていた何匹かがゴーレムの頭に跳びかかった。そのまま頭にしがみつくと、牙や爪を使って岩を削り始めた。一度で傷つかなければ、二度、二度でダメなら三度。岩に牙と爪を立て続けた。


 そこで、それまでオオカミを無視していたゴーレムが動きを止めた。これ幸いとオオカミたちが跳びかかり、全身にしがみついて牙を立てる。味方を踏みつけながら、しかしそれを気にすることなく、ゴーレムの姿が見えなくなるほどに纏わり付く。ゴーレムの姿が見えなくなったのは一瞬だったが、その一瞬でオオカミ共はゴーレムの体を少し削れたようで、その足下にはそれまでなかった砂が少量、舞っていた。


 これなら行ける。少しずつでも体を削っていけば、ゴーレムを倒す事が出来る。俺はそう思った。もしオオカミ共に考える知性があれば、俺と同じ事を思ったに違いない。それを示す様に、オオカミ共は攻勢を強めた。


 が、漸く見えたと思った攻撃のチャンスは長く続かなかった。


 ゴーレムの上半身が回転し、オオカミ共が投げ飛ばされた。轟音を立てながら周囲の木にぶつかり、地面へと落下した。俺が背を預けていた木にも一匹が飛んできた。


「ッ!」


 それを慌てて避ける。他のオオカミと同じように、飛んできたオオカミは木にぶつかり、バキッと鈍い音を立てた。その音はぶつかった木が折れた音ではなく、恐らく……。


 オオカミの巨体が重力に従って地面へと落下した。俺が知っているいつものオオカミ共は、吹っ飛んだ程度だったら直ぐに立ち上がり再び敵に向かって行くか、俺に襲いかかって来るかしそうだが、目の前の巨体はピクリとも動かなかった。目を見ると、瞳孔が開き、既に光が失われていた。


 ――死んでいる。


 たった、たったの一撃で、しかも振り払っただけで、死んだ。


 ――背筋が、凍り付いた。


 俺が動きを止めている間にも、果敢にオオカミはゴーレムに跳びかかっていく。だが、もうしがみつかせるつもりはないのか、腕を大きく動かしてまとめて払ったり、オオカミを巻き込みながら地面に拳をたたきつけたり、手で掴んで握りつぶしたりして、次々にオオカミを殺していく。人間が蚊を、小バエを潰して殺すように。


 生き物の潰れる音がする。血の臭いが充満する。(まさ)しく、蹂躙。


 そんな光景を目の前にして、俺はどこか別の世界の光景を、映画を見ている気分だった。目の前の「それ」が、非現実の作り物。そんな風に感じてしまった。……そうであって、欲しかった。


 程なくして、前線で戦っていたオオカミは、全滅した。


 後方で傍観者に徹してたオオカミたちは、途中から逃げだそうとしていた。だがそいつらも、全て殺された。二体のゴーレムが変形したのだ。太かった胴体と手は細く鋭利になり、足は一本になった。ヤジロベエのような姿だ。その姿となったゴーレムはとても速く、逃げようとしたオオカミを先回りして退路を潰し、そちらでも殲滅を開始した。まだ少し残っているが、すぐに終わるだろう。


 俺は動かなかったから狙われなかったのか、それとも……。


 突然、殲滅に参加していなかったゴーレムが変形を開始した。


 素早く動いているヤツらのように体を削っていく。削って出た砂はその場に放置だ。


 そのまま素早い姿になるのかと思えば、削ることを途中で止めた。元の姿を若干スリムにしたような、しかし全体的に鋭利になったような、そんな姿で腕を俺の方に向けて――。


「ッ!!!」


 強烈な危機感でもって、俺は意識を傍観者から出演者へと切り替えた。


 嫌な予感に従って急いで全身に【収納庫(ストレージ)】を展開。これで何かの攻撃を受けても死にはしないはず、なのだが……嫌な予感が収まらない。


 本当はここで対処法が合っているのかどうかの検証を行いたかったが、猶予など一切無く、時間切れだ。


 【収納庫(ストレージ)】を纏った次の瞬間、ヤツの腕が飛び出してくるのが見えた。


(遠距離攻撃かっ!)


 ヤツの腕は猛スピードで俺に向かって直進してくる。その攻撃は『腕』という物体を飛ばす物理系遠距離攻撃だ。生物である本体が飛んでくるならいざ知らず、何かをただ飛ばすだけなら、その飛翔物は俺の【収納庫(ストレージ)】で回収できる。これは前の階層でネズミの攻撃を防げた事で証明済みだ。


 なのに何だ、この収まらない予感は。


 少々離れた位置からの攻撃だったからか、集中していて体感時間が引き延ばされていたからか、腕が飛んでくる様子は鮮明に見えた。


 だからというわけではないが、大丈夫と分かっていても、自分の頭ほどの大きさの拳が飛んで来る様は、十二分に恐怖である。俺は反射的に射線上から退避しようとした。


 勝手に動いた体は、意識的に動かしたわけではないから余分な力が抜け、目的地はないが、最短距離を、最短で、無駄なく移動した。


 それでも、飛び出した腕、所謂ロケットパンチの射線上から逃げることは叶わず、俺はロケットパンチに激突された。腕はそのまま全身に展開した【収納庫(ストレージ)】に吸い込まれ――




 ――なかった。




「なっ!? うっ……! カハァッ!!」


 射線上に残っていた腕が持って行かれ、後方に引っ張られる。少し体が浮き浮遊感を味わった後、背中から地面へと不時着した。腕を持って行かれたとき、背中を打ち付けたときの二回、肺から空気が漏れた。


(何が起こった!?!?)


 そんな痛みが気にならないほど、俺の頭の中は混乱していた。


 何故【収納庫(ストレージ)】で攻撃を防げなかった!?「飛翔してくる岩」はこれで防げるのではなかったのか!?


「うぐぅ……」


 そんなことが頭を過ぎり……考えるのを止めた。考察は後でいい。今は対処法を変更してどうにか生き延びなければ。


 幸い、【収納庫(ストレージ)】でタックルなどの生物が直接触れてくる攻撃を受けた際の、「【収納庫(ストレージ)】が弾け飛んで中身の一部がばらまかれる代わりに生身には衝撃しか行かない」という謎の仕様が仕事をしてくれたようだ。収納していた武器類が多々散らばってしまったが、そのおかげで左腕は折れていない。急いで体勢を立て直して――




 二発目のロケットパンチが腹に直撃した。




「オエェェェッ!!!」


 胃に直撃したものの、胃の中身が空だったため嘔吐はせずに済んだ。しかし、口の中へと胃液が逆流してきた。その状態で先程よりも長い距離を吹き飛ばされる。そして地面を滑った後、転がった。


「アガァァァァァ……ッ!!!」


 どのくらいの距離、何回転してたのかなど分からないが、全身に激痛が走る。体は止まったのに、まだ転がっている様に感じる。


 だが、周囲の状況は確認しなければならない。痛みを、激痛を耐えながら顔を上げる。目が回り、焦点の合わない眼で周囲を見渡す。


 周囲には大量の収納物がばらまかれていた。その中には、ここに来るときに持っていた学生鞄も含まれていた。


「あっ……」


 制服は既にボロボロだ。見る影もない。だからあれは、あの学生鞄は、俺に唯一残った、日常の、帰るべき日常の、その証――。




 ――それは、あっけなく、踏み潰された。




「――――――」


 頭が真っ白になった。怒りが込み上げてきた。衝動に任せて、右手をヤツに向けて、武器を――ッ!


武器突撃スタート・アーマリー・アサルト


 ……何も、出ない。


(な、なん、で……)


「――……で、……んで、なんで、なんでなんでなんで! なんで!!! 武器突撃スタート・アーマリー・アサルト! スタート! スタァァートォォォオオオーーーーーーッ!!! ッ、ハァハァハァ…………」


 何度叫んでも、何度攻撃を開始(スタート)しようとしても、武器が出てくることは無かった。


 何も出来ない。


 頭が真っ白に、目の前が真っ暗になった。


 認めたくない。認めたくなくても。現実が虚実になることは、決してなくて。


 真っ暗になったはずの光景を、次を打ち出すために向けられた腕を見た瞬間。


「ヒッ!!! ァァァァァアアアアアアァァァァァァァッーーーーーー…………――――!!!!!!」


 恥も外聞も無く。悲鳴を上げて、逃げ出した。

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