表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千里を歌う者  作者: 友野久遠
竜使いの牙
95/96

14、朝露の森を抜けて

 入り口に壊れた戸を立てかけただけの小屋の中は、しめやかな夜の冷気がゆっくりと押し入って来る。

 その冷たさに絡まれないよう、フライオはイリスモントの体を固く抱きしめた。 借り物の粗末な夜具を被っただけで、二人の体はこの世で一番暖かな世界を作り出すことが出来た。


 それは夜明けまで続く、長い恋歌の始まりだった。

 二人の呼吸は一つになり、同じリズム、同じ旋律で室内の闇をかき乱す。 森の中で低く歌を詠じる夜涸鷹(ジュラチコ)の声に、夜具の下からくぐもって漏れる甘いため息が絡みつく。 囁く声で互いの名を呼び、泣き顔と笑顔の間を行きつ戻りつしながら、王太子と歌人は最後の夜を過ごした。 


 互いを束縛しないこと、自分の意思を曲げないこと、そんな自分を許し、相手を許すこと。 それがその晩の2人の誇りだった。

 抱き合いながら、何度も何度も互いの耳に、同じ言葉を繰り返す。

 「だって、また会えるのだから」


 

 早朝、歌人出立を見送ったのは、王太子ただ一人きりだった。

 皆がまだ眠っている間に森を抜けることに決めたフライオは、小屋の外に走り出てきたイリスモントに、いつになく生真面目な表情で手を振った。

 「じゃあ、行くぜ。 立派な国を作ってくんな」

 「精いっぱいやってみる。 まず旧体制と話し合いをして、ドルチェラート叔父上と和解するところからだな。  その後の国内平定は、モンテロスやセイデロス、ロンギースどのの共和国をどう扱うかで割れるであろう。

  私としては、広すぎる国土はかえって枷になると思う。 自治区で分けて合衆国のようにするのが良いのかもしれぬ」

 フライオに難しい政治の話は判らなかったが、イリスモントの人柄と度量をもってすれば、何の心配も感じなかった。 頼れる部下もたくさんいる。

 「カラリアはいったん崩壊して、これから新たに立て直す。 それが一番近道だったのだと、私は思う」

 「俺もだ。 それが正しいんだってことを、みんなに判ってもらえる歌を、俺は歌って歩くよ」

 「ありがとう、フライオ。 そなたの歌を、私はずっと聞いておるぞ。 

  いつも私に届くように歌ってくれ」

 「うん。 モニーも、どこかでギルが生まれたのがわかったら、宜しく頼むぜ」

 「ああ。 任せてくれ」

 最後に固く抱擁を交わした時は、涙で前が見えなくなっていた。


  森の中を歩くフライオのターバンに、立ち込めた朝霧が露になって、木立の上からぱたりぱたりと落ちて来た。 涙は顔にかかる雫と混じって、胸元に零れ落ちて行く。

 歌人の唇から、古い歌の旋律が流れ出て来るのを、王太子は確かに聞いた。




  珠玉の意志と 夢を持ち

  優しき覚悟 胸にかざす

  (なれ)こそは 朝日の大帝

  尽きせぬ風の君主なり


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ