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千里を歌う者  作者: 友野久遠
地下牢の歌人
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5、自称隠密行動

 「ぐわわあああああっ」

 血しぶきを上げて転げまわる門番の兵士には目もくれず、ギリオン・エルヴァは魔剣を一振りして少女の拘束を解いた。

 「たいちょう」

 少女はギリオンの手を取り、懐かしげに顔を覗き込む。

 「ギルでいいよ」

 片言の少女にギリオンは優しく言った。

 「ギル、助けてくれた。 また」

 「この前はお前が助けてくれたよ」



 「じゅ、准将、何故このようなことをっ」

 「おのれ、さては国家を裏切り、新国王に弓引くとの噂は本物かッ」

 腕を斬り落とされた門番が、のた打ち回りながら口々に叫んだ。

 「やれやれ、その噂はそもそも王太子に弓引くものとして流れた話だったはずだが、どっちについても同じことを言われるらしいな」 

 ギリオン・エルヴァの口元がゆがんで、例の皮肉めかした微笑みが浮かぶ。

 「わたしの旗色はこの際関係ない。 この娘は私の恩人だ。 

  またそうでなくとも、子供を戦に巻き込むことを恥と思わぬ者を、味方とは呼びたくないのでな」


 ギリオンは二人の門番の腰帯をつかんで、無造作に通路のくぼみへ放り込んだ。 

 そこにはすでに眠り込んだ牢番が詰め込まれていたので、後続の門番たちはこの気の毒な先輩の体の上に押し込まれる形となった。

 それからギリオンは持っていた鍵束から一本選んで、フライオの鼻先に格子越しに差し出す。

 「ラヤが自分で持ってろ。 開けて行ってやるつもりでいたが、こうやって人が降りて来るとまた閉められてしまうからな」

 「待て、どうせなら今出して一緒に連れてってくれりゃいいじゃねえか。

  俺はその子の亭主ってやつを知ってるぜ」

 「ほんとか?」

 聞き返すギリオンの傍らで、白い肌の少女が目を見張った。 何か叫んだのだが、言葉は人間のそれではなかった。 フライオが直接少女の顔を見て続ける。

 

 「ホントに知ってんだよ。 さっきクルムシータと言ったろう? 

  でかい鳥の翼を持った精霊だよな」

 「はい! うん! そう!」

 「そいつはあんたを探しに来て、今は王太子の軍と一緒に動いてる。

  こっから外へ出れば、俺があんたの笛の代わりに呼んでやろう」

 少女の白い顔が、咲き誇る大輪の花のようにほころんだ。


 ギリオン・エルヴァはうなずいて錠前に鍵を刺し込んだ。

 「わかった。 でもラヤお前、この子と一緒に王太子軍に帰ってしまってほんとにいいのか?

  せっかく敵の懐にいるのに、ただ逃げ出すことしか考えてないのか」

 「何をやらかせって言うんだよ。 軍人でもねえ俺に、ここの軍隊と魔道士の集団に勝てって?」

 「お前は竜を飼いならしたんじゃないのか? ここを殲滅することくらい簡単だろう」

 こともなげに言われて、フライオが目を剥く。

 「殲滅? 王宮を! 都を! ギルお前なんてことを言い出すんだ」

 「王太子が国王に戦いを挑むというのはそもそもそういうことだろう。 

  何も皆殺しにしなくてもいい、魔道士を無力化して国王を拘束できればいい。

  お前は一瞬で牢内の人間を眠らせることができたんだ。 その気になればここは機能停止させられるだろう」

 

 歌人は口をポカンと開け、美術品のように整った従弟の顔をながめた。

 (こいつ、頭の中身がどっか一個飛んじまったんじゃねえか?)

 王太子のクーデターなのに、別人が勝手に王都を攻撃してしまう展開はありなのだろうか。


 フライオはこの戦いに、そもそも戦力として参加をしたつもりがないのである。 王太子に請われた時、無力な彼女の力になりたくて参加を決めただけなので、メンタルな部分での助力を中心に、行動を共にするだけのつもりで来ていた。 大体フライオが直接的な攻撃で王都を殲滅し、さあ凱旋しなさいと王太子に言ったら彼女は憤慨するに違いない。

 竜を飼いならすことについても、その力を自在に操れるようになるのと、実際に竜を従えて使役するのとでは大きな違いがある。 フライオは竜の正体さえまだよくわからないのだ。


 (ギルは結論を焦ってる感じだ。 そう、だから優先順位がある。

  悲願の3つがまず大事。 それなのに魔道士どもの言うことを聞いて、国王に加担するのはやめねえ。

  俺との関係はそのもっとあと回しに考えてる。 ギルらしくねえ。

  何かあるんだ、絶対に)

 独房から出され、ギリオンの後から歩き出しながら、フライオは混乱していた。 その混乱は、開戦後にこの従弟と再会したときからずっと心の中でくすぶっていたのと同じものだった。

 

 「おい。 俺も出して行きやがれ」

 不意に奥の方の独房から野太い声を掛けられて、フライオは床から体が浮くほど仰天した。 

 歌人のいたところから二つ奥の独房の方からである。 通路を戻ってみると、格子の向こうの真っ暗な土の上で、大きな黒い影がむっくりと起き上がった。 “牙”の首領、ロンギースである。


 大男のごつごつした額が、突き破りそうな勢いで格子に押し当てられた。

 「この腐れ歌人め。 てめえのせいで旗本隊は大打撃だ。 

  ひねりつぶしてやりてえところだが、その鍵を寄越せばせいぜい半殺しで勘弁してやる」

 「うへえ、もう目が覚めやがった。

  薬と一緒で、図体がでかいと歌の効き目も悪いのかよ」

 

 頭を抱える歌人と対称的に、ギリオンはロンギースが目覚めたことを喜び、矢継ぎ早に質問を始めた。

 「首領、お前の情報網は戦況をどの程度把握している?

  この子を精霊に引き渡した後、彼らが故郷に戻って安住できるものだろうか?

  王太子の旗本隊は今どこにいるかわかるか? お前もここに捕えられなかったら、どこかで合流する予定だったんだろう?」

 「てめえ……。 たった昨日まで攻撃しといて、よくもまあ……」

 ロンギースはあきれたようにギリオンの顔を眺めた。 その彼の目の前で、彫刻のように精密な美貌が照れたようにほころぶ。

 「うん。 まあ私も、ずれたことを言ってるのは重々わかっているんだよ。

  それでもお前に聞くのが一番早かろうし、お前たちなら国王への忠誠だとか、お国のために働く悲壮感なんてものとは無縁だろう? 

  だからここはラヤを半殺しにするのは後回しにするということで、そしたら鍵を開けてやるし、仲間がいるなら一緒に助けるから情報を売らないか?」


 ロンギースの太い唇から、喉の奥で作られたらしいかすかな笑い声が漏れて来た。

 「まったく、妹の言うとおりだな。 てめえはヘンな軍人だぜ」

 「もともと規格外だったのが、後天的にいろいろと曲がりくねってしまったからな」

 錠前が音を立てて外れると、ロンギースは格子をゆっくり開いて通路へ出て来た。 足をわずかに引きずっていたが、圧倒されるような肉の質量に少女が息を飲んでギリオンの後ろに隠れる。


 途端に、フライオは顔面に衝撃を感じて床にひっくり返った。

 ロンギースが太い腕を一振りして、歌人の横っ面をはり倒したのだ。

 「お、お、おい! 話が違うじゃねえか」

 みっともなくぬかるみに尻餅をついたまま歌人が喚くと、

 「何も違わんぜ。 半殺しは止めてやったじゃねえか。 せいぜい8分の1殺しってとこだ」

 わざと相手の体を一跨ぎにして、首領が歩き始める。 その前方でギリオンが振り返って脱出路についての相談を始めた。


 ロンギースの話では、旗本隊はプルーデンなる農牧地帯を根城にして軍の再編を図っているという。 王太子のもとに集まった軍人たちは、このたびの戦況の混乱で何割かの貴族が離れてしまったが、かえって統制がとりやすくなったらしい。

 そして驚くべきことに、その町に外国からの援軍がぽつぽつと送られてきているということだった。

 「廃国になっちまったセイデロスの兵士とか、あそこの王妃の実家でアフチョバって民族の戦士が何人か。 この連中は即戦力になるんだが、残りの連中の中で、ちと宗教がらみなのがいて、使いにくいと言ってたな」

 「へえ、よくそんな詳しい情報が手に入ったな」

 フライオが単純に感心すると、ロンギースはもう一度太い腕で、今度は歌人の肩口を小突いて吹っ飛ばした。

 「あほう。 てめえはさえずるばかりで脳みそが空の蜂金鳥(カナルーカ)かよ?

  水鏡があるだろうが水鏡が」

 「俺は持ってきてねえ。 荷物は気を失った時に落としたんだ。 それでもヴァリネラだけはここにはこんであったけどな」

 「持ち歩くこたねえだろう。 牢の中にあれだけ水があったのに、一回も爺さんに連絡しなかったのか?」

 「できるのか?」

 「やってみてもねえのか」

 「いや、考えてもみなかったから」

 ロンギースはもう一度歌人を吹き飛ばそうと腕を上げかけたが、ため息をついたあとでそれを断念した。 どうやら、心の中で歌人の無能さを憐れんでいるようだった。

 



 「あっ?」

 外へ出た途端、フライオは思わす声を漏らしてしまった。 まだ真夜中だと思っていたのに、すでに日が昇っていたからである。

 そこは王宮の中でも、兵士しか利用しない最北端の通用口で、石垣と石畳の無愛想な通路と、(うまや)らしい建物が見えるだけの殺風景な場所だった。

 ギリオン・エルヴァは石垣に身を隠しながら、周囲の様子を確認した。

 「見張りの交代時間だ。 ここから北門への通路までは、今めったに見とがめられないだろう。

  ロンギース、お前の仲間がもし生きたまま捕えられていたら、牢ではなくて土壕に入れられるだろうから、その厩の向こう側の建物が怪しいと思う」

 「穴倉に放り込んであるわけか。 よし、そこに忍び込むぜ」

 「時間は限られているぞ。 衛兵が戻ってくるまでに戸が開かなかったら潔く諦めろ」

 「わかった」


 忍び込むと言っても、歩いているだけで人が目を丸くする巨体の持ち主であるロンギースに、そんな芸当ができるのだろうか。

 と、そんなフライオの懸念はたったの2呼吸ほどで蒸発してしまった。 

 ロンギースは最短距離を走って問題の建物の前に立つが早いか、一撃で木製のドアを粉砕してしまったのだ。

 「さあ、忍び込もう」

 「カラリア公用語ではこれを『忍び込む』とは言わねえと思うんだが……」

 「うるせえ。 てめえはそこでクルムシータを呼べよ。 何人かでも脱出できるようにな」

 「め、目立つじゃねえか」

 「どうせ大人数が出てきたら目立たずに出るのは無理だろうが。

  せっかくだからわーっとかき混ぜちまおうぜ」

 無茶苦茶である。 フライオが振り返ると、さすがのギリオン・エルヴァもぽかんとした表情でイニータの手を引いたまま立ち尽くしていた。

   

      

 久しぶりの更新となりました。

 震災の影響も考えて、あまり殺伐とした戦況を並べる部分を割愛するなど多少の方向転換をしました。

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