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千里を歌う者  作者: 友野久遠
自由への戦い
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13、闇夜の遭遇戦

 暗闇の中に、大きなかがり火が燃えている。


 城の南側の高台に登り、藪の中から見ると、大きく開かれた城門の中が遠目でもはっきりと窺えた。

 カラル・クレイヴァ城の内外を、警備の兵士たちがあわただしく走り回っている。

 そして不意に、城門の中から黒い物が数体、夜の外気を切り裂いて飛び出して来た。

 黒い魔道衣をまとった魔導師たちである。 足元から青白く光の尾を引きながら、滑る様に低空を飛んでこちらへ向かって来る。


 「殿下、だめです。 発見されました!」

 親衛隊長イーノ・キャドランニが、赤土に足を取られながら王太子イリスモントに駆け寄った。

 丘を下ったところにある窪地に、2万5千ほどの旗本隊が息を潜めている。

 「離脱しますか!」

 「このまま密集して、全軍を逆三角形に。 

  竜皮の盾とテント布を前へ出せ。

  弓矢隊は交代で、盾の隙間から矢を放て。 ただし、充分引き付けてからだ」

 王太子の指令は冷静だった。 兵士たちは逆紡錘体形に移動し、その正面に真赤な竜皮の布と盾が並べられる。 同時に全員が、雨具のような頭巾のフードを下ろした。

 

 「顔の前まで目深に下ろせよ。 上からの攻撃はいくらかでも防げるはずだ。

  攻撃が始まっても後ろに下がるな。 遠ざかるよりも、守備範囲を外れん方が安全だ」

 キャドランニが細かい指示をしながら自軍を見回る。 他の各部隊でも、部隊長が短時間で指令を徹底させようと躍起になっている。 王太子は黙って、自分の兜の上にかかった頭巾を引き下ろした。


 竜神の穴の中にぎっしり詰まっていた竜の皮は、大き目の風呂敷のような状態で全軍の兵士に大急ぎで配られていた。 兵士たちはそれを頭に被って紐で縛り、頭部を保護している。

 ボッカルトの憲兵隊から連絡が入り、男装(マミータ)たちの奴隷と化したオレリオが、竜の体の部品は魔道を遮蔽する力があると言っているという情報を送って来たのだ。 

 ついでに竜皮の追加もして来てくれたので、旗本隊本部はたちまち裁縫部隊と化し、大車輪で竜皮を裁断して全軍に配布したのである。


 「来ます!!」

 「下がるなよ!」

 「弓つがえッ」

 攻防が始まった。

 魔導師たちは全部で4人、地面から足を浮かして滑空しているような移動の仕方だった。

 近づきながら、てんでに組んだ呪印の中から、それぞれ得意な攻撃を繰り出して来る。

 白い鳥の群れのような物を放つ者もいれば、電流をほとばしらせる者もある。

 口から炎を出すやら、強風を吹かせるやら、あらゆる悪意と圧力が、兵士たちの上に降りかかった。

 兵士は互いに頭を寄せ合い、フードの陰に顔を伏せてそれらをやり過ごそうとしていた。

 

 竜の皮は、確かに魔道の力を遮蔽して、直接体に触れぬように跳ね返してくれた。

 しかし、一部の隙もなく体を覆っているわけではない。 そのうち、隙間から入ってくる電流に悲鳴を上げる者や、吹き飛ばされて動けなくなる者も出始めた。

 「まだだ! こらえろ」

 王太子が叫ぶ。

 そして痺れを切らした魔導師たちが、彼らの頭上まで浮き上がって、上からの攻撃に移った時、王太子の声が短く、良し(ヤー)と叫んだ。

 無数の矢が、兵士たちの頭巾やテントの隙間から放たれた。

 魔導師たちは難なくそれらを打ち落とした。 しかし、間髪を入れず射られた第2射に対しては、反応が遅れた者が1名、背中を射られて地上に落下した。兵士たちがその男を自軍の人垣に引っ張り込んで止めを刺す。

 

 呪印を組んだ魔導師の正面に、いきなり長身の兵士が数十人、頭ひとつ高く立ち上がった。頭巾を目深どころか顔全体を覆うように被っている。

 その兵士たちを攻撃する魔導師の後ろから、別のものが隊列を組んで矢を射掛ける。 振り向くと別の方向から射撃が始まる。


 根気よく波状攻撃を繰り返し、ようやくあと1人となった時、その最後の魔導師は 突然逃亡に移った。 王太子は追撃を禁じ、その間に部隊を城から離れた安全なところに移動させることにした。

 「フライオと連絡はつかぬか」

 王太子が、部隊の中央部で大人たちの体の陰に入ってしまって目立たなかったユナイ少年を見つけて尋ねた。

 「まだです。 おじいさんに、見つけ次第こっちに言ってきてくれるように頼んでいるんですけど」

 自分のせいでもないのに、すまなさそうな顔でユナイが答える。 

 カラル・クレイヴァ城を挟撃するために、旗本隊が南側、歌人とピカーノの隊が東からそれぞれ大きな攻撃をしかけ、その間に別働隊が城に入り込む手はずだったのだ。 

 しかしいつまで経っても歌人たちが現れない上、連絡も取れないとあっては、待機すること自体が命を縮めることになりかねない。 さりとて、このような人数ではどこに動いても敵に感知されてしまう。


 それだけではない。 歌人の不在が自分たちの心に与える影響を、誰もが心配していた。 彼は神の声を聞く者として、王太子と並んで兵士の心の支えになっていたからである。


 「王都から離れて、まず歌人たちの部隊と合流しよう。

  魔導師を封じる策を持ちながら、歌人抜きで作戦を行っては、出さずに済む犠牲を出してしまう」

 王太子の決断に、一同もうなずいた。


 夜明けを待って移動が始まった。

 目的地は、砂男の通路のカラル・クレイヴァ側出口に当たる、グーレ・デニアの町である。

 先行き不安な出発だったが、初戦から4人の魔導師を撃退したことで、全軍の士気は高かった。 勝利の女神にも例えられた、「王子王女(プリンツプランツ)を頂いての出撃と」いう浪漫も、兵士たちの中で衰えていない。

 25000の旗本隊は元気いっぱいに行軍し、日の暮れる頃には、グーレ・デニアの町付近を守っていた魔導師2人をあっさり葬り去った。

 「プリンツプランツ万歳!」

 口笛と喝采に沸いた全軍は、しかしこの後、大変な敵と遭遇する。



 砂男の通路の出入り口は、セイロデのものとよく似た砂山だった。 こちらはかなり小ぶりになってはいたが、要するにただの砂の山に穴を開けただけの代物である。 少し離れた平原に場所を決めて、出て来る者があるかを見張ることになった。


 最初にその通路から出て来たのは、2頭の巨大な黒犬だった。

 馬1頭分もあろうかという、尋常では考えられない大きさの猛々しい犬だ。 彼らは盛んに吠え立てながら、後ろ向きにジリジリと穴から出て来た。

 その異様に大きな口からぞろりと生えた牙が向いている方向には、後から通路を通って来た、兵士の大軍がいたのだった。

 

 真赤な甲冑を着た長身の武将を先頭に、狭いトンネルから軍隊が吐き出されて来る。 

 その数がどんどん増える。 ざっと数えても1万は下らないだろう。 暗がりなので、しかとはわからぬが、軍人たちの服装は一揃いのものではなく、何かの混成部隊であるように見受けられた。

 猛り狂った魔獣に吠え付かれていながら、赤い甲冑の武将は少しも怯えた様子を見せず、右手に下げた幅広の刀を構えるわけでもなく、だらりと下げて馬を進めて来た。 むしろ犬の方が、その姿に怯えて後退りして来たように見えた。


 通路から出た途端、逃亡も可能と思ってか、犬たちは跳躍して武将に襲い掛かった。

 赤い小手当てのついた腕が、最小限の動きで先に飛びついてきた1頭の頭を切り落とす。

 魔法のように真二つになった犬の体は、地面に落ちるや首の方だけ盛り返し、跳ね起きてもう1度掛かって行く。 その間に剣士の刀はもう1頭の犬の頭部を縦に割っていた。

 割られた頭から血を撒き散らしながら、2匹めの犬が倒れると、3太刀めで叩かれた犬の首がそれにぶつかり、2匹はお互いで噛み付き合いを始めた。


 そして何事も無かったかのように、武将と軍隊はこちらへ向かって歩き出した。 

 「どこの軍勢だ?」

 王太子の問いに答えられるものは居ない。

 「魔獣を倒したということは、少なくとも魔導師と敵対する側ではあろうと思いますが」

 キャドランニの返答に、王太子は首を傾げる。

 そう言われて見直すと、この武将の容姿には見覚えがあるような気がしたのだ。 若々しく均整の取れた長身といい、甲冑からはみ出す絹糸のような金髪といい、妙に懐かしい。

 しかし。

 近づくにつれ、懐かしがってはいられぬ空気が、戦い慣れた兵士たちの心臓を揺すり始めた。


 殺気がある!


 「殿下!」

 「危ない!」

 キャドランニとピカーノが同時に叫んで、王太子の体を庇うため、馬ごとなだれ寄った。

 謎の武将が音も無く馬を早め、王太子の目の前で長剣を一閃したのだ。

 先頭の歩兵が3人。 2列めが2人。

 返す刀で右脇に控えていた貴族兵の1人が地面に倒れた。

 ほんの瞬きをする間に、6人が斬られている。

 

 「わああああッ」

 同時に、赤い甲冑の後ろから行進してきた兵士たちが、駆け足になって斬りかかって来た。

 「待て!全軍‥‥」

 王太子が止める間もなく、開戦を命じる隙もない。 

 斬りかかられたら応戦しないわけには行かず、なしくずしに戦闘は始まってしまった。 赤黒い竜皮のフードを被った旗本隊と、赤い甲冑の武将に従って来た混成部隊とが、たちまち混じり合って乱戦になる。


 「イーノ、何をしている? やめさせろ!

  1度退いて、きちんと相手を確認するのだ」

 「あちらさんに言って下さい、無理です!」

 イーノ・キャドランニが、打ち掛かってくる白刃を食い止めるためについに刀を抜き、王太子の正面に出てくる。 そこへ、赤い甲冑の武将が、軽やかに馬を駆って踊り込んで来た。


 この男の動きは神業のようだった。 

 少しも力を入れぬが如く、するりと流れる剣先は、寸分の狂いも無く相手の腕や首を切り裂いて、風のように去って行く。 馬の足は、バネでも付いているかのように軽々と兵士の頭を踊り越え、狙った敵の正面へ正確に主人の体を運んだ。

 この男ひとりのために、王太子の正面の一角が歩兵から騎兵まで突き崩されて、今や丸裸になりかけている。


 襲って来る一振り目の魔剣を、キャドランニが受け止めようとした。 

 しかし、彼の剣は振り抜く前に叩き落され、あわてて腕に付けた盾で顔を庇う。 その盾を、赤い甲冑の兵士の2振り目が容赦なく叩き割り、そのまま剣がキャドランニの右小手に食い込んだ。

 「うおおっ」

 痛みよりも、金属を断ち割る剣の勢いに動揺して、キャドランニが声を漏らす。

 すぐに馬の鞍に付けた剣を取ろうとするが間に合わない。

 「せえい!」

 ピカーノが強引に馬をぶつけて乱入した。

 しかし彼も、わずかに1合、剣を合わせただけで命の危険を感じ、後退した。

 

 「その剣‥‥その技‥‥まさかお前は‥‥」

 腕を傷つけられ、手綱を操るだけで精一杯になったキャドランニが、低い声でつぶやいた。

 この剣先に覚えがある。

 幼い頃、王宮の中庭で、演奏に来ている父を待つ間、近衛の兵士から模擬刀を借りて遊んだ相手。

 かかって行っても行っても、1本たりとも取ることが出来なかった、あの少年。


 「ギリオン・エルヴァ‥‥か?」

 キャドランニがその名を口にすると、周囲の兵士たちがギョッとして立ちすくむ。

 その時、更に奇異な事態が起こった。

 敵陣から突然、場違いなメロディが聞こえて来たのだ。

 潤いのある、豊かな声量の歌声。

 そして、先ごろから聞き馴染んだ、深い音色の竪琴の調べ。


 (まさか‥‥この敵軍に‥‥フライオか?)

 これは誰かの見ている悪夢なのか。

 王太子イリスモントは、足元が崩れていくかのような驚愕に言葉を失った。

 「わーっははははははははあ!」

 けたたましい笑い声は、敵兵の中から起こった。

 歌人フライオの歌声に、敵の兵士たちが勢いづいて、笑いながら突っ込んで来たのである。

 

 お待たせしてすみません。 悩みまくって数回書き変えたので遅くなってしまいました。

 ストーリーはこれからかなり悲惨な方向に流れて行きます。 あんまり暗くなるのもどうかと思うので、いかに進めて行こうかと迷いましたが、今回はとりあえず王太子サイドで。 次回からフライオの方向から描いて行く予定です。

 

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