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千里を歌う者  作者: 友野久遠
自由への戦い
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12、誘導

 その日セイデロスの地下で繰り広げられていたのは、おそらくカラリア軍始まって以来の大間抜けな迷走事件であったろう。

 この時カラリア軍が犯した最も恐ろしい間違いは、歌人フライオ・フリオーニを、大多数の者が軍の高官として認識していたことだった。

 王太子の側近のひとりで、戦闘に関する特殊能力があり、全軍の作戦会議にも常時呼ばれている歌人だが、実は軍人でもなんでもないので、指揮官として働くための覚悟も知識もないのである。 従ってピカーノが居ない今、本来ならその次位の者が指揮権を引き継がねばならぬのだ。 

 そのあたりが不徹底だったのは、この軍隊が混成部隊である上に、武人でない者も多く参加しており、加えて総指揮を取っていたピカーノが、最初の軍編成の時点から彼らの指揮を取っており、不在の人事を指示する機会がなかったためでもあった。


 当のフライオは、そのような誤解が生じていること自体、全く認識していない。

 移送と歌については自分の仕事と自覚していたが、それが終ってしまえばあとは呑気に命令を待っていればいいと思っている。

 そしてその認識のズレを、他者が歌人の無責任な性格のせいと誤解していたことが、何よりも問題だったと言えるだろう。




 そういうわけであるから、迷走の行く手に巨大なピンチが待ち受けていた時も、歌人の反応は指揮官にふさわしい物とは程遠かった。

 「ほらみろ」

 フライオの第一声はそれだった。

 「ガキん時から、お袋に言われて来たんだよ。

  物事が順調に行き過ぎる時は、必ず落とし穴があるもんだってな」


 行く手の暗がりに立ち上がったのは、とんでもなく大きな影‥‥否、「影でない唯一のもの」であった。


 「なんだ、あれは」

 「す、砂男だ!」

 兵士たちが押し殺した声で囁き合った。

 砂男というから、砂の塊が人の形をしているのかとフライオは思っていたが、実際に対峙してみると逆だった。 砂でない「穴」の部分が人の形に盛り上がり、周囲は砂なのである。 砂に開いた「穴」の部分が、砂男の正体なのであった。

 「砂じゃねえや、穴男だ」

 センスも面白味もないネーミングを口にした途端、いきなり攻撃を受けた。

 青いお馴染みの閃光が、歌人の正面の闇を切り裂いたのだ。

 砂男の体の中で、黒尽くめの頭巾姿が立ち上がり、胸の前で素早く呪印を結んだのである。

 

 フライオは奇跡的な直感によって、ポータを抱えて黒馬から飛び降り、命拾いをした。

 青い光は一瞬で黒馬の体を貫き、その後ろの兵士を3人ばかり吹き飛ばした。

 飛ばされた馬や兵士はされに後続の者をなぎ倒して昏倒させる。

 

 「大丈夫か、歌人どの」

 ヴィスカンタが駆け寄って助け起こす。 その腕を払いのけて、フライオが叫んだ。

 「おいポータ、生きてるか? 奴の名前は?」

 「だめだめオッチャン、あいつはリュクスだ。 リストになかったろ」

 こちらも元気に跳ね起きて、ポータが返事をする。

 「リュクスはオレリオより上位だから、契約内容がわかんないのさ」

 「なんで上位だとだめなんだよ」

 「魔道との契約ってのは弱みの提示なんだよ。

  現にあんただって、武器に使ってたじゃんか!」

 叫びながらポータが、翳した掌で第2弾の閃光を受け流した。

 

 その時、後方で悲鳴が上がった。

 砂男がぬっと立ち上がり、その大きな腕をこちらに伸ばしたのだ。

 現実には砂男に足はなく、体長が伸びただけだったが、兵士の目にはその透明な空間が立ち上がって手を伸ばしたかのように感じられた。


 恐慌を起こした兵士たちが刀を振り回すが、もちろん宙を薙ぐばかり。

 「うわあああっ」

 「た、助けてくれえッ」

 敵兵の前であれば決して上げないような情けない声を上げて、兵士が後退する。 狭い通路の中で見方同士が押し合い、結果的に傷つけ合う。

 フライオの上にも、透明な砂男のカラダが降りて来た。

 それは「無」の塊だった。


 その空間に包まれたらどうなるのか見当もつかなかったが、もう逃げる暇はない。

 (せめて歌で‥‥)

 そんなことを考えても、咄嗟のことに脳内は何の活動も始めてくれない。

 ついに彼の体を、白い光のような「無」の塊が包んだ。


 と、その時、信じられないことが起こった。

 「ラヤ! この馬鹿め!」

 

 懐かしい怒号が洞窟内に響いた。

 同時に、腹に穴をあけられて倒れていた黒馬が立ち上がった。

 その背には長身の兵士が跨っており、赤く錆びた大剣を今しも振り下ろす所だった。

 

 閉ざされた地面を天まで貫きそうな悲鳴。 続いて魔導師がどうと倒れた。

 同時に砂男の体がみるみるしぼんで小さくなって行く。

 

 魔剣を鞘に収めたギリオン・エルヴァはその腕でフライオの腕を取って馬上に引きずり上げた。

 その場でピシリと叱り付ける。

 「お前は何を考えてるんだ。

  この大所帯で、こんな穴倉に入り込む奴があるか!」

 「だってギル‥‥もともと軍隊を通す穴なんだぜ」

 フライオが子供時代にスリップして言い訳を始める。

 「それは敵の都合だろう。 こっちにも同じことが有利だと思ったら大間違いだぞ。

  とにかく早く外へ出るんだ。 こんなトコじゃ命がいくらあっても足りやせん」

 「わ、わかったよ」

 シュンとなる歌人の横に、もう1頭の黒馬が駆け寄った。

 

 「た、隊長! エルヴァ准将!!」

 ヴィスカンタが感極まって叫びながら、ギリオンの脇に馬を寄せ、両腕で上官の肩に思い切りしがみついた。

 「あああ、隊長‥‥! 生きておいでだった。

  よくご無事で‥‥か、神よ感謝します!」

 人目も気にせずわあわあ泣き出した副官の肩を、やむを得ず抱き返しながら、ギリオンが苦笑する。

 「どうした、お前らしくもない。

  そんなに喜んだら叱りにくいじゃないか。

  皆で家へ帰るように、あんなに言ったのに」

 「申し訳ありません」

 ひとしきり肩を抱き合って言葉を交わした後、ギリオンは顔を上げて微笑んだ。

 「もういい。 お互い無事でよかったじゃないか。

  さあてラヤ、全力でここを出るぞ。

  出たらすぐ戦場になるだろうから、心の準備をしておいてくれ。

  さあ、行進の歌を歌ってくれ。 全軍進め!」

 「セイ・ヤー!」


 兵士たちは頼れる指揮官を得て、途端に勢いを取り戻して歩き出した。

 フライオが竜弦で行進の歌を歌い始めると、彼らの顔に血の気と微笑みが戻って来る。

 (やっぱり、ギルはすごい。

  一瞬で戦に勝てる気になって来たじゃないか。

  昔からそうだった。 ギルについて行けば、何も心配はないんだ‥‥)

 フライオは満ち足りた気持ちで、力強く広がる自分の歌声にだけ心を集中した。



 しかし、気がついた者がいなかったわけではない。

 例えば、小さな魔導師ポータは、心の中で叫んでいた。

 (何故あの人は、1度死んだはずの黒馬に乗れるんだ?

  何故この行進がどこに行くのかを、あの人が知っているんだ?

  砂男から逃れてうちと合流したのなら、捕えたはずの砂男と魔導師が、彼を見て驚かないのは何故だ?)


 しかしポータも、この閉鎖的な地下道からなんとしてでも逃れたい気持ちで心がはやり、すぐに疑問を口に出す気になれなかった。

 

 思えばこの瞬間が、彼らの運命の変わり目であったと言える。

 カラリア軍の迷走は、ここで終ったのではなく、実はここから本格的に始まったのである。


 

 彼らの行軍が終わり、砂山の出口が見えた時、激しい戦闘の響きが耳を打った。

 外はもうすっかり暗くなっていたが、そこが懐かしいカラル・クレイヴァ城の南側であることはすぐにわかった。

 戦場は大きく罠の口をあけて、彼らを待ち構えていた。 


 大変遅くなって申し訳ありません。

 ここから終盤に突入しますので、プロットを組み直してもう1度見直しをやったら、いや出るわ出るわ、結構矛盾やミスが‥‥どーしたらいいいかしらってくらい出てきました。

 少しずつ直さないといけないのは仕方ないです、お許し下さい。

 と、とにかくこれから戦闘も人間関係もダダダダッと雪崩れ込みます。

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