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千里を歌う者  作者: 友野久遠
自由への戦い
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10、竜使いは寝ていた

 ドオンと音を立てて、空と大地が振動した。

 否、それほど強烈な歓声が、セイロデ難民たちの口から発されたのである。

 

 張り裂けんばかりの声で、人々は叫んでいた。

 頬を染め、腕を振り上げ、涙を流しながら。

 「ミトスゴーラ!」

 「ミトスゴーリオン!」

 「ミトスゴーリオン!」

 口々に叫ぶ声が次第にひとつになって、波音のようにうねり、響く。

 その音量たるや恐ろしいもので、普段ふてぶてしいポータでさえも、不安げにフライオの腰の辺りにぴったりくっついていた。


 (竜使い(ミトスゴーリオン)とは、俺のことか?

  セイデロスの人間が、何故俺のことを知ってる?)

 怪訝な表情の歌人のもとに、軍装に身を固めた黒髪の若者が1人、駆け寄って来た。

 「失礼ですが、エルヴァ准将の弟君でいらっしゃいますか」

 息を切らして見開いた瞳の色も黒である。

 「‥‥正確には従兄弟だ。 あんたはなんだ?」

 「失礼致しました。 自分はアイゼル・ヴィスカンタと申します。

  辺境警備隊警備隊では、エルヴァ准将の下で働いておりまして、准将がセイデロスに渡られる時に、残兵の指揮を任されました」


 フライオは、目の前の地味な青年をまじまじと見た。

 「早い話が、ギルの副官?」

 「はい、不肖ながら務めさせていただいたのですが、帰国した途端に魔導師に捕えられ、雪の中に封じ込められました。

  そこから抜け出したら、脱出した先がここだった、というわけで」

 言ってしまってから、ヴィスカンタは不安げな顔になった。

 「こ、荒唐無稽な話だとお思いでしょうが、作り話ではありません」

 「カラリアとここがつながってるって話は知ってるよ。

  砂男が通ったんだろ?」

 「ああ!ご存知でいらっしゃる!!」

 ヴィスカンタはほっとしたのか、少しラフな口調になって先を続けた。

 

 「魔導師たちは、地下に基地を作って、その出口を各国につないでいるのです。

  魔道を使った道ですから、理屈で説明できるつながり方ではありません。 ここに集まった彼らがあまり気持ちを集中させるので、引っ張られたのかもしれませんし、あなたの通るルートに引かれたのかも知れません。 

  と言っても、脱出できたのは自分と、あそこに居るティティって騎兵あがりの若いのの二人だけでしたが」


 「そこまではわかった。 

  で、このうるさい連中はなんなんだ?」

 フライオが民衆の方に目をやると、またワアッと大きな歓声が湧き上がる。

 「彼らは、セイロデが砂に埋まってから興った、いわゆる新興宗教の信者なのです。

  竜神とそれを操る竜使いを奉っているのですが、実は彼らが崇めているのは、あなたではなくうちの隊長‥‥つまり、ギリオン・エルヴァ准将なのですよ」


 「ギルが竜使い?」

 「はあ。 つまりその、そういう演出で、セイデロス王に高く売りつけたわけです。

  多分、変装した時のスタイルなどは、あなたの真似をなさっておられたんですね。 背格好が似ておられるので、こうして拝見してもそっくりです」

 「それって詐欺じゃねえのか」

 「その通りですよね。 まあ、山賊がやることですから少々荒っぽいです」

 飾り気のない青年の反応に、ギルはこの男を気に入っていたのではないかなと、歌人は思った。


  

 ヴィスカンタの話によると、マバトの広場に竜使いが現れた時、広場に溢れていた商人や芸人に混じって、セイロデの学者が数人、船待ちをしていたのだという。

 彼らは竜神の奇跡に深い感銘を受けた。

 その竜使いが、奴隷としてセイデロス国王に売られたと知り、何か祟りがあってはと学者たちは国王に意見書を出した。 竜神と竜使いを解放するように、と。

 しかしその文書が国王の不興を買い、役人に引っ張られて、セイロデから半日分離れたウラオーネという町に軟禁されること一週間。


 砂の災害は、その時起こった。

 セイロデの町は一夜にして山の下に埋まり、国王は行方不明になった。 しかし学者たちは、軟禁が幸いしてこの厄災を免れ、しかも救助活動に人手が必要だったため、監禁を解かれ自由の身になった。

 学者たちの目に、一連の出来事が全て竜神の祟りであり恩恵であると映ったとしても、無理からぬことであった。



 「で、その1人が宗教に目覚めて教祖様になっちまったって訳か」 

 フライオは壇上の長老を改めて見上げた。

 宗教家というのは、(すべか)らく他人の褌で相撲を取るのが好きな連中なのだなと、あらためて認識した彼である。


 「で、こいつらは俺たちに何をさせたいわけ?」

 「魔導師を倒しに行く、その先導者になって欲しいみたいです。

  剣を取れ、我に続けとあなたが歌いだすのを待っています。

  ついでに言えば、その男の子が竜神様ということになっていますから、この子を先頭に魔導師を討ちに行く、さあ着いて来いと言って欲しいわけです」

 「‥‥子供を露払いにして、自分たちはしんがりで楽をしようってのか。 とんでもない宗教だな」

 「どうします?」

 「逃げちまおう」

 「は? 逃げ‥‥?」

 「家から武器を持って来いって言って一旦解散させて、その間にこっちは地下へ潜っちまうんだ」

 「え、しかしそれはあんまり。

  第一、こっちも結構人数がいますから、そこまで素早く消えるのは無理ですよ」

 「バレたら必死で追っかけて来るか、こんな救世主があるかって失望して見捨てるかどっちかの事だろ。 俺たちに何か損なことが起こるか?」

 「む、無辜(むこ)の民衆を巻き込んで、敵の本拠地である地下に潜るのは避けなければいけませんよ!」

 「無辜ってのはいたいけなガキを風除けにして戦を煽ろうって奴を言うのかよ。

  ほっとけ、俺は兵隊どもを戦場に運ばなきゃならねえんだ。 忙しいんだよ」


  

 フライオは黒馬に跨り、馬上にポータを引き上げた。

 二人がくっついているだけで、民衆は異常な興奮状態になり、拳を振り上げて叫び上げる。

 「ミトスゴーラ!」

 「ミトスゴーリオン!」

 フライオは民衆の正面に馬で歩み寄り、いきなり大声でこう言った。

 「楽器を持ってる者は、家から持って来い!

  無い者は鍋でも釜でもいい。

  魔導師と戦うんなら、必要なのは武器じゃねえぞ。 楽器だ。

  さあ、回れ右!」


 旅慣れたフライオであるが、さすがにセイデロス公用語で演説できるほどではないので、この台詞はカラリア語であった。

 しかし、彼らは言われた通り回れ右をし、嬉々としてそれぞれの家に散って行った。

 ヴィスカンタと兵士たちは、ぽかんと口を開けてその様子を見守るしかなかった。

 

 「あなたの声は、一体何で出来てるんですか」

 「知るもんか」

 どうでもいいことを問うものだとフライオは思う。 今はともかく、要らぬ面倒を背負い込まぬうちに兵士たちを離脱させることだ。

 「よしみんな、今のうちに出かけるぞ。

  副官のあんた、地下通路の入口がわかれば案内してくれ」


 脱出して来たままで馬のないヴィスカンタは、慌てて子馬の方の黒馬に乗り込み、歌人と肩を並べた。

 「通路はわかります、そこから出て来たのですから。

  でも、そこからどこを目指すんですか? 今後の作戦は?」

 「‥‥さあて、そこが困ったトコなんだよなあ」

 フライオが頭を掻いた。 悪い予感が、全員の頭をよぎる。

 

 「ピカーノのおっさんが大将だと思ってたんでね。 細かい作戦はお任せってやつで、こっからどうすりゃいいのかよくわかんねえんだよ」

 「お、オッチャン! 作戦会議に出てたじゃんか」

 ポータが目をむいた。

 「夜遅くまでみんなと話しあってて、なんで知らないのさ?」

 「いや、会議ってのは、ああでもねえこうでもねえだからさ。 出てりゃわかるってもんでもねえんだよ。 俺は字が読めねえから地図を出されたってさっぱりだし、ずーっと話を聞いてたところで、最後の一瞬でウトウトっとしちまったらもう訳がわからなくなるし‥‥」

 「つまり寝てたのかよ」


 「ぜ、全軍迷子ですか‥‥」

 ヴィスカンタは肩で息をしながら、歌人の能天気な表情を何度も睨みつけた。

 「あなたの頭の中が何で出来てるのかも、今知りたくなりましたよ」

 

 それこそどうでもいいことだと、フライオは思った。

 なにしろ生きている限り、世界はつながっているのである。 ましてや今回は、確実に敵が潜んでいる狭い通路に入るだけなのだから、行き先ごときで迷っている暇などないはずだ。

 もちろんそう思っているのが、全軍の中でこの呑気な歌人だけであることを、疑う兵士がいるはずもなかった。

 

 辛うじて1日遅れで更新できました。

 それにしてもまるまる一章ぶん、展開のゆるいつなぎ部分にハマってしまいましたね。

 無責任男が次回は全軍を引っ張ります。 たぶん‥‥きっと。

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