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千里を歌う者  作者: 友野久遠
自由への戦い
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8、ドロッサの魔剣

 

 

 「あいつが敵だって?」

 「だってさ、モンテロスって魔導師が占領したんじゃないの?

  その王城をうろついてる人は、あやしいに決まってるじゃん」

 

 魔導師ポータの言う事はもっともだった。 歌人も内心でぎくりとしたのだ。

 ところが人間というものは、身に覚えがあっても自覚したくないことについて図星をさされると、とかく頭に血が昇りやすくなるものである。

 歌人フライオは、小さなポータの顔に額をぶつけんばかりにくっつけて反論した。


 「このボーズが、馬鹿ぁ言いやがら。

  あいつが誰だか知らねえのかよ?」

 「オッチャン、いっくらおいらがガキだっても、ギリオン・エルヴァの顔くらい知ってるよ。

  その人が王都を追い出されて、ずーっと冷や飯を食ってたのもね。

  だから今回、王族の敵側に回ってもおかしくないじゃんかって言ってんだ」

 「そんなことで、ギルが俺を騙そうとするもんか!」


 「ヒソヒソ声で怒鳴りあう」という器用な会話をしながら、フライオの背中を冷たい汗が流れて行った。 確かに、ギリオンが王宮にそこまでの忠誠を持ち続けている保障も確信もない。 生まれながらの貴族でも武人でもなく、王宮に憧れて王都に渡ったわけでもないのだ。

 幼い頃の暗号を知っていたことから、魔導師の成りすました別人であるという可能性は低いだろう。

 さっき手を取った時に、生きた人間の体温を感じたから、ゴアルド将軍のように死体として操られている可能性も外していい。 とすれば、お人好しの従兄弟が自分をペテンにかけているということになる。

 

 もとより、あまり難しいことを考えるのは苦手な性質(たち)である。

 感動の再会に水を差された不満も手伝って、フライオは子供じみた行動に出た。

 ギリオンのもとに駆け戻るや、ズバリと聞いたのである。

 「おいギル、このガキが、お前のことを魔導師の息が掛かってるって言って聞かねえんだ。

  何かそうでないって証拠があったら、見せてやってくれ」

 

 「ほう、賢い子だな」

 ギリオン・エルヴァは悪びれた様子もなく感心して、フードに埋もれたポータの顔を覗きこんだ。

 「確かに今の状態だと、疑いたくもなるだろうな。

  だがその前に、とりあえず急いで王城を離れた方がいいと思う。

  馬に乗れ、すぐに追っ手が出てくる。 私の旗色はその時証明してやることができるだろう。

  お前たちも、急いで行かねばならんところがあるんじゃないか?」

 「そうだ、本隊とはぐれちまったんだ。 ピカーノが引っ張ってるから戦闘は心配はねえと思うが、魔導師と戦うことになったらまずいんだよな」

 そのピカーノまで本隊と分離してしまったことを、フライオはまだ知らなかった。




 故国カラリアの王城前は、大きな町並みがあって賑やかな通りだが、山国モンテロスの王城の付近は、整地されてはいても寂しい山道だった。 通行手形を検めるための山門と小屋があるだけで、行き交う人の影もない。

 ギリオンは木陰から2頭の黒馬を引いて来た。 1頭をフライオに与え、自分は大柄な方の馬に跨る。 ポータはギリオンの馬に乗るのを嫌がって少しぐずついたが、フライオの乗馬技術で山道は無理と説得されて、渋々ながら武人の馬に乗り込んだ。  

 「こいつらは親子でな。 放っておいても親馬の後を子馬が追走するように躾けてある。

  ラヤは無理せず乗っかっているだけでいいからな」

 「やっぱりギルだ。 お前は昔っから、俺と違って馬の世話が好きだったもんな」

 フライオは、牧童の仕事を黙々とこなしていた幼い日の相棒の姿を思い出して笑った。

 歌ばかり歌って役に立たない従兄弟の分まで、この真面目な兄貴分がいつも働いてくれていたのだ。


 「ハイッ!!」

 無理せず乗れと言いながら、いざ鞭を受けて駆け出すと、ギリオンの馬は速かった。 急な坂道を転がるように追走する子馬の背中で、歌人は何度も悲鳴を噛み殺す。 

 (お、お手柔らかに頼むぜ‥‥)

 平地でさえそんなスピードで走らせたことはない。 しがみついているだけで精一杯であった。


 ついに歌人は目を閉じた。 視覚の恐怖を遮断して足音と振動に集中した方が、バランスを取りやすかったのだ。

 そうやっていると、子馬の背中に乗って草地を駆け回った小さな子供の頃に戻ったような気がした。

 不意に、泣きたいほどの安堵がフライオを包んだ。

 (そうだ、いつもギルの後ろについていれば何の心配もなかった。

  ギルのすることを真似していれば、叱られることも、怪我をすることもなかったんだ)


 

 どのくらいの距離を走った頃だろうか。

 「来たぞラヤ、馬を止めろ!」

 大声で呼ばれて、反射的に手綱を引く。

 

 刹那、フライオの頭上を大きな黒い塊が飛び越して行った。

 特大の鳥のような羽音を立てて、その影は彼らの行く手に飛び降りざま、人の姿に変わった。

 小柄な老人の魔導師である。

 痩せこけた枯れ木のような体格、青白い顔色。 異様に光る両眼の周りがどす黒く窪んでいる。

 

 老人は無言だった。 その手が呪印を組むために体の前へ突き出された、その瞬間。

 「せやッ」

 ギリオンが短く叫んだ。

 一瞬、真紅の閃光が目に焼きついた。 その正体はわからなかった。

 続いて、重いものが地面に落ちる音。

 少し遅れて、老魔導師の悲鳴が耳に突き刺さった。


 魔導師の両腕がなくなっていた。 見れば呪印を組んだまま、切り落とされて足元の地面でぎこちなく動いている。 ギリオンが馬で駆け寄るなり、長剣で斬りつけたのだが、あまりの速さにフライオはその剣を抜くところをすら見ることが出来なかった。


 「ドロッサの剣だ!」

 ポータが叫んだ。

 彼はギリオンの腰にしがみついて必死でバランスを取りながら、目を丸くしてギリオンの手にした長剣を見つめていた。 

 その剣の刀身は真赤な錆に彩られ、到底使い物になるとは思えぬ代物である。 しかしその剣先からしたたる血の色は、まさしく魔導師の腕を切り落とした時に付いた物だっだ。


 「ドロッサの剣は、イケニエの首を生きたまま斬り落とすための刀なんだ。

  たしか王宮の宝物殿で魔法省が管理してたはずだぞ!」

 「そいつを失敬して来たのさ。 もっともあったのは宝物殿じゃなくて、ジャンニ・ストーツの私室だったがね」

 ポータの言葉に答えながら、ギリオンは切り落とした魔導師の腕を、馬上から剣の先で器用に引っ掛けて拾った。

 「この剣は便利なんだ。 斬られた体が、斬る前にやっていたことを忘れない。 そら!」

 ギリオンの手の中から閃光がほとばしって、立ち上がろうとしていた魔導師を一瞬で吹き飛ばした。

 印を組んだままの魔導師の手から出た攻撃の魔法が、皮肉にも自分自身を襲ったのである。

 続いて第2の閃光は、坂の上から跳んでくる二人目の魔導師に向けられた。 その男も跳躍しながらこちらを追ってきていたのだが、一瞬で王城の城壁辺りまで吹き戻されて見えなくなった。


 「魔法に対抗するためにこっちも苦労をしてるのさ」 

 「すげえな、さすがはギルだ。 抜け目ねえや」

 「あとが厄介なのが難点だがね」

 ギリオンは苦笑しながら、顔にしがみついてきた魔導師の指をひきはがし、気味悪そうに投げ捨てた。

 「おいポータ、これで納得したろう。 魔法の臭いがしたワケがわかったじゃねえか」

 フライオが馬を寄せて、従兄弟の背中にくっついた小さな魔導師をからかう。 ポータも反論の余地はなく、まあねと肩をすくめて見せた。


 「さて、とりあえず追手は蹴散らした。

  このあとの行き先は、ラヤが決めてくれ。

  お前はそもそもどこに行こうとしてあんなとこに迷い込んだんだ?」

 兄貴分に問われて、フライオは頭を掻いた。

 「その‥‥セイロデだ」

 「セイデロスか? あきれたな、まるで方向が違うじゃないか。 

  どうやったらそんなふうに間違うんだ」

 「俺にもわかんねえけど、とにかく一瞬で来ちまったんだよ」

 「その一瞬を、もう一度やれるか? こんどは私も一緒に」

 問われてフライオは、複雑な表情で従兄弟の顔を見直した。


 「そいつはギルのリズム感によるな。

  俺の記憶じゃ、確か音痴じゃなかったはずなんだが」

 ギリオン・エルヴァは疑問詞の代わりに、美貌の眉間に縦皺を寄せた。 

 ま、また遅れてしまいました。 申し訳ないです。

 ようやく打ち込みができたという状態なので、読み直す暇がありません。誤字脱字あったら遠慮なくご指摘願います。

これからはぐれた軍隊を見つけねばなりません。イリスモントのいわゆる旗本隊もどうしているでしょうか。 いろいろ書いてたらまたテンポが落ちるので、とりあえずこのままフライオ側から描きましょうか。

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