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千里を歌う者  作者: 友野久遠
自由への戦い
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7、再会

 異変に気づいた時には、目前に木立ちが迫っていた。

 「おいッ、なんで‥‥」

 出しかけた自慢の声が空しく途切れる。

 そこにポータの高い悲鳴が被さり、一瞬後に激しい衝撃。

 フライオは馬の背中から投げ出された。

 目の前に広がった青すぎる空の色を、訳もなく腹立たしく思いながら、歌人は気を失った。




 「起きろ。 敵が来る」

 静かに揺り起こされたような気がした。 それとも意識を失った者が見る幻だったのだろうか。


 「起きろ、ラヤ(・・)


 ドンと音がするほどの衝撃を感じて、フライオは飛び起きた。

 目の前に横たわった白い塊が視界を塞いでいる。 よく見るとそれは、地面に倒れて動かなくなった馬の腹だった。

 立ち上がろうとすると、背骨が痛みにきしんで涙が出る。 石畳に投げ出された時にあちこち打撲したらしい。 その石には、うっすらと雪が降り積もっていた。

 足元に小さな人影が横たわっている。 ポータだ。

 「おい、大丈夫か」

 抱き起こすと、こちらは思ったよりもダメージを受けていないらしく、

 「痛えな。 オッチャン、もと牧童だったってほんとかよ?」

 いきなり文句を言うのでホッとした。

 「オッチャンはやめろ。 牧童ってのは乗馬はやらねえもんなんだよ。

  それよりここはどこなんだ?」


 立派な屋敷の奥にある広い庭園、という風情の場所だった。

 ただし、カラリアの一般的な貴族の屋敷のそれとは全く違っている。 使われている樹木は、絡み合う深緑の針葉樹と、ザリアと呼ばれる枯葉を愛でる品種の、冬の木々だ。

 尖った葉の先に銀雪を乗せた独特の木々が立ち並ぶその庭を、フライオはどこかで見たことがあった。

 どこであったかは思い出せない。


 痛みに顔をしかめながら、歌人は庭の歩道まで移動して、正面から庭を観察した。

 中央にそびえる石造りの荘厳な建造物は、寺院であるのか、大きな鐘の付いた塔を持っている。

 そこからの風景で思い出した。

 (そうか、壁に掛かっていた絵の中で見たんだ。

  大広間の正面にかけてあった。 確か、モンテロスの貴族の屋敷の中で見たぞ。

 するとここはモンテロス領内なんだろうか。 絵の中の風景に入り込めるわけはねえから、絵のモチーフになった場所ってことだろうが‥‥)


 そこで歌人はギョッとして、木立ちに身を隠した。 

 建物の陰から、黒い人影が現れ、こちらに歩いて来たからだ。

 黒尽くめのマント姿。 魔導師だ。

 「隠れなくっていいよ、あいつはニルスって下っ端だ。

  もうこっちのことは気づかれてるよ」

 擦り寄ってきたポータが笑った。


 果たして魔導師は、まっすぐこちらを目指して走って来た。

 その口から呪文が流れ出す前に、ポータの小さな手から発された青い火花が相手を吹き飛ばした。

 「すげえ!」

 歌人は思わず叫んだが、感心している場合ではないので、ポータの手を取って出口を探し始めた。 正確に何が起こったかはわからなかったが、移動に失敗して部隊からひとり孤立し、見知らぬ場所にいることは疑いない。 早く脱出してみんなと合流しなければならない。

 

  

 裏門らしい場所を求めて進んだ結果、衝撃的な物が歌人の目に映し出された。

 その行く手には、閉ざされて万人を拒否する巨大な鉄の門があった。 しかもご丁寧に門番がふたりもついており、更に彼らの服装は、絵本などで見覚えのあるモンテロス正規兵の物であったのだ。

 フライオとポータは飛び下がり、冬薔薇の植え込みの陰に逃げ込んだ。


 「ここは‥‥ここは、モンテロス王宮なのかよ?」

 フライオがターバンの上から頭をかきむしる。

 「行き先間違えたのか、オッチャン」

 「オッチャン言うな! 行き先はセイロデだったんだ。

  オレリオ情報では、砂山の下に魔導師が潜んでるって話だったから、東西から挟んであぶり出す作戦だった。 でもな、俺が調節しようとしたのは行き先じゃなくて速度なんだよ。 

  第一、間違えたんなら俺ひとり方向違いってのはおかしいや」

 「シーッ」

 葉陰から覗いて、ポータが慌てて口に指を当てた。


 すぐ後ろの建物から、数人の兵士が歩み出て来たのである。 そのままだと丸見えなので、反射的に逆サイドに体をずらしたのがいけなかった。

 次の瞬間、大声で誰何するモンテロス公用語の怒号が、雪の庭園に響き渡った。 門番に発見されてしまったのだ。


 呼笛の音が耳に突き刺さった。

 ポータが魔道で迎え撃とうと構えるのを、歌人は無理矢理バラ園の中に引きずり込んだ。

 「馬鹿、逃げるんだ。 相手してる間に囲まれちまうぞ」

 「門を破ってる間にだって、どうせ囲まれるよ!」

 

 その時、歌人の腕を誰かがグイと引いた。 そのまま勢いよく、小さな東屋の中に引っ張り込まれる。

 「じっとしてろ」

 小さく囁いた声に、フライオは息を飲んだ。

 「ギル‥‥?」

 視界が真っ暗になった。 頭から黒い布を被せられたのだ。

 それは汗と湿気で重くなった、不気味な魔道衣だった。

 

 「胸を張ってそこから出るんだ。 私の腕を取って、前を歩け」

 グンと腰の辺りを押され、フライオは慌ててフード付きの黒衣に袖を通し、声の主の腕を取って歩き出す。 振り向いて相手の顔を見ようとすると、腕を更に押されて仕方なく前を向いた。

 足元を見れば、大きすぎる黒衣を着けて、見覚えのある格好になったポータが一緒に歩いている。

 「行け」

 歌人の手の中で、握り閉めた相手の手首にぐっと力がこもった。 

 細いのにしっかりした筋肉の付いた、力強い腕だ。


 

 裏門に近づいて行くと、衛兵が揃ってモンテロス風の敬礼を寄越した。 フードを目深に下ろしたフライオの鼓動が早くなる。

 門番の一人が、短く何かを言ったが、モンテロス語なので解らない。

 「唇の前で呪印を結べ」

 後ろから囁かれた。

 呪印とは、魔導師の“礼”に当たる所作である。 カラリア人なら、子供時代に一度は真似をしたことがある仕草なので、フライオもポータも迷いなくやって見せた。


 後ろの男は更に小声で、次の印を指示する。

 その表現を聞いて、フライオの疑惑は確信に変わった。

 「2‥‥4‥‥『駄賃』‥‥『秘密』‥‥1‥‥掌を下へ」

 (やっぱりギルだ。 よく覚えてやがったな!)

 

 大人になったギリオンの声を聞いたのは、昨年のクラステの夜、あの短い再会の時だけだ。 それだけでも、歌人は自分の耳が従兄弟の声を聞き違えるとは思っていなかった。 それが今の相手の台詞で一層強く裏づけされたのである。

 幼い日、近所の子供たちも一緒にやった戦争ごっこの中で、彼らはいくつもの暗号を作っていた。

 そのほとんどはすぐに忘れてしまったが、一部はいつまでも日常の中で使用され、仲間だけの隠語として使われていたのだ。 その殆どが、片手で出来る簡単なサインのような物だった。

 この謎の人物は、印の形を説明する言葉に、そのサインを交えて指示を出したのである。

 門番がうなずき、重い鉄の裏門を、ふたりがかりで押し開いて歌人たちを通してくれた。



 「馬がある」

 門が閉まるや、フライオはまた腕を引っ張られた。

 「おい、待て。 ギルだろう?」

 我慢できずに歌人はフードを跳ね飛ばし、相手の顔を見た。

 

 目の覚めるような豪奢な色の、つややかな金髪。

 日焼けした顔は、神が優れた美意識を有していると証明するかのような秀麗なつくりだった。

 山のような絵姿を国中に量産させた、ギリオン・エルヴァの顔である。

 「ギル! ギル!! こんなとこにいたんだな。

  あああ、竜神よ、ご加護ご恩寵に感謝します」

 フライオが思わず相手の肩を抱き締めると、相手も感慨深く歌人と抱き合った。

 「悪かった、心配かけたんだな。

  ラヤに連絡せずすまなかった」

 「何を言う。 生きて会えただけでもう何も文句はねえさ。

  おまけに助けて貰ったんだもんな」

 「いや、私もお前のおかげで城から出られたのだ」

 ふたりは一層しっかりと抱き合って、互いの肩口を涙で濡らし合った。

 

 

 

 聞きたいことは山のようにあったが、後回しにして今は再会を喜ぶことで心が一杯だった。

 感涙にむせぶ青年ふたりの足元で、ポータがエッホンと大げさな咳払いをした。

 そしておもむろに宣言した。

 「おいオッチャン、小便がしてえな」

 再会の感動が台無しである。 

 

 「だから子守はやだったんだ」

 フライオは唇をひん曲げてポータを物陰に連れて行った。

 ところがポータはふと声を落として、歌人の敏感すぎる聴覚に爆発物を投げ込んだのである。


 「オッチャン、アイツを信用すんのはよしたほうがいいぞ。

  アイツは敵だ。 体から魔道の臭いがする」


 今回金曜更新に間に合わず、1日遅れてしまいました。 申し訳ないです。

 理由は私事ですので、活動報告の方に書こうと思います。

 さて、やっとギリオン君再登場です。 彼がなんであんなとこにいたのかとか他の部隊はどこ行っちゃったかとか、書かなきゃいけないことがたくさんありますが、それをあざとく引っ張りながら、来週も頑張れたらいいなと思っております。 

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