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千里を歌う者  作者: 友野久遠
自由への戦い
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6、行進はお手々つないで

 

 「演説は不要だ。 私は総大将を辞退したのだぞ。

  ここで全軍に進撃命令など出したら意味がないし、第一この人数では大半の者が聞き取れぬ。

  作戦については各部隊で徹底して把握しておる。

  何もする必要はない。 このまま出発しよう」

 広場に集まった全軍に号令をかけるのを、王太子イリスモントはそう言って固辞した。


 「殿下、せっかく盛り上がった兵士たちの意欲を散らさぬよう、まとめてやるのも上の役目なのです。

  せめてご尊顔だけでも、兵士たちにお見せになっていただけませんか」

 憲兵隊長のサルキシアン大佐が懸命に説得し、ようやく王太子を広場に連れ出した。

 

 歓声が、どよめきとなって広場を満たした。

 王太子の姿を見ただけで、兵士たちは感激して涙ぐみ、口々にその名を呼んだ。

 「殿下、王太子殿下!」

 「イリスモント殿下」

 「王子王女殿下ラス・プリンチェプランツ!」


 “王子王女(プリンチェプランツ)”というのはおとぎ話の題名だ。 亡くなった兄王子の身代わりとして、国を背負って立つ姫君の活躍を綴った古い童話である。

 カラリアでは魔導師の反乱以後、この童話が密かなブームになっていた。

 ちょうど女ながらに王子のふりをしていたイリスモントの身の上や性格と、物語のヒロイン役のイメージが重なったためであろう。


 キャドランニが巨人クルムシータを呼んで、皆から見えるように精霊の巨体の肩に王太子を乗せる。

 兵士たちの興奮は更に高まった。

 巨大な精霊の肩にちょこんと腰掛けた小柄な男装の娘は、いつにも増して可憐で謎めいた、妖精のような存在に思われた。


 「我らの女神に!」

 剣を抜いて野太い声を張り上げたのは、“牙”の首領ロンギースであった。

 一瞬の沈黙のあと、兵士たちからドオッと賛同の声が沸きあがる。

 「勝利の女神に!」

 「女神に!」

 「王子王女(プリンチェプランツ)万歳!」

 兵士たちは次々に剣を抜き、天に翳して誓いの声を上げた。


 

 行軍が始まった。

 この時、伝説の歌人は魔法の竪琴を弾き全軍を励ましたと、後世の物語では伝えられている。

 が、実際にはこの時点では、歌人フライオは黙って行軍を見送っている。

 憲兵隊兵舎の中から一番大人しい白い馬を借り、またがった自分の腰の前に小さな魔導師を座らせていた。 この子供には重い甲冑は無理なので、竜のターバンとフードつきの上着を着せたのみである。

 幼い魔導師は、瞳を輝かせて兵士たちの移動を見守っていた。


 「よう、色男。 ついに年貢の納め時かよ」

 列の中から、ロンギースが大声でからかった。

 「子連れが似合うと思ったらあんたか」

 「パパかっこいい!」

 「ほれほれ、あっちでマンマが見送りだぜ」

 盗賊どもが、馬で通過する瞬間にゲラゲラ笑って声をかけて行く。 どうやらポータをルーラとの隠し子かなにかと勘違いしているらしい。

 

 「オッチャンは、あの怖い顔の兵隊さんと一緒に行かなくていいのか? 友達だろ」

 苦々しい表情のフライオを見上げて、ポータが尋ねた。

 「怖い顔は正解だが、それ以外全部間違ってるぞ」

 フライオが渋面で訂正する。

 「あいつらは兵隊じゃなくて山賊だし、友達じゃなくて敵だし、なにより俺はオッチャンじゃねえッ!」

 

 「ふうん。で、一緒に行かなくていいの?」

 「もう少し後の分隊と一緒すんのさ」

 「全員おんなじとこへ行かないの」

 「ふた手に別れる。 俺たちは遠回りして反対側へ回り込むんだ」

 「遠回りは時間かかるんじゃないの?

  一緒に出ちゃって遅れないの」

 歳相応の好奇心に瞳を輝かせ、ポータは質問を重ねる。 その頭を、フライオがぐりぐりと撫でた。


 「まあ心配すんな。

  ほれ来た。 あいつらにくっついて行こうぜ」

 そう言ってフライオが、行進を始めたばかりの一隊に馬を寄せると、先頭で軍機を掲げていた少年兵が

 「げッ、来た」

 濁った声でわめいた。

 「分隊長、やっぱり来ましたよ!」

 「あーあーあ、ホントに来やがんのかい」

 呼ばれてため息をついたのは、親衛隊から派遣されて分隊長となった、「巨漢の主婦」ピカーノである。

 彼は王都から、貴族の若手部隊をまとめ上げて連れて来たのだが、どうも若い騎士たちのリズム感についていけず悩んでいるらしい。


 「キャドランニと行けばいいじゃないかね。

  なんでわざわざ俺のとこなんだ」

 「他の連中が抜群だからさ。 見ろよ、あんた以外の連中は喜んでるぜ」

 フライオが手を上げて、後続の兵士に挨拶すると、ワーッと歓声と口笛の嵐が起こった。

 「ま、しょうがねえ。

  イーノはモニーにくっついてねえと気が済まねえんだ。

  あっちは精鋭が揃ってるし、安心していこう」

 「心配なのはそっちじゃないんだがね」

 「グチグチ言ってねえで号令かけろよ。

  みんな待ってるぜ。 なあ!」

 またワーッと歓声が起こる。

 

 ピカーノはわざとらしいため息をついてから、しぶしぶ息を吸い込んだ。

 「‥‥歩兵隊、2列縦隊! 隣と手をつなげ!」

 若い兵士の顔が面白がって崩れ始める。 もう何度も訓練しているのに、いつもここで笑いが起きるのだ。 ピカーノが怒鳴りつける。

 「騎馬隊ダラダラやるな、後方につけ。

  笑うんじゃない。まじめにやらんか!」

 「‥‥頼むからまじめにやらんでくれ」

 フライオが笑いながら、宙に手を伸ばして竜弦の琴を奏で始めた。

 ポータが目を丸くして、震える一瞬の残像しか目に留まらない、不思議な楽器を見つめる。


 軽い爪弾きに合わせて歌人が歌いだしたのは、民謡のような素朴なメロディだった。

 ところが兵士たちは、素朴と言うにはとんでもない動きで、その音色に反応し始める。

 「シャッテン」

 あるステップの名前を、ポータが口にした。

 片足を先に出した足に近づけながらスライドする、いわゆる“ツーステップ”である。

 

 兵士たちはダンスをするように隣同士手を取って、そのシャッテンのリズムで踊るように歩いていた。

 沿道の見物人たちが、呆れたように目を見張る。

 そのうちこちらからも、押し殺した笑いが漏れ始めた。


 「まわりを気にするな。 まだ揃ってない。

  騎馬隊、ちゃんと拍子取れ。 馬が取るのは無理なんだぞ。

  人間がやるんだ、尻でリズム取れ。 歌っていいぞ」

 「チータラッタ、ヘーイヘイ!」

 勝手な歌詞をつけて歌い出す者もいる。 ついに見物の市民が大声で笑い出した。


 と、その時。

 嬉しそうに飛び跳ねる兵士たちの姿が一瞬、ドカンと音を立てて高速で前へ流れた。

 そして、次の瞬間消えてなくなった。

 歩兵も、騎馬隊も、旗持ちも、そして歌人も。


 沿道の観衆が大騒ぎを始めた。



 「王太子殿下! フライオが分隊移送に成功しました!」

 後方からの連絡を受けて、キャドランニが弾んだ声で報告した。

 王太子の第1分隊は先頭集団であるから、すでに出発から小半時も歩いたところだった。

 「よかった。 何度やっても彼らが一番成績が良かったからな。

  後半部隊全部まとめて行けたのか」

 兜の面垂れ(モスカ)を上げて、王太子が微笑んだ。

 「は、はあ、と、その‥‥。 い、一部を除きましてですが」

 「なんだ、一部とは」

 「今、こっちへやって来ます」


 道の後方から、馬が一騎全力で疾走して来る。

 全軍に道を空けさせ、馬を通らせた。

 

 近づいてきたのを見ると、馬上の武将は巨体に青い立派な甲冑をつけ、そしてそれに負けないくらい青い顔をしている。 ピカーノであった。

 「で、殿下、申し訳ございません。

  置いて行かれてしまいました」

 「そなたひとりか」

 「そ、そのようで」

 「ぷッ」

 王太子がたまらず吹き出した。 キャドランニが続いて笑い出す。

 「お前‥‥どれだけリズム感が悪いんだよ」

 「言ってやるなイーノ、この男は真面目なのだ」

 「殿下が一番お笑いになっておられるじゃありませんか」

 「あははははは」

 

 大笑いされて、青かった顔を真赤に染め替えたピカーノが怒り出した。

 「笑い事ですか! 指揮官なしでこのあとどうするって言うんです?

  彼らは水鏡を持ってないんですよ?」

 「まあ慌てるな、ピカーノ。

  水鏡自体に仕掛けがあるわけじゃない、そのへんの水溜りからでも通信は可能なんだ」

 「そう、歌人と魔導師がついて行ったのなら心配ない。

  さあ、我らは地道に行軍するぞ」

 キャドランニと王太子が口々に部下をなだめるのを見ながら、後ろで“砂漠のマルタ”が馬の首に顔を伏せて静かに笑っていた。


 図らずも全分隊で一番リズム感がないことを証明されてしまったピカーノは、うなだれて本陣と合流したのだった。


えー、遅ればせながら「残酷表現」の指定をつけました。 て、ほんま遅いわッ!

魔導師の本拠地をどう描くのかまだ決まっていないと言う体たらくですが、青息吐息でなんとか続けておりますのでどうかお見捨てなきよう。

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