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千里を歌う者  作者: 友野久遠
自由への戦い
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5、いざ出陣!


 「チルダ! 葦原を通ったら、横笛をお土産にやるから待ってろよ。

  ミリア! チェリックの駒は触らねえでくれ。 俺の番だからな。

  ナナ! 夕べの差し入れ、うまかったぜ! 

  リアリス、今朝のパンについてたジャム、また作っておいてくれ。

  それとジュリエッタ! ‥‥食いすぎるなよ!」


 

 早朝の憲兵宿舎を出て行くとき、歌人フライオは後ろを振り向いて、手を振る5人の男装(マミータ)たちに愛想を振りまいた。 

 出陣の朝である。

 後方勤務の憲兵たちが宿舎から走り出て来て、鮮やかに整列すると敬礼を送った。


 王太子の号令で立ち上がった国内の貴族私兵や武人、民間兵士たちは、この日ついにボッカルトの広場に集結を果たした。 その数はおよそ11万とも言われ、国防に携わる職業軍人の4倍もの数に当たる。

 しかもその人数を見て、用心深かった一部貴族たちが、我も我もと援軍を送ったので、更に出発後には、移動しながら18万まで増えるという、前代未聞の事態に及んだ。


 のちに「竜神服同盟コロ・ミトスゴールコーダ」と呼ばれたこの集団は、これまでカラリアにはなかった形の軍隊であった。

 いわゆる連合軍であり、総大将が存在しない。


 貴族の私兵軍団。

 山賊と商人の私兵たち。

 旧体制が瓦解した際に失業したもと軍人たち。

 これに傭兵やモンテロスの敗残兵、セイデロスの生き残りや有志活動家たちが加わって、それぞれがリーダーを掲げている。

 

 王太子率いる親衛隊と、その縁戚やもと軍人の部隊がそれぞれの部隊を案内して来ていたが、彼らが各部隊に号令を出していたわけではない。

 各部隊のリーダーたちは、それぞれ水鏡と呼ばれる水槽通信で王太子と1日2回の話し合いをしながら、兵を運用しているのである。


 通常なら互いに功を焦ってバランスが崩れがちになる編成を支えているのは、最高位である王太子の人望と即戦力であったろう。 

 敵は魔導師である。

 これまで戦争に参加することのなかった彼らは、未知の不気味な存在であり、武人たちは勝手がわからぬ戦闘に不安を持っていた。

 この不安を払う存在として、竜神とそれを使う者を抱える王太子の存在は大きく、武人たちはイリスモントの前で謙虚にならざるを得なかったのだ。


 全軍兵士たちは、ボッカルト市民広場に入りきらず、山側や沿道脇に激しくはみ出して集結していた。

 「水鏡」で1日2回顔を合わせていた各部隊の司令官たちは、実際は初対面とも言えたのだが、旧知の友のように互いの肩を叩いて合流を喜び合った。


 全兵士というわけに行かなかったが、各司令官と主だった者たちに、仕立て上がったばかりの赤い竜皮の軍服が支給された。

 兵士には鉢金代わりに額を守る帯として、竜皮のターバンが配られたのみであるが、彼らは大喜びでそれを装着し、竜神を称えて気勢を上げた。

 額の帯を朝日に赤く輝かせて、勝利の誓いを立てる兵士たちの勇姿を、後世の歌人たちがこぞって歌に残している。



 さて、ここにひとつの疑問が生まれる。

 「なぜ、他の歌人の歌として伝わっているのであろうか」


  この日現場にいたはずの歌人フライオ・フリオーニ本人が、この日の兵士に送った歌としてではなく、である。

 答えは簡単。

 歌人フライオは忙しかった。

 彼は王太子イリスモントから、26曲もの宿題を課せられていたのである。


 出陣前の晩、どさりと重たい書類を懐に押し付けられた。

 「愛しい歌人に頼みがある。

  これを歌詞にして曲をつけたものを、兵士たちに道々暗記させようと思う。

  捕虜のオレリオから聞き出した、魔導師たちそれぞれの『捧げもの』だ。

  これを全員に告知し記憶させることで、我々の勝利が開ける。

  よろしく頼む」


 「ッたく、過重労働だ」

 口の中でブツブツ文句を言ったのは、26曲という量の重さだけでなく、一つ一つの書類の内容がまるで歌心をそそらない陰惨なものだったからである。

 「俺は訓練も受けてねえのに、従軍兵士と同じスケジュールをこなしてんだぞ。

  この上、睡眠時間まで削れるもんかよ」


 しかし、そのことを王太子に訴えるわけには行かなかった。

 イリスモントは女性の身でありながら、兵士たちと起居を共にし、なおかつ深夜までに及ぶ作戦会議を毎夜こなしていたのだ。

 さらに彼女は、その肩に責任と言う重荷も負わねばならなかった。


 広場を埋め尽くした兵士たちのざわめきを前に、王太子は広場正面兵舎で身支度を整えていた。

 歌のことで相談があったフライオが兵舎に入って行くと、控えの間から飛び出した王太子が、2階へ駆け上がって行くのが見えた。


 「‥‥モニー?」

 2階のホールに上がっていくと、王太子は窓際で外を見ていた。

 その肩が小刻みに震えている。

 ゆっくりと歌人を振り返る顔が蒼白だった。

 広場には、身動きが取れぬほどの兵士がひしめき合って整列していた。


 「歌人よ、私はいったい何様なのだろう。

  これだけの人々の命を危険にさらす権利が、私にあるのだろうか」

 細く不安げな声で王太子がつぶやく。

 「神ならぬこの身に、彼らに死を命じる権利などないはずだ。

  だが、戦闘が始まれば、間違いなくこの中の何割かは死ぬのだ」

 

 フライオは王太子の手を取り、自分の掌でそっと包んだ。

 その指先は氷のように冷たかった。

 「死なねえよ」

 「‥‥なに?」

 「誰も死なねえ。 この中のひとりもだ」

 王太子は眉をひそめて、歌人を軽く睨んだ。

 「そんな戦闘があるものか」

 「あるんだ。 今回はそうなる」

 「何でそう言い切れる」

 「俺がそう願って、そう歌うからさ」


 王太子のあっけにとられた表情が、しばらく動かずに歌人に注がれた。

 「信じてねえな」と、フライオ。

 「‥‥いや。 そうだな。

  そなたが信じた方がいいと言うなら、信じよう」

 「信じてくんな」

 「わかった」


 少しぬくもりの戻った彼女の指先をまだ暖めながら、フライオは階段を降り始めた。

 「兵士たちに、歌の指導をする時間が必要か」

 王太子が質問する。

 「要らねえ要らねえ。

  あんなにたくさん、俺だってまだ覚え切ってねえよ」

 「しかし、いきなりでは兵士たちが歌えまい」

 「オウム返しに繰り返せる歌にするから、その場で歌えらあ。

  それより、魔導師が現れたら、正確に名前が言える奴を、俺のそばに置いといてくれ」

 「それなら適任がいるぞ」


 王太子は、廊下の隅に向かって軽く手招きをした。

 そこに若い女が立っており、嬉しそうに早足で近寄って来る。

 「フライオ!」

 「ルーラじゃねえか!

  なんだなんだ、わざわざ出立を見送りに来たのかよ?」

 底抜けルーラは、ストロベリーブロンドの髪を揺すって笑った。

 「違うわ、あたしは付き添い。

  ポータがどうしても参戦したいと言ってるの」

 ルーラの後ろにぴったりくっついて来ていた人影が、ドレスの後ろからおずおずと顔を出した。

 ルーラとよく似た赤味のある金髪の、可愛らしい男の子だ。

 

 「うん? どこのガキだ、こいつは」

 「何言ってるの。 あなたたちが捕まえて来た子でしょうに」

 「あのくっそ可愛げのねえ魔導師のガキかよ?」

 フライオは面食らって、まじまじと子供の顔を見た。

 手を伸ばして頭を触ろうとすると、照れたようにスカートの陰に入ってしまう。

 黒装束に包まれていた姿しか見ていないので見違えた。 それだけでなく、子供の表情も態度もとても穏やかになっており、年齢相応のあどけなさが戻って来たせいで、印象がまるで違うのである。


 「ポータは悪い魔法が解けて、あなたたちにとても感謝してるって。

  だから今回はぜひお手伝いがしたいと言ってるの」

 「悪い魔法?」

 「魔道の神に捧げた呪よ」

 「ああ、あの陰気な記憶か」

 26枚の書類を思い浮かべて、歌人は顔をしかめた。

 「この子の呪いはあたしが解いたみたい」


 ルーラは、子供の肩をゆっくり押してフライオの正面に立たせた。

 「おいおい、勘弁してくれよ。

  こんなちっせえガキを、戦場に出せるもんか」

 「この子は魔導師よ。

  自分より上級の魔導師たちに攻撃は出来ないけど、自分の身は自分で守れる。

  それに聞くところによると、修行年数は少ないのに、オレリオって人よりも上級らしいわよ」

 「ほんとかよ」

 ポータはこくんとうなずいた。

 

 「お昼寝やおシッコタイムは、なしでいいんだろうな?」

 助けを求めるように振り返ったフライオの顔を見て、王太子は初めて笑った。


 「よし、平均年齢が下がったところで、出陣といこうか!」

   

26枚の書類等、呪いの詳しい内容や説明については後回しにしてしまいました。

使用時に解説つきでやる方がいいかなと思ったんですが、テンポがおちたりするかなと不安もあり。

ポータくん、7歳くらいでイメージしてます。

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