3、ジュースと挽き肉
♪ いざ行かん たぎる血潮のおもむくままに
けぶる砂塵の戦場へ
勇者の牙よ
勇者の牙よ
そは我らの希望の光
そは明日への凱歌
仰ぎ見る空に 旗はなくとも
我らの未来をここに照らせよ
勇者の牙よ
勇者の牙よ
幼子の命をつなぎ
民人の夢をつむげよ
娘らの笑顔に報い
父母の胸に響けよ
この日、歌人フライオ・フリオーニは、馬上で見えない竪琴を奏でて歌った。
その姿はのちに、カラリア王家の多くの広間に壁画として残されることとなった。
虹の歌人フライオは、この日初めて、軍用歌人として戦場に歌声を響かせたのである。
そしてその声は、濃密かつ巨大なパワーを兵士たちにもたらし、戦場は一気に活気付いた。
戦闘は激しかったが、オーチャイス村で会戦した時とは様相が一変していた。
ボッカルトの町の隅でいくつも上がった「ときの声」は、元気いっぱいの笑い声だった。
そして、憲兵詰所から飛び出して来た兵士たちは、剣は腰に収めたまま、手に手に変わった武器を持っていた。
先陣の歩兵たちが持っているのは、茎刈りと呼ばれる柄の長い剪定ばさみ。
2番隊の騎兵たちは、馬上から操れる丸鉄の破錠槌。
後ろの一隊が、果実酒作りの職人が使う、木の実をつぶすための巨大な杵を手にしている。
「死体相手に、誇り高い騎士の剣は不要である!
これは戦闘にあらず、駆除活動だと思え。
足を斬って動きを止め、上から叩いて骨を潰し、あとは粉砕してしまえ!!」
「わはははは、セイ・ヤー!」
サルキシアン大佐の命令のもと、憲兵隊は戦闘ではなく、「死体解体」を始めたのであった。
「害虫駆除だあ」
「全部液体にしちまおうぜ」
「臭え酒だな、わはははは」
憲兵隊が勢い込んで破錠槌を振り下ろすと、動きの鈍い死体の群れはひとたまりもなく昏倒した。
足刈り部隊は、死体たちの剣の攻撃を、片腕に着けた小ぶりの盾で受けつつ、相手の足を切断する。
身長が3分の1になった敵兵を、果実酒作り部隊が取り囲んで、「血の餅つき」が始まった。
「あーあーあー、エグい作戦だ。
ここまで腐臭が飛んでくるじゃないか、たまらんな」
キャドランニが顔をしかめた。
「現にモニー、適当なトコでやめさせた方がいいぜ。
あいつらをどの程度ぶっ壊せば使い物にならねえのか、全然わかってねえんだからさ。
この次に戦う時に、ミンチとジュースが剣持って並んでたら、怖かねえか?」
フライオが道案内をしながら、ターバンの裾で鼻と口を覆った。
王太子イリスモントは、黙ったまま歌人のターバンに手を伸ばした。
そしてその手に握りこんでいた小瓶から、1滴のしずくを布の上に落とした。
「おッ」
フライオはフンフンと鼻を鳴らした。 そこら中に爽やかな芳香が広がっている。
「こいつはいい。 臭えのが一気に気にならなくなった。
モニー、もしかして王室ご用達の香水か?」
「違う。 マルタが持っておった物を借りておる」
王太子が涼しい顔で言って、自分のターバンにも1滴垂らす。
マルタ・キュビレットが飛び上がった。
「殿下、こ、困ります。 それは大事なもので」
「そう、隠れて一杯やったあとの必需品だな。
そうであろう、マルタ?」
「い、いや、その‥‥」
もともと無口な男なので、反撃の台詞が見つからずに黙り込んでしまう。
「なになに、香水じゃなくて臭い消しなのか? 私にも貸せ」
「あ、これいいですね。 さっぱりしました」
キャドランニとユナイが瓶を受け取って使い始める。
王太子は笑いながら、瓶をマルタのポケットに入れた。
「お前の酒好きも、たまには役に立つものだな。
よし、準備万端整った。 行って来るぞ、フライオ。
ミンチがジュースになる前に、赤い騎士を落とそう!!」
「セイ・ヤー!」
王太子一行は馬に鞭をくれ、フライオから離れて市街を抜け、山の方に駆けて行った。
迂回して斜面の上から、赤い騎士ゴアルド将軍を急襲する作戦である。
フライオは市街に残り、憲兵隊のバックアップを続けることになっていた。 歌いながらの隠密行動はまず無理だからだ。
ついでに歌人は、確かめてみるつもりだった。
自分の歌声がどの程度遠方まで届き、どのくらい人に影響するのか。
移動を始めた国内の兵士に、竜神の時間短縮は可能であるのか。
もともと勤勉ではない男だが、命を賭して戦地の土に立つ以上、呑気なことを言ってはいられなかった。
フライオに聞いた裏道を通って、王太子一行は林を半分回り込んだ形で、丘の上に出てくることが出来た。 全員が木陰に身を隠し、互いの顔をのぞき込む。
すぐ目の下の坂道に、赤い甲冑のゴアルド将軍の姿があった。
羊を囲うための柵の上に巨体を乗せて微動だにせず、背には相変わらず腐りかけた生首を背負っている。
(こんなに離れたところでは指令が出せるわけもなし、何のためにこの男はここにいるのか)
全員の頭に疑問符が浮かんだ。
そっと近づいて行くと、歩兵の群れに負けず劣らずの悪臭がする。
ただし、マルタの臭い消しの効用で、吐き気までは感じずに済んだ。
「行くぞ。 さん、の」
「せえッ」
赤甲冑の背後から、全員で襲い掛かった。
マルタが左腕を、キャドランニが右腕を押さえ込む。
同時に王太子とユナイが協力して、背中にくくられたセイデロス国王の首を又槍ごと奪い取った。
「おわああああう」
ゴアルド将軍が雄たけびをあげて、首を奪い返そうとする。
押さえられた両腕を思い切り振り回すと、肩のところから両腕とも外れてしまった。
鈍い音と共に、香料などものの役に立たぬくらいの強烈な悪臭が立ち込めた。
中から茶色い液体と、真っ白い蛆虫、そして蝿の大群が飛び出して来る。
「げえええッ」
キャドランニが腕を放り出して尻餅をついた。
マルタは腕を投げ出すや将軍に踊りかかったが、凄まじい力で振り切られてしまった。
王太子が生首を抱えて坂道を駆け下りる。
腕のない将軍がそれを追いかける。
ユナイがその間に立ちはだかり、剣を抜いて迎え撃とうとした。
一瞬、火花が散って目がくらんだ。
剣と剣が激しくぶつかり合ったのである。
(腕がないのに?)
少年が目を凝らして相手を見る。
立派な八の字髭に蝿をいっぱい集らせた小男の軍人が、ユナイの剣を弾き飛ばした。
ユナイはその男を知らなかった。
しかし、その場の全員が知っていた。
「エルディガン!?」
マルタが叫びながら、もう一度ゴアルド将軍につかみかかった。
「なんでエルディガンだ? どこにいやがったんだ?」
キャドランニが跳ね起きて、エルディガンに駆け寄ると長剣で斬りつけた。
1撃、2撃。 どちらも難なく跳ね返された。
そして、反撃。
エルディガンの剣先が、信じられない速さで繰り出される。
(強い!)
斜面の上側にいなかったら、やられていたかもしれない。 キャドランニも腕自慢であるが、近衛隊のトップには今ひとつ及ばず、防戦だけで手一杯である。
加勢しようとしたマルタの足に、何かがからみついた。
勢い余って斜面に転がる。
マルタの足一面に、光る魔法の蛇がまとわり付いていた。
「魔導師か!」
見回すと、黒い頭巾姿の男がひとり、近くの木の上で、枝に立ったままこちらを見下ろしていた。
その指先が、マルタの足を指差している。
蛇たちは一斉に鎌首を持ち上げ、牙を剥いてマルタの腹に食いついた。
うめき声ひとつ立てずにマルタが短剣を抜き、腹をかみ破ろうとする蛇の頭を次々と切り落とす。
「腹に穴なんかあけないでくれ、飲んだ酒が漏れたら困るじゃないか」
その間に、ゴアルド将軍は転がるように斜面を走って王太子に迫っていた。
後ろからユナイが追いかけるのだが、あと少しと言うところで剣先が届かない。
王太子も重い首を抱えて速度が上がらず、ついにゴアルド将軍が追いついた。
腕がないので、倒れてのしかかる。
王太子の口から、小さく悲鳴が漏れた。
誰もが息を飲んだ、その一瞬。
一陣の風が、斜面をあおって吹き抜けたのだ。
途端に、ゴアルド将軍の動きが止まった。
赤い甲冑が前にのめって、棒のように草地に転がった。
エルディガンは糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
クルムシータが、上空から翼で風を起こし、樹上の魔導師を吹き飛ばしたのだった。
王太子が生首を放り出して、草の上に座り込んだ。
キャドランニが駆け寄って見ると、魔導師は木の上から落ちたショックで、意識を失っていた。 フードを上げてみると、意外にも若い金髪の男だった。
魔法が切れたため、全ての戦闘が知りきれトンボで終ってしまっていた。 しかしあとで判明したところによれば、実は市街の戦場では誰もその事を知らなかったらしい。
憲兵隊はすでに、すっかり勝利に酔いしれて餅つき大会をやっていた。
ひき肉と液体に変わり果てた死体の中には、すでに身動きする者はいなかったのである。
「残虐な表現」で警告をつけるべきだったか‥‥かなり悩んだんですけど。
あっさり描いたので大丈夫かなと思いそのままにしました。
も、もし不都合を感じられた方は感想でもメッセージボックスでもおっしゃってくださいね‥‥。意外と判断が付けにくいものでした。