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千里を歌う者  作者: 友野久遠
自由への戦い
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1、戦う死体たち

 オルムソの山肌に張り付いたオーチャイスの村落は、山に書き込んだ絵のように幻想的だった。

 道に付けられた柵や民家の古いたたずまいをバックに、畜舎から解き放たれた牛や羊が、優雅に草を食んでいる。

 その横で、戦闘は繰り広げられていた。

 のどかな風景に似つかわしくない、醜悪かつ壮絶な殺し合いであった。


 村の入口に設けられた、大きな柵の前である。

 本来この柵の役目は、狼などの野獣から家畜を守ることであったが、目下のところこの柵こそが、憲兵隊の最後の砦となりつつあった。

 後ろに庇った農民とモンテロスの市民たちが山を降りるまで、ここで持ちこたえねばならないのだ。

 「ひるむな、攻撃をやめるんじゃない。

  下がってはいかん、下がるなと言うに、踏ん張らんか!!」

 憲兵隊司令官マルチェロ・サルキシアン大佐の怒号が悲痛にこだまする。

 「ふわあああっ」

 「いへェェッ」

 気合いを入れようと大声を出す兵士の腹に、力が入っていない。 敵の常軌を逸した戦いぶりに、完全に気を呑まれているのである。


 敵陣の先頭を飾るのは、どす黒い顔色をした死体の兵士たちだった。

 死体であるから、何度斬られてもすぐに立ち上がって向かって来る。 さっきから斬りまくっているのに、少しも数が減らない。

 死体であるから、刀を持った腕を切り落とされれば、反対側の手で拾って腕ごと振り回す。

 足を斬られれば、転がってきて馬の足をすくい、腹を斬られれば、自分の内臓をつかんで投げつけて来る。

 憲兵隊を悩ませていたのは、敵が死体であることその一点であった。


 何よりも問題であったのは、死体が不潔であったことだ。

 彼らは全身が腐っており、まず近寄って来ただけで鼻が曲がるほどの異臭が漂う。

 顔は皮が溶けて崩れ落ちていたり、動いた拍子に目玉が転がり落ちたり、頭が無くなったりする。

 そんな物体が剣を振り回す様は、悪夢としか思えない不気味さである。 のみならず、彼らは動くたびに、腐った体から血液ではない汁を降り飛ばし、斬られるたびに蝿と蛆虫(うじむし)を撒き散らすのだ。


 「げえええッ」

 あまりの悪臭と、グロテスクな光景に、胃の中のものを吐き戻す憲兵が相次いだ。

 彼らが真に戦っている相手は、敵ではなく自分自身の嫌悪感と嘔吐感であった。

 こみ上げる胃液の逆流をこらえるために剣先は鈍り、吐くために地面に顔を伏せた一瞬に攻撃されて、そのまま動かなくなる兵士が続出した。



 「これはひどい。 戦いと呼べるレベルのものではないな」

 王太子が顔をしかめながら言った。 上空を旋回しているだけで、ひどい悪臭に気分が悪くなって来る。

 大きな翼を広げて飛ぶ、巨人クルムシータの腕の中にいるのは、4人のカラリア人であった。

 カラリア王国のもと王太子、イリスモント。

 虹の歌人、フライオ・フリオーニ。

 王太子の親衛隊長、イーノ・キャドランニ。

 辺境警備隊の兵卒であった、ユナイ・キュデロ少年。

 取りも直さず戦局を把握するため現場に飛んで来たのであるが、約1名不本意な表情の者がいた。


 「王太子殿下、これではあんまりです。 私をここで降ろして下さい」

 居ても立ってもいられなくなったキャドランニが、主君に訴えた。

 「憲兵隊の出動を依頼したのは我々ですぞ。

  そのために彼らはこの窮地に陥っているというのに、こんな所で知らぬ顔の高みの見物は出来ません。 せめて私だけでも一緒に戦います」

 「そんでもって一緒にゲロ吐くのか? 意味ねえぞ」

 歌人フライオがあきれたように首をすくめた。 王太子がその横で苦笑して、キャドランニの肩を叩いた。

 「まあ待て、イーノ。 死体と戦闘なぞやるだけ無駄だ。

  後ろの指令陣の顔を拝んで、突破口を見出そう」

 「赤い甲冑の司令官が見えました!」

 ユナイ少年が指さした。

 赤い甲冑の男は、大柄でたくましい体躯を艶のある黒毛の馬に預け、どっしりと立っていた。

 馬の顔は不気味だった。 噂どおり、大きな目が額の真ん中にひとつしか付いていないのである。

 「イヤに離れたトコにいやがるぜ。 奴さんも臭えのがイヤなのかね」と、フライオ。

 「そうでもないであろう。 自分で一体背負っておるではないか」と、王太子。

 果たして男の赤甲冑の左肩の部分には、死体の首がひとつ乗っていた。

 どうなっているのかはっきりは見えないのだが、首を串刺しにした槍を背中にくくっているのではないかと思われた。

 「あの首、あの顔は、まさか‥‥」

 息を飲んだのはユナイ少年である。

 「知り合いか、ユナイ」

 「よ、よくはわかりません殿下、もう少し低く飛んでもいいでしょうか。

  顔がすっかり干からびているのでハッキリしないのですが‥‥」

 「誰だと思うのだ?」

 ユナイは一度ごくりと唾を飲み込み、低い声で言った。

 「セイデロス国王の顔に似ています」


 クルムシータが低空を旋回すると、その首の様子ももう少しわかって来た。

 赤い甲冑の男は、槍先が三股になったケルヴァという武器に首を刺し、柄を半分に折って皮ひもで背中にくくっていた。

 生前とは変わり果てたその首を観察したユナイ少年は、やはりセイデロス国王ディン・ドビリアンだと思う、と言った。

 「国王は消息がわからないと聞いてました。 セイロデが埋まった時に亡くなったのでしょうか」

 ユナイの表情に怯えが走る。

 キャドランニが首を振る。

 「だとしたらなんでこやつが背負って来なけりゃならんかな。 重いだろうに、まるで戦利品のように」

 

 「こいつの顔も拝もうぜ」

 フライオは突然体を乗り出して、その唇からとんでもなく甲高い鳥の声を発した。

 隣に居るキャドランニが飛び上がって気味悪そうに歌人の顔を見る。

 突然翳った青空から怪鳥の声を聞いて、赤い甲冑の兵士は上空を振り仰いだ。

 そしてその兜の面垂れ(モスカ)を上げて、こちらをよく見ようとした。

 「ゴアルド将軍!!」

 ユナイが叫んだ。

 セイロデで部下に忌み嫌われていた正規軍の大将、目の前で子供を串刺しにした大槍の使い手の顔を、ユナイが忘れるはずはなかった。

 しかしその顔にやはり血の気はなく、こちらも死体であるか、魂が留守になっているのではないかと思われる生気のない顔である。

 「そうか、あの馬はやっぱり片目を失ったんだ‥‥。

  エルヴァ准将との賭けに負けたのが悔しかったんだな」

 馬の片目は改造され、殊更に毛づやよく手入れされている。 主君の首をひと目にさらし、自慢げに背負っている様子は、いかにもこの男の性格を現しているように、ユナイには思えた。


 「うしろの魔導師のさしがねかな」

 ユナイからおおまかな事情を聞いて、王太子はうなった。

 将軍からさらに離れた後方に、8人ほどの黒尽くめのマント姿が見える。

 「ストーツがおるぞ。 ジャデロは見当たらぬが‥‥あとは取り巻きといったところであろう」

 「城が空だった割に人数が少ないですね。 別働隊も考えられますな」

 王太子とキャドランニがうなずき合う。


 その時、山のふもと側から伝令らしい憲兵が叫んだ。

 「報告します! 民間人の避難が完了しました!」

 「よし、全軍、敵を受け流しつつ撤退!」

 サルキシアン大佐は叫んだが、もちろんそれはたやすいことではなかった。

 敵の攻撃の方が、圧倒的に優勢なのである。憲兵たちは、受け流すどころか殺されぬように相手をするのが精一杯なのだ。

 「加勢しよう。 クルムシータ、黒い先生方を翼であおってやれ」

 イリスモントが巨人に指示すると、フライオが、

 「ゾンビちゃんたちの方向からがいいぜ。 いい臭いが届くようにさ」

 意地悪く付け加えた。

 「了解(セイ・ヤー)!」

 巨人は空中で体を起こし、巨大な翼を思い切りよく羽ばたかせた。

 強烈な風が死人の兵士たちの腐った腕や首を吹き飛ばす。

 その風は後ろのゴアルド将軍を馬ごとよろめかせ、砂埃を伴って魔導師たちに吹き付けた。

 

 魔導師たちはマントに顔をうずめ、吹き飛ばされぬように体を縮めて目を閉じた。

 死体の兵士たちの動きが一瞬止まる。

 その隙を突いて、憲兵たちは目の前の敵に一撃を加えて回れ右をした。

 「撤収! 急いで下山だ、急げ!!」

 サルキシアン大佐が大声で部下を急かし、自分はしんがりについてふもとへ駆け下りて行く。

 「よくやった、クルムシータ。 我々も撤収だ!」

 「セイ・ヤー!」

 巨人の元気な羽ばたきに合わせて、フライオが凱旋の歌を口ずさむ。

 陽気な歌声を聴きながら、傍らでユナイ少年がひとり、考えに沈んだ顔をしていた。

 

 憲兵隊宿舎に戻った一行は、一室を借りて作戦会議に移った。

 ユナイは宿舎に置いてあった荷物の中から、通信用のミニ水槽を取り出した。 オンディーノの老人に貰った物である。

 「おじいさん、お願いがあります。 起きてますか?」

 水槽の魚に向かって話しかけると、水の中に半分崩れかけた老人の顔が浮かび上がった。

 「おぼぼぼう、いびつぶかばのぼぼぼうぶずぶじゃばなばいびかば」

 「すいません、水の中から出て喋って貰えませんか」

 

 水から上がった老人に、ユナイが頼んだのは通信の中継であった。

 「僕と一緒にクルムシータに乗ってセイロデから来たふたりと連絡を取りたいんです。

  水槽を渡してあるんで、呼びかけてもらえないでしょうか。 男性の方、イシュルドという人です」

 「なんじゃ、美人の姉ちゃんの方がええのにのう」

 残念がりながらも、老人は水鏡でセイデロス兵のイシュルドを呼び出してくれた。


 「ゴアルド将軍がいたって?」

 若い兵士の顔が、嫌悪感で歪んだ。

 何やら顔が赤いのは、盗賊たちと昼間から酒でも飲んでいたのかも知れない。

 「あいつは首都のど真ん中に屋敷を構えてるから、あの砂の襲撃の時はひとたまりもなかったろうよ。

  王宮にいた者も全員死んだと思う。 俺と王妃様は町外れまで抜け出していたから助かったんだ」


 「誰だ、こいつは」

 キャドランニが横から水槽を覗き込んでユナイに尋ねた。

 「イシュルドさんはゴアルド将軍の部下だった方です。 ほら、僕と一緒に“牙”のアジトに」

 「ああ、覚えてる。 確かケバくて下品な女を連れてたな」

 「あの女性が、セイデロス王国の王妃、ダリマナ殿下です!」

 キャドランニがゲッと叫んで両手で口を覆い、一同は逆に開いた口を閉めるのを忘れてしまった。


 「ケバくて下品で、悪かったわねえ?」

 イシュルドを押しのけて、水槽の中に現れたのは、ダリマナ王妃本人であった。

 

 のっけから悪臭紛々たる始まり方で申し訳ありません。死体を上空から観察しただけでしたね、今回は(笑)

 それにしても、ゴアルドさんは何か戦闘の役に立ってるんでしょうか。魔導師が居るんだから司令官って要らないんじゃないか?とかいろいろ気になること多いです。だんだん言い訳を考えながら(こら)進んで行きます、今後ともヨロシク!

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