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千里を歌う者  作者: 友野久遠
情報と結束
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11、岩壁の母は微笑む

 「そなたが母親を殺したと言う話は、私は信じておらぬ。

  ここに上って来て、ますますそう思えるようになったぞ」

 王太子はひるむことなく、歌人フライオの顔を見据えた。

 「子供の頃のそなたがどんなに屈強な筋肉をもっておったとしても、巨人であったわけもなし、片足を失くした母親を軽々と抱えてこの滝まで登ることは、まず無理だっただろう。

  さすれば、母親は高熱を押して、そなたの助けを借りながら自力でここまで登ったと言うことになる。 母親であれば、それが正しいと思ったことでなければ、そうまでしないであろう」 

 

 「正しいと思ったのさ。 村のため人のため、竜神様を手なずければ敵からも災害からも免れる」

 フライオは、悪人らしい笑いを作って王太子に説明した。

 「この先、村にとって竜神の庇護ってのは必要だ、そう思ったから、お袋は人柱を承知したのさ。

  あんたにゃ想像もつくまいが、農家ってのは雨が降ったの降らねえの、風が吹いたの吹かねえの、何につけても恐ろしいほど悩まされるんだ。

  村にとって、竜神様の力は国王陛下より軍隊より、身近に頼りたいもんなんだよ」

 歌人はそう言うと、王太子に向けて子犬にするようにひらひらと手を振った。


 「帰んな、モニー。 俺はここに残る。

  あんたにゃもうたくさんの仲間がいるだろう。 俺みたいな胡散臭え野郎は、混じらねえほうがいいんだよ」

 次の瞬間、彼は天を振り仰ぎ、大きく息を吸い込んだ。

 その口から、甲高い笛の音色が天へと放たれた。 これも人の声とはとても思えない音質の声だった。

 

 間髪を入れず、にわかに空が掻き曇った。

 上空を飛んで来たものが在るのだ。

 クルムシータだった。

 巨大な翼が一瞬で空を覆い尽くす。


 あわてふためいて地面に降り立ったクルムシータは、腕に抱えたユナイ少年を、あやうく地面に落とすところだった。

 「イニータはどこだ?

  今のは彼女の笛の音だ!」

 巨人が大声で問うた。

 その笛が、今では自分の首にかかっていることを、うっかり失念しているらしかった。 ユナイ少年にその事を指摘されると、巨人は気の毒なほど落胆して、濡れた地面に座り込んでしまった。

 「私を迎えに来させたつもりか。

  歌人よ、むごい事をするではないか」

 振り向いて文句を言おうとしたが、もうフライオの姿はどこにもなかった。 クルムシータに気を取られている間に何処かへ行ってしまったらしい。

 滝は何事もなかったように、大量の水を吐き出し続けていた。



 「へえ、するとここが竜神様の滝なんですね」

 ユナイ少年は瞳を輝かせた。 親殺しの話をしてやるわけに行かなかったので、単純に竜神への好奇心から興味を持ったようだった。

 彼は滝壺に歩み寄って、流れ落ちる水を観察した。

 「エルヴァ准将から聞いたことがあるんです。 この滝の後ろの岩に譜面が刻んであって、水が凍って止まると読めるんだそうですよ」

 「楽譜がある?」

 「小さい頃、その譜を読んでフライオさんは竜に会いに行ったそうです」

 「見せろ」

 イリスモントに押されて、ユナイは悲鳴を上げた。

 「ああッ、危ない、殿下無理ですよ、今は水があるんですから!」

 「竜に会わねばならぬのだ!」


 ユナイの体を押しのけて、王太子は滝壺に踏み込んだ。

 もともと全身がびしょ濡れで、気が遠くなるほどの寒さに襲われていたので、背丈ほどの水に浸かった瞬間、命の危険を感じた。

 「殿下、ダメです。 ここは火を焚く道具もないんですよ!!」

 ユナイがおろおろと服の裾を引っ張る。

 王太子は滝の水に頭を突っ込み、岩肌の表面を覗き込もうとした。 その瞬間、強烈な勢いで滝の水に頭を強打され、あっという間に滝壺に叩き込まれる。

 二度目は滝を避けて裏側から回り込むように岩を伝ってみたが、やはり滝の半分は頭に当たるので、目が開けていられない。 手を伸ばして岩の表面を探ると、確かに何か彫ってあるような感触がある。

 

 「クルムシータ、手伝ってくれ」

 座り込んでいる巨人に声をかけ、頭上に手をかざして滝の水を受け止めていて貰った。

 それで初めて、イリスモントの目はその譜面を見ることが出来た。

 それは、今では使われなくなった古い表記で書かれた譜面で、古代の文字を勉強した王太子でさえ、完全には理解できないものだった。

 しかし最初のフレーズだけは、なんとか頭に思い浮かべることが出来た。

 問題はその歌詞だった。 古代文字で、一行だけ書かれている。

 「『汝の願いを乗せて詠め』? 歌詞はこれだけか」

 短すぎると思った。

 譜面の方は6行ほどあるのだ。


 「それきっと、歌詞じゃありませんよ。

  エルヴァ准将の話じゃ、声だけで言葉のない歌だったそうですから」

 ユナイ少年が、後ろから覗き込んで言った。

 「それより殿下、いい加減に水からお上がり下さい、お風邪を」 

 「わかった、こうだ!!」

 突然、王太子が叫ぶや、思い切り息を吸い込み、高い声で山の沈黙を蹴散らした。

 (竜よ)

 心の中で叫んだ。

 (竜よ、竜よ、お前に会いたい)

 たった1フレーズだけで、伝わるかどうかはわからなかった。

 声は一瞬で山肌を駆け上がり、岩根をびんと震わせた。


 答えはなかった。

 しかしその瞬間、王太子はあることに気づいた。

 「この岩は振動している!」

 手を触れた岩の奥から、どくんどくんと鼓動のようなリズムが伝わってくる。

 たった今新たに始まった脈動なのか、それとも今まで気づかなかっただけなのか、それさえも解らないほど微かな震えのようなもの。

 意識し始めると次第にハッキリして来て、わずかな暖かささえ感じるような気がした。


 (竜よ、竜よ。

  お前に心から会いたい。

  お前の歌人に、私は恋をした)


 岩に唇を押し当てるようにして、今度は小声で歌ってみる。

 全身を切り刻むような寒さが、一瞬遠のいた。


 

 気がつくとそこは、明るく熱気に包まれた、閉鎖的な空間だった。

 大きな生き物の腹の中にいるような錯覚に陥ったが、よく見ると周りの壁は岩肌で、岩をくりぬいて作ったような、原始的な部屋にいるとわかった。

 むせ返るような熱気に体が馴染まず、王太子はまず床に寝転んで、呼吸を整えなければならなかった。

 「もう少しこちらに寄りなさい。

  あなたは体を乾かさなければね」

 不意に話しかけられて飛び上がった。 女性の声だ。

 声の主は正面の壁際に立っていた。

 岩肌にピタリと背中を寄せて、立ったままこちらを見つめているのは、素朴な服装をした中年の婦人だった。 おだやかな笑顔からは、敵意は伝わって来ない。

 

 王太子は立ち上がって壁に近づいた。

 一歩ごとに熱気が強くなり、壁際に行くと、体から湯気が立つほどの暑さに足が止まってしまった。

 (この女性は暑くないのか?)

 思わず女の顔を見直して、ハッとした。

 その女は壁際に立っているのではなかった。 彼女の片足は、床から浮いてしまっており、もう片方の足は、下半分が存在しなかった。

 彼女は、後ろの壁と同化していたのだ。

 

 「フライオの母君か?」

 暑さをこらえて、触れることの出来る距離まで近寄った。 手を取って握ると、燃えるように熱い。

 「よかった、生きておいでだった。

  お初にお目にかかります。 オギア3世の第1子、イリスモントと申します」

 丁寧に挨拶をすると、相手の女性も微笑んで、

 「マレーネ・フリオーニと申します、殿下。

  こんなことになっているので、お辞儀が出来なくて‥‥」

 「いや楽にしてください」

 鷹揚に首を振りながら、王太子は改めてマレーネを観察した。彼女の背中は後ろの壁にめり込むようにくっついていて、手も足も壁の一部になっている。 首が動かないため口が開けづらいらしく、言葉もハッキリしているとは言いがたかった。

 

 よく見ると、後ろの壁は、他の3方の岩とは様子が異なる物だった。 岩にしては表面のしわが細やかで、しかも巨大な貝殻のように中心から波紋状に広がる渦がある。

 「触っても?」

 マレーネに許可を取ってから、王太子は壁に直接手を触れてみた。

 ドクンと、全身が戦慄した。

 熱い。 そして、異常に柔らかな生き物の感触。

 「まさか‥‥まさか、この壁が竜なのか」

 渦の文様を指でなぞる。 そう言えば、巨大な鱗に見えないでもない。 大きすぎて壁一面使っても一枚が入りきっていないのだが。

 

 「そう、これは竜のほんの一部です。

  私たちの体に例えると、本当に針で突いたくらいのごく一部。

  竜の鱗を一枚剥いで、そこに私の体をくっつけたのです。

  そうしないと、私は足の怪我がもとで死んでしまうところでした」

 「フライオが助けたのか‥‥」

 「竜神のために私が死んでしまうのが、あの子は辛かったのです。

  ただでさえ村中の人が死に掛けている中で、自分は英雄と称えられながら‥‥。 やりきれなかったんでしょうね。

  私はこの通り自由を失いましたが、おかげさまで生きながらえることが出来ました。

  同時に竜の一部として、私はフライオと竜をひとつにつないで、あの子の願いを竜に伝える事が出来るようになりました。

  私はあの子に感謝してますけど、村の人たちはあの子が私を殺したと」

 「何故本当のことを言わないのですか」

 「言えないのです。 肉親が死んでしまった人が何人いるかご存知ですか?

  自分の母親だけを助けたとは、とても‥‥」

 「そうだったのか」

 「おかげであの子は、この村に帰れなくなってしまって、私は長い間、竜とふたりきりでした。

  王太子殿下のおかげで、今回フライオの顔を見ることが出来て感謝しております、本当に、本当に‥‥」


 泣きながら、お辞儀の代わりにまばたきを繰り返すマレーネの手を、もう一度イリスモントは握り締めた。 部屋の熱気で、冷え切っていた体はすっかり温まり、着ている服は早くも乾いて来ていた。


 「フライオに会わせてはもらえまいか、マレーネ。

  もし叶うなら、彼の竜にも会って話がしたい」

 王太子の申し出に、マレーネは微笑んだ。

 「耳を澄ましてお聞き下さい。

  聞くつもりにならなければ聞こえないのですけど、あれは歌っておりましょう?」

 

岸壁の母(演歌)ではありません、意図的にモジってはいますけど。

お母さん、平面ガエルを連想しました(笑)

竜も登場しましたよ。でかすぎて画面に入らなかった感じですけど一応(笑)。

次回は頭部を訪ねて行きまして(おい)うーん、戦闘前にラブシーンってやっぱり要るもんかなーとか、まだ悩んでいます。


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