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千里を歌う者  作者: 友野久遠
情報と結束
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6、ふるさとは遠きにありて

 あの軍事大国モンテロスが、1日で降伏。

 しかもこちらは、3万ばかりしか兵力がないと言う。

 「あり得ない。 何かの間違いだろう。

  老オンディーノが見誤った可能性は?」

 全力で自身の動揺を抑えながら、王太子イリスモントが問いかけた。

 他のメンバーも同じ表情でうなずく。 が、ユナイ少年は首を振った。

 

 「この情報は、ご老人の「のぞき」ではなく、モンテロスに根城を持つ“牙”の一党が、ご老人の水鏡を経由して送ってきたものなんです。

  彼らは直接王都モンテロッサまで見に行ったそうです。 見間違いなんてことはないでしょう」

 「し、しかし信じがたい‥‥」

 頭を抱える王太子と対称的に、親衛隊の面々からは元気な質問が相次いだ。

 「司令官は誰だ? 国王がじきじきに出向いておられるのか?」

 「なことはないだろう、魔導師が指揮を取ってるのさ。 表からか裏からかは知らんが、なあユナイ」

 「宣戦布告の時は誰の名前でしたんだ?」

 「ええと、布告は国王ドルチェラートの名前で出されましたが、それを読んだのは国王本人ではありません。 国王陛下は王城にお残りあそばしたようです」

 「じゃあ誰が司令官なんだよ」

 「大将の容姿は、赤い甲冑姿としか伝わっていませんが、魔導師でも魔物でもなく普通の軍人だったそうです。 非常に手入れのいい、一つ目の馬に乗っていたと」

 「馬に片目がない?」

 「いいえ、額の真ん中に大きな目がひとつだけ付いている、異形の馬なんだそうです」

 「魔界の馬かな」

 「そいつもあんまりまともそうじゃないなあ」

 全員が身震いして、しばらく黙り込んだ。


 「それにしても、東側から攻め込むってのは妙じゃねえか。

  南のオーチャイス側から入るのは、オルムソの山を越えるのが大変だからやめたにしてもだ。

  西のオスラット寄りから入るほうが、近くて道もいいはずだぜ。 食料だって調達しなきゃならねえんだろ」

 フライオが旅人らしい気づきを述べた。

 「その答えは今教えてもらったわ」

 そう言いながら部屋に入ってきたのは、底抜けルーラである。

 ノックとドアを開くのとがほぼ同時だ。 それでも、掲げたトレイに湯気の立ち昇る花香茶を乗せて来るあたりが、他のメンバーと一味違うところだろう。


 「セイデロスの砂漠に集めた砂山を利用して、地下に魔法の道筋を通したそうよ。

  南東に一旦兵を集めて地下に潜ると、その地下道から一瞬でモンテロスまでつなぐことが出来るんですって」

 「ルーラ、あの子に口を割らせたのか」

 イリスモントが目を丸くする。 フライオがヒュウと口笛を吹いた。

 ルーラはカップを配りながら、やれやれという顔をして見せた。

 「あんなに小さい子なんですもの、聞き出す方法はいくらでもあるわよ。

  とにかく決め手は砂なんですって。

  人の足に踏まれてない砂粒を集めて、その中に砂男を通すと、どこにでも簡単に行ける魔法の道が出来るんですって」

 「なんだそんなことでいいのかー、俺もやってみよー」

 ピカーノが皮肉を言って、キャドランニにドッカと足を踏まれた。 しかし実際、彼女の説明だけで何が起きたのかをイメージできた者は、砂男を目撃したユナイ少年だけであっただろう。


 「とにかく、軍隊は砂山から入ってモンテロスの北に抜けることが出来た、と。 そいつはいいとしても、わざわざ東側へ出る理由は、やっぱりわかんねえぜ」

 「いや、わかる」

 イリスモントが言った。 苦い表情である。

 「オーチャイスだ。 魔導師どもは、追い立てた市民や軍隊をカラリア側へ押し出して、オーチャイスの村でひと悶着起こさせるつもりでいる。

  彼らにしてみれば、オーチャイスは竜神信仰の聖地なのだ。

  竜神の村にモンテロスが侵入し、村が打撃を受ければ、『竜神の力は弱まった』とふれ回ることが出来る。 仮に以前のような殺戮が起こったとしても、カラリアの軍隊が止めに入ってモンテロスを保護すれば、モンテロスに恩を売る一方で、『竜神派は身の毛もよだつ殺人鬼』と言って回ることが出来る」


 「ンなことしねえでも、奴らは魔法が使えるんだろ。

  お得意の洗脳で、『魔導師最高!』って思わせちまや、済むんじゃねえのか」

 と、フライオ。 王太子が首を振る。

 「洗脳の魔法には元手が要る。 全世界の人間を従わせるなら、その10分の1を殺さねばならぬ」

 「‥‥1割かよ」

 フライオは愕然とした。 10万人なら1万人。

 それだけの竜の末裔を探すだけでも不可能である。

 

 「なるほどねえ、それでわかった。

  ヤロールの民は、竜の子孫が一定の人数まで増えて、政権転覆と軍事掌握、遠征用のトンネル確保に至るまでの人柱に必要な最少人数を満たすまで、300年間も待ったわけだ、見上げたもんだ」

 キャドランニが感心した。 ルーラとユナイが目を丸くする。

 「気長な話だわね」

 「それよりも、子孫が律儀にその意志を引き継いだことの方がすごくありませんか?

  遺伝子に復讐心を刷り込まれたみたいじゃないですか」

 「宗教の力の恐ろしさだな」

 イリスモントは優雅な仕草で花香茶を一口飲むと、そのあとしばらく考え込んだ。


 

 「イーノ。 誰かがオーチャイスまで行くべきだと思う」

 王太子が切り出したのは、飲み物が全員の腹に納まった頃であった。

 夜明けの前兆である独特の匂いの冷気が、小さなサロンに流れ込む時間になっていた。

 「オーチャイスの住民を避難させ、モンテロスの民を保護するべきだ」

 「今から行っても間に合いません。 馬で3日はかかりますぞ」

 目を剥くキャドランニの横合いから、ユナイが提案した。

 「クルムシータに頼みましょう。 彼なら半日で飛びます」

 「あいつ飛べるのか!!」

 全員が叫ぶ。 ユナイは呆れ顔になった。

 「飛べますよ、ああ見えても精霊なんですから」

 「‥‥いや、重そうだからつい」

 キャドランニが頭をかく。


 「僕もセイデロスから彼に運んで貰ったんです。 ただ、安全に運べる人数は5人くらいですけど」

 「軍隊規模の移動は無理と言うことだな」

 イリスモントが確認した。

 「無理です、殿下。 腕でかばって貰えない者は振り落とされます」

 「うーん‥‥。 私が行くと言ったら、イーノは反対するであろうな?」

 「当たり前です! おひとりでお運びになって、もしモンテロスを追って来たカラリア軍と遭遇したらどうなさるおつもりですか」

 「いや、ひとりで行くとは言っておらぬ」

 王太子の視線が、ちらりと隣の男へと動いた。

 「フライオに同行してもらう」

 「‥‥俺!!?」

 「おれ?ではない。 寝ぼけておったか。

  オーチャイスの話をしておるのに、そなたが行かぬなら誰が行くのだ。

  村への案内と村長(むらおさ)への紹介役として、誰が行くにしてもそなたが付いて行かねばならぬだろう!?」

 「いや、俺はダメだ、俺はその」

 虹の歌人は明らかに狼狽し、せわしなく視線をはためかせて言い淀んだ。


 「俺はもう10年以上村へ帰ってねえし、きっと村の人間だって知った奴はいなくなってる。

  村長だって交代してると思うし‥‥」

 「村人が全員入れ替わったはずはあるまい」

 「入れ替わってるさ、モンテロス侵攻で何割死んだと思ってんだ?

  あの村は10年前に、一度廃村になりかけたんだ」

 「‥‥それでも、そなたの母御がおられよう」

 王太子の言葉に、歌人が黙り込んだ。 その顔がすうっと紙の様に白くなり、表情が読めなくなる。

 

 「空気の読める」王太子ならずとも、その場の全員が、何か異質なもの、冷たく固い扉が閉まる音のようなものを感じ取った。

 「おふくろは動けねえ。 村長と話すのは無理だ。

  立派な軍人さんがいっぱいいるんだ、付いてって説得した方がましさ。

  俺が行っても足手まといなだけだ」

 言いながら歌人は立ち上がり、無表情のままルーラにお茶の礼を言ってから、部屋から出て行ってしまった。

 残された人々は、当惑した視線で互いの顔に疑問詞を投げかけることしか出来なかった。



 朝の光が、伯爵邸の品のいい屋外回廊を弱々しく彩っていた。

 明け方まで活動していた反乱チームも、それに付き合って明かりを足してくれた使用人たちも、面白がって見物していた伯爵夫妻も、いまだ夢の道行きを楽しんでいる最中である。

 音を立てないようにそっと廊下を歩き、頭を低くして部屋の前を通り抜けようとする人影があった。

 旅行用のマントを着込み、肩に荷袋を担いでいる。

 「フライオさん」

 後ろから呼ばれて、人影は飛び上がった。


 声をかけたのはユナイ少年である。 彼は部屋の外を歩く歌人の気配に気づいて起き出し、そこまでそっと後をつけて来たのだった。

 「どこへ行かれるんですか」

 「‥‥どこだっていいじゃねえか」

 歌人がふて腐れたように吐き捨てる。

 「オーチャイスに行かないつもりなんですね」

 「俺の勝手だろう」

 「隊長の‥‥エルヴァ准将のおっしゃるとおりですね」

 「なに?」

 歌人の瞳が、初めてユナイを中央にとらえた。 が、気恥ずかしくなるほど真っ直ぐに見つめ返されて、すぐ目を逸らしてしまう。

 

 「隊長はよく、僕にあなたの話をしてくださいました。 いつも心配しておられました、あなたがひとりでは村へ帰れないだろうから、自分が付いていってやらねばと。

  その理由ははっきりおっしゃいませんでしたが」

 「言わなくたってわかるじゃねえか。 俺の呪歌のせいで、村は‥‥」

 「そのことじゃありませんよ」

 遮るように言われて、歌人の顔色が変わった。

 「フライオさんが村を出られた後も、たった1日ですが隊長は村に残っておられたそうですね。

  その日は1日中、村人と一緒にある人を探し回ったそうです。‥‥それは」

 「うるせえッ!!」

 鋭い恫喝の声で、フライオはユナイを黙らせた。

 「首を突っ込むんじゃねえ!」

 言い放ってまた歩き出した歌人は、数歩も歩かぬうちに再び立ち止まらざるを得なかった。


 「どいてくれ」

 フライオが言った。

 「どかぬ」

 イリスモントが答えた。 部屋から慌てて出て来たらしく、王太子は肩で息をしていたが、大きく息を吸ってその乱れを追い払う。

 そうして、左手に持った剣の鞘から、優雅な細身の刀身を抜き放ち、歌人に向かってぴたりと構えたのであった。

  

 予定では今回でオーチャイスへ出発出来る筈だったんですが、進みが遅くて届きませんでした。

 次回こそは出発して、竜の秘密に迫りたいんですができるかな。

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