表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千里を歌う者  作者: 友野久遠
情報と結束
46/96

4、ヘロヘロ・イヤーンでクーデター

 “牙”のアジトから戻ったあと、グランピーノ家の居候たちは大忙しになった。


 王太子は、味方になりそうな王族や貴族、カラリアにゆかりの武人たちに手紙を書き、使いを送って協力を呼びかけた。

 親衛隊の面々も、王太子妃救出のために必要な物を準備したり、昔の仲間に声をかけたりしてせわしなく動き回っていた。

 実際、実家に身を寄せていた親衛隊のメンバーがポツポツと連絡を寄越しており、中にはいきなり訪ねてくる者もあった。


 最初6人だったグランピーノ家の仮住人は、10日後には倍の12名に増えた。

 これによって一番生活を圧迫されたのは、家事担当の底抜けルーラである。 病床から復帰したての彼女は、この人数の衣食住の世話に追われてあやうくベッドに逆戻りしそうになった。

 比較的暇だったフライオが、男性陣から有志を募って家事の分担をすることにしたのはそういういきさつからである。 時おり鳴らされる玄関のノッカーに対応して来訪者の接待をするのも、フライオの仕事になりつつあった。


 

 「お前さんは家に帰るんじゃなかったのか」

 「連絡は入れてあります。

  うちは代々生粋の武人ですから、国家の有事に呑気に帰宅したらかえって叱られるくらいです」

 「戦争ってのは大人の祭なんだ。 ギルだってそう思うから、お前さんを帰そうとしたんだろ」

 「僕は正規の戦闘員ですよ?

  芸人のあなたが参加しようと言うのに、おかしいじゃありませんか!!」

 「俺は頼まれてやってるんだ!」


 早朝の門前で言い争う声に、奥で救出作戦を煮詰めていた王太子イリスモントと親衛隊長キャドランニが、何事かと顔を出した。

 門扉の前で歌人フライオに噛み付いているのは、兵卒のユナイ少年である。

 その後ろには、なんとあの巨人クルムシータが、図体のわりには控えめな態度で付き従っているではないか。

 

 「あっ、王太子殿下、親衛隊長殿、おはようございます!」

 ユナイが踵を鳴らして礼を取り、わざとらしくチラリと巨人を見る。 クルムシータもあわててユナイをマネて、不恰好な敬礼をした。

 「おお、ユナイとクルムシータ。 何か手伝ってくれるのか?」

 「え! 参加してもいいんですか?」

 「したいようにするがいい」

 王太子はあっさりとユナイの戦闘参加を認めてしまった。


 「歌人の言いたいこともわかるが、実際問題としてこの年代の少年兵を拒否すると、貴族の参加が要請できなくなるのだ。 連中は、自分たちで現地まで重い甲冑や剣を担いで歩くのがいやなので、ひとりにつきひとりずつ従者を連れて来るからな。

  つまり、ユナイと同じ年頃の少年が戦場をうろつくことは、どうしても避けられぬ話なのだ」

 「だがギルがせっかく‥‥」

 フライオは納得できない。 ギリオンがユナイを家に帰そうとしていたことを、ルシャンダから聞いていたからだ。


 「そのエルヴァ准将を砂に埋めたのが、魔導師どもであるとしてもですか」

 ユナイの言葉に、フライオが息を飲んだ。

 「魔導師がギルを埋めた?」


 「僕は見たんです。

  砂山が襲ってくる直前に、あの場所には小さなサルのような生き物がいました。

  そのサルはカラリア語で喋り、エルヴァ准将の顔を知っていました」

 「喋るサルだと」

 「そうです。 その時はピンと来ませんでしたが、あとで考えたら、あれは魔導師が使役する小魔獣ではなかったかと‥‥」

 「ギルを狙って?」

 「それはわかりませんが、可能性はあると思います」


 少年は凛とした表情でフライオの顔を見据えた。

 「僕はもしも准将が亡くなったのならカタキが取りたいし、生きておいでなら救出のヒントを得るために魔導師を打ち負かしたい。 この手で、この体でです。

  僕みたいな子供がそんなことを考えるのは大それたことですか。 馬鹿げていますか」


 フライオは返事が出来なくなった。

 歌人の心にも共感のさざ波が起こっていた。 ギリオンに危害を加えたのが魔導師であれば、これまでは魔導師に特別な恨みを抱いていなかったフライオにも、彼らへの怒りが湧いて来る。 戦いの動機が出来てしまう。

 しかし、2度とその種の怒りに身を任せまいと、幼い日に誓った歌人である。

 「‥‥いや、俺には関係ねえな」

 素っ気ない言葉で問題から顔を背ける。 これまでずっと、そうやって生きてきたのだ。

 同時に覚えた激しい胸の痛みも、彼にはすでに馴染みのものだった。


 「おいおい、関係なくはないだろう。

  歌人よ、いいかげんに私たちの会議にも顔を出してくれなきゃ困る」

 キャドランニがぼやきながらフライオの腕を取って、強引に居間に引っ張り込んだ。

 「イーノ、ずいぶん張り切ってんな。 もう具合はいいのか?」

 椅子に押し付けられて仕方なく座りながら、フライオが尋ねる。 ここしばらく奇行が続いた親衛隊長が、不気味なほど精力的に仕事を始めたのが気になるのだ。

 「ふん、当面のことで忙しいのでな。 いちいち気にしていたら身がもたん」

 「お前さんもヘロヘロ病に感染したわけか」

 「‥‥ヘロヘロ?」

 意味がわからず、キャドランニは顔をしかめたが、すぐに無視した。

 「とにかく、困っているのだ。 ちょっと竜使い殿の知恵を貸せ」

 大判の見取り図を、卓上に広げた。 ユナイをルーラに預けた王太子も部屋に戻って来て、一緒に図面を覗き込む。 


 「カラル・クレイヴァ城の見取り図だな」

 「そう、城内の3箇所に、地下通路に通じる出入り口がある。

  このどれかを利用して城内に侵入し、塔の入口を破っててっぺんまで駆け上がるしかない。 当然どこかで発見されるから、戦って密かに撃退し、追っ手の人数が増えないうちに逃げおおせないと捕まってしまうので、救出部隊は精鋭の使い手少人数で構成しないといかん。

  が、戦うのはいいが、魔導師が出てきたらどうするかが問題になって来る。 貴公の歌があれば魔導師を無力化はできるが、それじゃ城中に響き渡って兵士を集めてしまうだろう?」

 「俺が囮になって城外で歌って、魔導師を引っ張るってのは?」

 「そしたら兵士まで集まって来るぞ。 剣豪が全員出張してるんだ、誰が貴公を守る?」

 「山賊どもに参加させるとか」


 「人数の問題ではない」

 イリスモントが厳かに首を振った。

 「これは戦争ではなく、スパイ活動でなくてはならぬのだ。

  城内の兵を全員集めて叩きのめしたとしたら、それはすなわちクーデターだ。 その瞬間から、我々と魔導師の戦争が勃発することになる」

 「何かまずいのか? どの道いつかはそうなるんだろ?」

 「私が国家を転覆させるからついて来いと言っても誰も同意せぬ。 仮に私が次期国王になっても、子孫がつながらぬことを公表してしまったからだ。 誰か次に国王としてふさわしい者を立て、それを将軍なり首席なりのトップにして宣戦布告せねばならぬ。 私はあくまで前政権の主格として名前と戦力を提供する立場に徹するべきなのだ」

 「次期国王にならねえつもりか」

 「なれぬ、と思うだろう、誰もが」

 苦い口調で、イリスモントは眉根にしわを寄せた。

 「戦いに勝って、魔導師の呪いが解けたところで、改めて全員の意向を聞く。 それで私に次期国王をというのなら、喜んで王冠を頂くがそれ以外は‥‥」


 ため息と共に、王太子は首を振り、何かを振り切るように口調を変えた。

 「とにかく、今は今できる仕事を全力でするしかないのだ。

  この救出作戦はあくまで私の個人のレベルでやりたい、それだけ了解してくれぬか」

 「‥‥モニーもヘロヘロで頑張ってんだな」

 フライオは微笑んで、失礼と知りながらイリスモントの頭をそっと撫でた。


 「ま、そういうことならやり方は簡単だ。

  魔導師にも兵士にも本気で相手にされないやり方で騒げばいいんだろ」

 「そう、できれば竜神の流儀にあったものの方がいい。 つまみ出されないように」

 「お祭り騒ぎってことだな」

 「何かあるのか」

 「ま、ね」

 歌人はいたずらそうに瞳を輝かせて声をひそめた。


 「盗賊のダンナに連絡して、なるべく汚ぇオッサンを20人くらい貸してくれって頼んでくれ。

  あのでっかい巨人、クルムシータだっけか。 あいつも参加してもらおう」

 「おい、あの化け物に何かやらせるのか? こっちの指令が通じるのかもあやしいヤツなんだぞ」

 キャドランニが目をむいた。

 「大体どうしてこっちに居ついちまったんだ、あいつ」

 「ああ、奥方を探して水鏡にお伺いを立てたら、エルヴァ准将と同じご託宣を受けたらしい。

  とりあえず身の置き場がなくなったので、ユナイにくっついておるようだ」

 イリスモントの言葉に、フライオが笑い出した。

 「つまり、ヘロヘロの仲間入りをしたってことだな」

 

 誰もが深刻な悩みを抱えながら、今は結論が出せずに目をそむけ、手元に集中することで苛立ちを忘れようと努力している。 そういう意味では、彼らは全員が真の仲間だと言えた。


 「そういうことなら、せいぜい頑張ってもらおうか。

  イーノ、ルーラに頼んで、ケバめの化粧品があったら調達してきてくれ。

  あ、ついでに踊り子の衣装も何着か用意できねえかな。 サイズは適当でいいや、どうせ入りゃしねえんだし。 カツラや下着なんかもあればもっといい」

 「‥‥いやな予感がして来た」

 キャドランニが気味悪そうに頬を痙攣させた。



 さて。

 この作戦が開始されたのは、それからわずか一日と半の後だった。

 深夜の城門前広場わきの木陰に集まった23名の混成部隊は、なるべく体を縮めて固まっていた。 作戦のためというより、自分自身が誰にも発見されたくない思いに駆られていたからである。

 夜風の心地よさが、厚化粧の顔に痛いほどつらかった。


 「よし、そろそろ時間だ。 手元の酒を一気に飲んでくれ。

  いい機嫌で出かける気持ちにならねえヤツは、もう一杯やってもいいぜ」

 歌人フライオが、陽気な声で全員に向かって杯を掲げて見せた。

 この晩の歌人のいでたちは最高に奇妙なものだった。 彼は大きく裾の広がった舞台用のスカートを履き、なぜか顔には近衛隊長エルディガンそっくりの八の字髭をつけていた。

  その不気味な格好の臨時司令官に促されて、全員が酒をあおったが、彼らの表情から苦虫が飛び去って行った様子は見えなかった。


 「ホントにこの格好で行くのかよ」

 ごつい髭面を化粧で白く塗った盗賊のひとりが嘆いた。 彼は女物のピンクの下着を付けた上に、巨大な棍棒を股間に装着されて、それが顔面に当たるので酒が飲みづらそうだった。

 「親が見たら泣くで」

 「俺なんか、女房に泣かれた」

 次々と弱音を吐く者が現れる。

 強面の盗賊たちは、揃って女物の衣装を着込み、目を背けたくなるようなみっともない化粧をされていた。 長い尻尾をつけられて股間が半分見えてしまう者もいたし、太鼓腹に顔を描かれている者も、巨大な乳房を胸にくっつけられている者もいる。 股の間に何か挟まっていて、ガニ股でしか歩けない者、逆に内股にならないと歩けない者もいて、全員どこかしら動き方がおかしい。

 「こんなで酒飲んだって、いい機嫌になんかなるもんかよ」


 それを見てくすくす笑っているのは、ひとりだけやたらと女装が似合っているユナイ少年だ。

 あまり似合いすぎてお笑いにならないので、顔の半分を青、半分を真赤に塗られてお面のようにされている。 その横のクルムシータは図体が大きすぎて着る物がなかったので、とりあえずヘンな表情の顔に化粧をされて、ただでさえ正体不明のところますます訳のわからない存在になっていた。


 「ま、そう言い出すと思って、ほっといても面白くなるように作戦を練ってきたから心配すんな」

 フライオがにやにや笑った。

 「まず、どんなにおかしくても笑っちゃいかん、ということにしよう」

 「笑う気になんかなるもんかよ。 笑うのはこれを見た相手だぜ」

 盗賊どもが反論する。

 「無駄なおしゃべりはしなくていい。 というより、これから作戦に入ったらしゃべるな。

  喋っていい言葉は一つだけだ。あとは悲鳴とか掛け声とかだけにしろ」

 「悲鳴はいいのかよ」

 「いい。っていうより、しゃべっていいただひとつの台詞が、悲鳴だ」

 「あああ??」

 「『イヤーン』という言葉なら、しゃべっていい」

 盗賊どもは沈黙した。 死んでも喋るかと思ったようだった。


 「では、出発しよう。全員、前進開始!

  どうした、返事をしようぜ。 ほれ、『イヤーン!』」

 「イ、イヤーン」

 「声が小さい! 『イヤーン!』」

 「イヤーーーン!!」

 この瞬間こそが、カラリア史上最高にして最狂と名高い共和政府の始まりであり、世界で一番馬鹿馬鹿しいクーデターの前哨戦であったのだが、当然ながら実行した当人たちにその自覚や誇りがあったわけはなかった。

 全員がやけくそで、興味本位で、ヘロヘロな動機で動いていた。


 次話では汚ぇおっさんたちが頑張ります。 ビジュアル的に凄まじいことになる予定ですが、できるだけ淡々と描きたいです。ほんとはここにロンギースも参加させたかったのですが、絶対来るわきゃないので我慢しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ