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千里を歌う者  作者: 友野久遠
情報と結束
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2、砂の国からの客人

 イリスモントの依頼に従って、水鏡は王宮内のあちこちを映し出した。

 全てここ1ヵ月の映像である。

 「いいか、おやじ様。

  女の裸は省いて流しとくれよ」

 事前にルシャンダが再三忠告したので、今度はまともな記録だけが上映されたのだった。


 新国王にしてもと王弟、ドルチェラートは、魂の抜けたような顔で水面の画面に現れた。

 彼は南の離宮で同様に人形化した家族と寝起きを共にし、昼間は王国宰相であるジャンニ・ストーツの待つ執務室に出勤する。 機械のように事務仕事をこなす以外何もしない、そんな毎日を過ごしていた。


 さかのぼって調べると、前国王の葬儀と戴冠式は、2週間前に城内だけで済まされていた。

 告知は「ふれこみ形式」で行われていたが、フライオもイリスモントもそれを耳にした記憶がないところを見ると、人ごみの路上で口上を言うのを近寄って聞いた者にしか伝わらなかったのではないかと思われる。

 

 「叔父上は御自分の意志を失っておられるな。

  王座を手にした者が、それを国民に告知する労を惜しむわけがない。

  他人の目が重責と恐怖となって押しかける地位なのだ。 その恐怖がわからない狂信者が統治するから、そんなおかしな事になるのだ。

  悔しいが、やはりこの国は完全に魔導師の手に落ちたということなのだろうな」

 イリスモントが最終判断を下した。


 水鏡はそのあと、無人になった近衛隊の兵舎と、前国王の後宮を映し出した。

 どちらもこの1ヵ月、人が入った形跡がないとのことだった。


 そしてようやく、老人の覗き道具はイリスモントの母親と、妃エウリアの姿をとらえた。

 城の北側にある拘禁用の塔の中である。


 小さな明かり取りの窓しかない薄暗い部屋の中は、むき出しの石壁に囲まれている。

 床も同じ石材が張ってあり、その床に置かれたガラスの水差しから見た映像であるらしい。

 室内の片隅に、王妃が疲れ切った様子で座っていた。

 椅子ではなく、脚立のような粗末な台の上に、汚れたドレスごと腰を降ろしてぼんやりしている。

 

 反対側の壁際には、エウリア妃が、こちらは床に直接座り込んでいた。

 髪を乱し、目を真赤に泣き腫らした様子が痛々しい。

 

 奇妙なことが1つあった。

 水差しが置かれた床の上には、引っ掻いたような傷がある。

 明らかに故意に書かれた、一本の線だ。

 それが国境のように室内を横断して、二つに分けているのだ。


 「‥‥ええと‥‥嫁姑の仲が悪いのかい?」

 しばらく観察していたルシャンダが、遠慮がちに問うた。 いくら待っても、画面のふたりの間に会話らしき物が始まらないからだ。

 「決してよくはない。 なんとかしようとしたのだが」

 イリスモントが苦々しく答えた。

 「母上はエウリアが嫁いで来た当初、王家のために犠牲になってくれた女性と感謝して、彼女を優遇しようとした。

  しかし、最初から王女として育った彼女に、そんな優しさは有難くも何ともない。

  魔導師と人攫いと、夫の入れ替えとの事実を知ってしまえば尚更で、ここの王宮は魔窟と決め付けて気味悪がるばかりだ。

  逃亡未遂を繰り返され、騒ぎが大きくなるからやめてと止める姑と、常識外れとののしる嫁との仲がよくなるわけはないな」


 「近衛隊は、貴族狩りに出ているわけですかな」

 キャドランニが雰囲気を変えようと、少し元気な声を出した。

 「兵士が留守なら、塔に忍び込むのは少人数で済みますよ。 というより、魔導師相手に人数を揃えたってやられるときは同じです。 これは我々だけでなんとかしてみましょう」

 「そうか、頼む」

 「黒幕は魔導師のふたりという感じでしたね。

  宰相のジャンニ・ストーツと、こっちの背の高い男がええと‥‥」

 「導師ジャデロだな」

 「何者なんですか」

 「ストーツと同じ師範について修行した、いわゆる同級生だな。

  宰相という地位は政治上の民間トップだが、魔導師には魔導師の中の階級がある。 それで行くとジャデロはストーツよりも上位の魔導師だったはずだ」

 「ややこしいですな」


 そのあと水鏡は、国内の主立った貴族たちについても、ひとつずつ拾って情報を流した。

 フライオにはさっぱりわからなかったが、イリスモントとキャドランニはその情報をもとに、今後の陣営の見通しを立てているようだった。

 それが済むと、イリスモントはフライオを手招いた。

 「ご老人、ご協力を感謝する。

  私個人が知りたい情報は全て教えてもらったが、私の歌人のためにもうひとつ教えてくれぬか」


 「ほ、そのお兄ちゃんは、ずいぶんいろいろとお盛んな歌人さんじゃの?」

 「そ、そっちへ話を引っ張るのはやめてくれ」

 何をバラされるかわからないので、フライオはあわてて止めた。

 「実は俺の兄貴が行方不明だ。

  ギリオン・エルヴァ、辺境警備隊員で身分は准将だ。

  ルシャンダの話じゃ、セイデロス国王に鳴り物入りで売りつけたらしいんだが、それにしちゃさっぱり噂も流れて来ねえ。 今どうしてるんだか知りてえんだよ」


 「ほお、ほお、なるほどの」

 老人がコクコクうなずくと、鼻の穴から虫が一匹這い出して来た。

 それを指先で摘み取ったあと、しばらく沈黙してから、

 「おらん」

 老オンディーノはおごそかに告げた。

 「居ねえって?」

 「その男は、ここ2週間ばかりの間、水や他の液体を見ることも飲むこともしておらんので、どこにも姿が残っとらんのじゃ」

 「水を飲んでない‥‥」

 「2週間前の夜中に、セイロデで水を飲んだ時の姿は、まああまり参考にならん。 夜中に水筒から飲んだのでは何も映らんわな」

 

 「それはつまり、もう生きてねえってことか?」

 フライオの声が震えた。

 「2週間も水を飲まずに生きてるはずはねえからな。 そう言いてえんだな?」

 「まあそうじゃがのう、そう言うのにはもうひとつ理由があるのよ。

  今、ちょうどセイロデの近くを、水売りが通っておるから見るがええ」

 

 水鏡に、せわしないテンポで揺れ動く映像が現れた。

 動きながら、中央部に一瞬だけ周囲の風景が映りこむ。

 「この国は雨が少なくて、水は貴重品なんでなかなか覗きが難しい。

  水売りが柄杓(ひしゃく)で水を注ぐ瞬間だけ見えるから、まばたきナシで見ておってくれよ。

  ほら、うしろにでかい坂があるのがわかるじゃろう。

  あれが、今現在のセイロデじゃ」


 「あれがと言ったって、あれは砂の塊に見えるぜ」

 フライオは水鏡を睨みつけた。

 「‥‥でかい砂山だ」

 「その通り。 実はセイデロスでは調度2週間前に災害が起こってのう。

  首都セイロデがそっくり、あの砂の下に埋まってしもうたのじゃ」

 「なんだって」

 「セイデロス国王も、軍隊も市民も、全てあの砂山の下にうずまってしもうたのよ!」


 一同は息を詰めて、揺らめく水越しに見える砂の山を凝視した。

 もっと近くに寄ったら、それだけで視界が塞がってしまうだろうと思われる、巨大な砂の山を。


 歌人の噛み締めた唇から言葉が押し出されたのは、一行が山を降りて“牙”のアジトへ帰り着く頃だった。

 「ルシャンダ、誰か人をやって、セイロデの様子を調べさせてはくれねえか。

  出来れば俺が行きてえが、この先いつ戦が始まるかわかんねえから、あんまし留守も出来なさそうだ。 でも、心配なんだよ。 ギルは戦士としちゃ一流でも、世渡りはからきしダメだと思うからさ。

  なんかあったら、一番に冷や飯食っちまうタイプなんだよ」

 「わかった。 そもそもあそこに送り込んだのはこっちの責任だ、すぐ調べさせるよ」

 女商人は快諾した。


 よく考えたらおかしな話だ、とフライオは苦笑した。

 そもそもギリオンがセイロデに行く以前に、とらえて奴隷化したのはこの女である。

 それが少しのわだかまりもなく、お互いが協力体制になっている。

 (世の中がひっくり返っちまったから、なんか全部麻痺しちまったみてえだな)

 それは不思議な感覚だった。 細かいことはどうでもよく、自分の知る限りの人が幸せになればいいと思っている自分が存在することに、フライオは驚いていた。

 今はともかく、ギリオンの無事を祈りながら、できる限りのことをやろうと思った。



 彼の願いが天に通じたのかもしれない。

 その日の夕方、“牙”のアジトに帰りついた一行を待っていた者があった。

 「なんだい、あれは‥‥」

 異様に緊張した仲間たちの表情に異常を感じたルシャンダが、小屋へ向かって走り出した。

 「あッ、姐さん! 大変だ、えらいのが来ちまったんで」

 手下の一人が駆け寄ってまくしたてた。

 「えらいのたあ、なんだい?」

 「この前捕まえた、半妖の小娘が居たでしょうが」

 「虫使いの?」

 「そう、あのガキの亭主ってのが、女房を返せって乗り込んで来てるんでさ」

 「亭主? 親の間違いじゃないのかい」

 「いや、亭主だってんで、すげえ剣幕で」

 「ロンがいるから追い返せるだろ?」

 「無理でさあ、こんッなにでけえ化けもんなんですぜ」

 「‥‥ばけもん?」


 小屋の扉を開けた途端、事情がわかった。

 さすがのルシャンダも、その中に入るのをためらい、一歩後ろへ下がってうなった。

 小屋の中は、たった一人の巨人に占領されていた。

 浅黒い肌をした、精悍な体格の巨大な体躯が、アジトの小屋いっぱいになって寝そべっている。 横にならないと入ることが出来ない大きさの体は、南国風の薄布でできた衣装に包まれていた。

 目鼻立ちのくっきりした顔は、若い男のそれである。 ただ、言うまでもなく規格外に大きいため、まともな人間に見えるわけではない。


 「待ちかねたぞ、ルシャンダとやら。

  わが妻を返して貰おうか」

 地面を震わすような低音で、巨人がしゃべった。

 その時、彼の大きな腕の中から、小さな人影が飛び出して来た。 まだ幼さの残る少年であった。

 その目をいっぱいに見開いて、息を飲んでフライオの顔を見つめると、少年は叫んだ。


 「『虹のフライオ』! あなたに会いたかったんです。

  ひと目でわかりました、よく似ていらっしゃる。

  僕はユナイ・キュデロと申します。

  ギリオン・エルヴァ准将のお供で、先日まで一緒にセイロデに住んでおりました!!」

  

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