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千里を歌う者  作者: 友野久遠
虹の歌人
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3、歌人の自由と不自由

 「誰だ!」

 弾かれたように振り返った人影の人数は、全部で5人。 揃って、祭りのパレードで使う銀のおどけた仮面をかぶっている。

 この分では、出口にも見張りがいるだろう。

 「合図したら、あけて」

 小声で小間使いに指示して、階段に押し上げると、フライオはいきなり手に持っていたランプを、暴漢どものランプに投げつけた。

 ガシャンという音と共に、辺りが真っ暗になる。


 「そら、開けろ!」

 フライオも階段を駆け上がった。

 一瞬の間を置いて、追っ手の足音が殺到した。

 剣を抜く音が闇に響いて、体が縮み上がる。

 ルーラが半泣きで、通路を開くハンドルのようなものを回している。

 階段の上部から、まぶしい陽射しが漏れ始めた。


 堀ばたの石畳に駆け上がる。

 見張りの男が、あっと叫んで飛び掛ってくる。

 フライオは身をかわしながら、唐突に声を張り上げた。


 「みなさま!! ご来国のみなみなさま!

  地元のお歴々、遠方よりのご見物!

  カラリアの祭りへ、ようこそようこそ!」


 後続の暴漢たちが、ぎょっとして足を止める。

 通路の存在が知れ渡って困るのは彼らの方だ。 人が来る前に閉めなければならない。

 一瞬、登るか地下へ戻るか決めかねて、5人がもたもたとうろつく。

 剣を抜いて打ちかかってきたのは、見張りのひとりだけだった。

 「ルーラ、逃げろ!」

 肩を押して、底抜けルーラを遠ざける。

 剣の一撃目をすり抜け、通りに向かって歌人は歌い始めた。


 ♪ 王様のお裸を見たおかたはおられましょうか?

  見たいとご希望の御仁はおいででしょうか?

  王様のお肌は黄金で出来ておりましょうか?

  何かが我らとちがっておりましょうか? ♪


 歌いながらも攻撃をかわし、大きい通りに向かって走る。

 追いすがる側の5人はふたりが地下に降りたらしく、3人になった。

 見張りの男に少し遅れて追って来る。

 

 ついにパレードの大通りが見えてきた。

 その辺りには、人の姿が結構見られ、フライオの歌声でこちらへやってくる者も現れた。

 目ざとい子供たちが、見つけた見つけたと大騒ぎで駆け寄ってくる。

 

 ♪ 王様のおへそは曲芸をなさいません

  王様のお乳首はお歌をお歌いになりません

  たまにお尻で読書などなさいますでしょうか

  いえいえ、滅相もございません! ♪


 「あはははは」

 「いいぞ、フライオ!」

 「また憲兵に捕まる気かい」

 早くも出来始めた人だかりの中に飛び込まれては、追っ手もあきらめざるを得ない。

 剣をおさめ、ひとりを残して退却を始めた。 残るひとりは、観客に混じってついて来る。

 フライオは、歌を続けながら歩き始めた。

 大通りからぞろぞろと、人が流れて寄って来る。

 一旦遠くまで逃げたルーラが、聴衆に紛れてまた近づいて来た。

 

 (待ってて、フライオ。 また動けなくなったら、あたしが助け出すから!)

 ルーラは、追っ手の男とフライオの距離が、一番遠くなるのを見計らった。

 それはたやすいことだった。 人ごみはすぐに視界をふさぎ、追っ手の男は通りの手前で取り残された。

 花車の通るタイミングを計って、フライオの肩の荷物を、ルーラは思い切り引っ張った。 聴衆とフライオの間に出来た隙間を、一角牛の引く花車が通過して行く。


 ふたりは同時に走り出した。

 通りを横断し、人波を掻き分けて裏通りへ。

 更に路地を通り抜け、民家の庭をこっそり横断して、小さな橋をふたつ渡った。

 そこから先は畑が広がり、農家が何軒か連なっていた。

 一番手近な農家の裏庭から、開いた納屋の扉へ走りこんだ。

 扉を閉め、かんぬきまで掛けると、やっとホッとして力が抜けた。

 肩で息をしながら、床に座り込む。

 そのまま無言で、不足した酸素をただ夢中で吸い続けた。


 そのあと、フライオとルーラは、同時に笑い出した。

 くすくすと笑っただけでも、息が弾んでいるので苦しく、這うようにして部屋の隅に移動した。

 積んであった干し草の上に、ふたり仲良く倒れこむ。

 ルーラの髪の毛から、女の子らしい甘い香りが漂ってくるのを、フライオは心地よく胸に吸い込んだ。


 「ありがとう、ルーラ。 おかげで命拾いした。 あんたはとても気が利くなあ」

 横になったまま、肩を抱き寄せると、小間使いは恥ずかしそうに目を伏せながら、吸い付くように寄り添って来る。

 思わず、歌人は娘の伏せたまぶたに唇をつけた。

 

 (やった!)

 躍り上がって喜びたいのをこらえて、ルーラはそっと歌人に寄り添った。

 今はゆっくりしている暇がない。 できれば夜になってから、落ち着いて逢瀬といきたいものだ。

 「あの。 お嬢様と、今夜はお会いになるんでしょうか?」

 まだ弾んでいる呼吸を抑えながら、切り出した。

 「いや。今夜は広場でライヴ三昧だ」

 「お宿はお決まりですの」

 「‥‥いや」

 「よろしかったら。 あの‥‥」

 勇気を振り絞って言いかけて、ルーラはどきりとした。

 (これって、つまり、オトコを買うってことなんだろうか?)

 そんな意識はいままでなかった。 自分の考えに自分でパニックを起こす。


 「うーん。 あのね、お嬢さん」

 察しがついたらしく、歌人は小さく何度もうなずいた。

 それからおもむろに体を起こし、真顔で話を始めた。

 「モナあたりにはわかるまいけど、あんたなら分かる話だろうから説明するよ。

  俺たちカナルーは、歌で食ってる、と言われてる。 でもそりゃ、宮廷音楽家なんぞは、書いた曲を売りさばいて金に代えるから安定収入があるけど、路上ライブなんぞでどれだけもうかるかってと、これは雀の涙ほどだ」

 「はい」

 確かに。 外で聞いた人が全員金を払うわけではないのだ。

 

 「なのになんでクラステに集まって、盛んに広場で歌うかってとな。 そうこうやってる間に、サロンから呼び出しがあるわけだ」

 「貴族の方のパーティーに呼ばれるんですね」

 「そうそう。 たいがい、この時期えらいさんの家は、よそから客人が来て、舞踏会とかやってんだ。 その私設サロンに呼ばれんの。 大抵はお小姓の男の子かなんかがメモ書きの招待状を持って、何時に来て欲しいと申し込んで来る。

  そこで歌うと、相当いい稼ぎになる。

  大抵は、金貨や金砂を袋に入れたヤツを渡されるね。 これが、まあメインの稼ぎだ」

 「広場でお目に留まれば、ってことですよね」

 「そう。 でも、そのあとがあるの、俺たちには」

 「そのあと」

 「もしも気に入られたら、サロンが引けた後、私室に呼ばれるわけ」

 「あ」

 「いや、そこでいきなり変な想像すんじゃねえぞ。 あくまでこの段階じゃ、私室で歌を歌って欲しいという要請なんだ。 たくさん人がいるとこじゃ、リクエストしにくい歌なんかをこっそり頼む輩もいるわけ」

 「ナイショの歌?」

 「旦那さんに悪くて、故郷の歌を聴きてえと言えない奥方もいるじゃねえか。

 まあ、そういうものだ。

  これに当たると、現金じゃないものが手に入る。 ‥‥こういったもんがね」


 フライオは、マントの前を開いて、胸元をあらわにした。 そこにはありとあらゆる装飾品がぶらさがっていた。

 金のチョーカー、総トレアノの首飾り。

 細工物の金鎖、指輪ばかりずらりとつなげたネックレス。

 「すごい。 どれも値打ち物よ?」

 ルーラは息を飲んでそれをながめた。そして意地悪く付け足した。

 「それに、ほとんどが女物ですわね?」

 「まあ、それはおいといて」

 歌人は苦笑して、軽くスルーした。

 

 「こういうものは、持っとくと通行証がわりになったり、次にそこを尋ねた時に身分を証明してもらえたりする。 もちろん、金に困れば売ってパンを買うこともできるわけ。

  これが、俺たちの稼ぎの実態なんだ。

  で、もちろん、これを手にいれるために私室に出向いて、別のことで気に入られちまう事もある。 その晩帰れなくなることもある」

 「‥‥あるんですね、やっぱり」

 「だが、厳密にゃ、それはおまけってモンなんだぜ。 淫行を働いて金をとってるわけじゃない。 要するに拒否権がねえだけだ」


 そのほうがよっぽどハードな気がするけど違うんだろうか?

 ルーラは首をかしげたが、とりあえず事情を飲み込んだ。

 「つまり、クラステの期間の宿は、事前に決められないんですね」

 「ってか、決めてもほとんど帰れねえ。 最終目的がサロンな訳だから、お呼びがなくても一応一晩待つだろ。

  結局どこからも声が掛からなくて、広場で手風琴の爺っちゃんと飲んだくれて終わった日もあるぜ。

  ま、サロンに呼ばれて更に私室に呼ばれて、その後のお声が掛かったからって、即エッチしてるとは限んねえ。 いろいろ不発の晩もあるのさ。

  寝室に呼ばれて嫁姑のグチを朝まで聞かされたり、ばあちゃん達の寝巻きダンスパーティーに巻き込まれたりな。

  でも一番馬鹿馬鹿しかったのは、夫婦の寝室に呼ばれて、一晩BGMをやらされたことだな。 くんずほぐれつやってるベッド脇でひたすらヴァリネラ弾いてたんだぜ」


 ルーラは笑った。 笑いながら、いきなり涙が出そうになって驚いた。

 自由で陽気なお祭り騒ぎと、孤独や寄る辺なさの混じった歌人の生活が、愛しいと感じたのだ。

 「あたしも、今夜は広場に見に行きますね」

 「その時はあんたの歌を歌わせて貰うよ」

 「上手いこといいますけど、じつはその歌って、皆さんに使いまわししてるんでしょ?」

 「いやいや、ルーラの歌、でちゃんと演ろうじゃねえか。

  ♪ルルル、ルーラルラ、ルーララ、ルララ♪」

 「ばか」


 二人は吹き出した。

 そのまま目を閉じて抱き合い、干し草の中に体を沈めた。

 愛をかわす時間は今しかない、とお互いに納得したのだ。

 お陰で底抜けルーラの体は、夜を待たずに存分に満たされたのだった。


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